12回目
12回目
《オォ!シトヨ! シンデシマウトハ、ナサケナイ!》
若干聞き取りにくい声が聞こえてきた。
《コレカラモワレヲタノシマセヨ》
六つになった――といっても、誕生日らしい祝いは素朴なパンと母の歌だけだが、それでも月日の流れを感じるには充分だった。
朝一番、父が木刀を振るい、母が畑の苗を撫でる。いつもと変わらない村の光景。けれど通りに停まった行商人の荷馬車は、わしを見るなりわずかに顔をこわばらせた。
「……また来てくれて、ありがとうござりまする」
自然と口から出た言い回しに、行商人の目が泳ぐ。
行商人は荷を下ろすと、いつもの世間話もそこそこに早々と村を去った。去り際、御者台でつぶやいた「やっぱりあの子、変だよな……」という声が風に溶ける。
それでも両親はいつもと変わらない。父は「気にするな、良い子だ」と笑い、母は「あなたはあなたのままでいいのよ」と頭を撫でる。それが嬉しくて、わしはただ笑い返す。
そして、その夜が来た。
月が雲に隠れ、村の外から犬の遠吠えが二度。
父が戸締まりを確かめるふりで刀掛けに手を伸ばし、母がわしを寝台へ押し込む。胸の奥がざわめく。いま何が起きようとしているのか、身体が覚えているのだ。
軋む床板。屋根を渡る複数の足音。
一拍置いて、扉が激しく叩き割られた。
『食い物を寄越せ!金目の物は俺達のだ!全部俺らが有効利用してやるよ!』
あられもない罵声とともに、男たちが雪崩れ込む。
…あぁ、こいつらがおったのぅ
父の剣閃が光り、飛び散る火花。母の悲鳴。わしは狭い納戸に押し込まれ、細く開いた隙間からただ見ていることしかできない。
何も出来ぬまま、父が一人、二人と押し返す。だが数が違いすぎた。背後から振り上げられた棍棒が父の側頭部を打ち砕き、続いて母の叫び声と肉を裂く鈍い音が続く。
納戸の戸が引き剥がされ、男の影が覆いかぶさる。
短剣が振り下ろされる、その瞬間だけが、やけにゆっくり見えた。
血の匂い。足元に広がる暗い水たまり。視界がぐにゃりと傾き、世界が闇に沈む。
《オォ!シトヨ! シンデシマウトハ、ナサケナイ!》若干聞き取りにくい声が聞こえてきた。