18回目②
18回目②
六歳になった春のことだった。
村の収穫期はまだ先だが、街道はすっかり雪も溶け、交易も活発になっている。そんな中、父親が隣町での仕事に同行させてくれることになった。
ようやく、だ。
父の手伝いをする名目とはいえ、こうして村を出ることができたのは何度目の人生ぶりだろうか。道中も行商人や町の人々とのやり取りに胸を躍らせ、以前聞けなかったことも聞いて、情報を集めていた。
あの時と違う。今回はうまくいく――そう信じていた。
* * *
父親の用事もひと通り終え、いくつかの店で買い物をし、町を出ようとしたその時だった。
――ゴォォォン!
鐘の音が空を突き抜けたように鳴り響く。町中のざわつきが一気に慌ただしさに変わる。
「ゴブリンだ!ゴブリンの大群だ!どっかのバカがゴブリンの巣を刺激しやがった!」
耳を疑った。
ゴブリンの……スタンピード? なぜ今? いや、思い出す。たしかに、以前も似たようなことが――いや、今回もまたフラグを見逃していたというのか?
「ぼさっとするな!逃げるぞ!しっかりと掴まってろよ!」
父が荷馬車の荷台に俺を乗せ、手綱を握ると同時に走り出す。町の門を出て、街道を駆ける。その先には、うっすらと黒い波のようなものが蠢いていた。
あれが……ゴブリンの大群。
「くそっ、早すぎる……報せが遅かったのか? 刺激したのはどこのバカだ!今度会ったらぶっ壊してやる!」
父の顔が怒りに歪む。その目は血走り、過去に見たどの表情よりも凄まじかった。
「逃げられる所まで逃げるぞ! 戦うのは最後の最後だ! お前だけでも助けるからな! 心配するな! 高ランク冒険者の誇りにかけて、殺させやしないからな! ゴブリンなんていくらでも蹴散らしてやるからな!」
その言葉に、俺は……応えられなかった。
口を開こうとしても声が出なかった。
荷台の端にしがみつき、必死に揺れに耐えることしかできなかった。
* * *
どれだけ走ったのだろうか。時間の感覚も距離の感覚も、全てが曖昧になる。
突如、激しい衝撃が背中から襲いかかった。
「うわっ……!」
次の瞬間、荷馬車は横倒しに。俺の身体は宙を舞い、そして地面に叩きつけられた。
視界が回る。地面の感触、服の擦れる音、何かが裂ける音。
鼻をつく生臭い匂いと、金属が打ち合う音。
「ギギャアアアアアアアア!!」
聞き覚えのある、嫌な鳴き声。
ゴブリンだ。
あの、緑色の、醜くて、獰猛な……ゴブリンたち。
「父さ……!」
必死に起き上がろうとするが、まだ六歳の体ではうまくいかない。ダンジョンでどれだけ鍛えた体術も、この小さな身体には反映されない。
矢が何本も地面に突き刺さる。ひとつは肩に当たった。
激痛が走り、息が止まる。
遠くから父親の叫び声が聞こえた。だが、何を言っているのかは分からない。
視界の端に、赤い光と、緑の影が見える。
意識が……遠ざかる。
(また……か)
そんな、悔しい思いと共に、俺の視界は――闇に閉ざされた。
《おぉ!使徒よ! 死んでしまうとは、情けない!》
《これからも我を愉しませよ》




