捕り物
レオッサは乱暴者だが、レオッサなりの正義感は持ち合わせていた。騎士という職にも誇りを持っている。だからだろう。自然と身体が俊敏に動いた。
「おい! 戻ってくるから置いておけ!」
貴族らしくないかな。でも一口しか飲んでなくて勿体無いから、申し訳ないけど置いといて欲しい。
目を丸くする店内の者達を尻目に、店から出て広場を駆け抜ける。女性はまだ財布を抜かれた事に気付いていない。歩いて行ってしまうが、彼女は後で見付ければ良い。どうせ届け出る筈だ。まずはスリを捕らえる。
慣れた足取りで小路に入っていく男の後を追う。気付かれたようで、男が振り返りながら走り出した。
「チッ!」
盛大な舌打ちが聞こえる。それ位には追い付いている。落ちている小石を拾って厄介な道に続く方に投げると、上手い具合に真っ直ぐの道へと入ってくれた。
腰に下げた剣の横にあるポーチを漁って両端に重りの付いた紐を取り出し、スリの足へと投げる。足に紐が絡まり倒れる男に乗り、手を拘束して押さえ付ける。
「ちくしょう!」
悔しがるスリの背中を足で踏みつけると、蛙の鳴き声のような音がスリの喉から聞こえた。
流れるような一連の動き。レオッサが鍛えたこの身体能力は本物だ。凄い。異界で暮らしていた頃とは比べ物にならない程の速さで走れたこともあり、気分が高揚して口笛を吹いてしまった。口笛も何だか異界の俺より上手な気がする。
ふと、異界に行ったレオッサに申し訳無い気持ちになった。異界の俺、ひ弱で不器用なんだよな。その代わり勉強は頑張ったつもりだし、家族関係も良好だと思うのでチャラにして欲しい。姉は怖いけど。
「くそっ! ツイてねえ! まさか旦那に見つかるとは……どこに居やがったんだよ!」
悔しげにベラベラと喋る男の言葉を要約すると、俺に見付かると絶対捕まるから警戒していたのにどこに居たのか、ということらしい。
どうも前科があるようなので記憶を探ると、何度か捕まえている。名をウルという。普段はこうしてスリで小銭を稼いでいるが、時に仲間達と徒党を組んで大胆な悪を働く事もある。でも、小物なので大した役割を果たさないから、ある程度の期間を牢で過ごさせたら解放しているのだ。今度こそ真っ当に生きると何度約束したか知れない。
「貴様はまたやったのか! さっさと更正しないか!」
「やるやる! 今度こそ真面目に働くから見逃して!」
「阿呆か。 また牢に入って貰うに決まっているだろう」
「えーっ! またあっこに入るのかよー!」
反省の色が見えず文句が絶えない男の足に絡んだ紐をほどき、手を縛る。小物とはいえこれだけ捕まえてるんだから、そろそろ長く懲役に服しても問題ないのではないかと思う。ここのルールってどうなっているんだったか。
小路から連れ出ながら記憶を漁るが、何度も捕まったからといって刑が重くなることは無さそうだ。甘くないかと思ったが、そういう道でしか生きていけない人達への憐れみがあるようだ。憐れむならそういう人達を生み出さない努力をする方に舵を切ればいいのに。
「ん?」
広場に戻ると、それなりの数の人達がこちらを見ていた。なんだろうか。嫌な空気は感じないから、捕り物を見物しに来てるのかもしれない。呑気なものだ。
その中から一人の女性が歩み出た。
「それっ、あたしのです!」
よく見ると、確かにさっきの女性だった。ウルから取り戻した財布を渡すと、安心したようにほうっと息を吐き出した。そして緊張した面持ちになる。
「ありがとうございます。貰ったばかりの給料が入っていたので路頭に迷うところでした」
がばっと深く頭を下げてお礼を言う女性に、一つ頷く。着ている服は綺麗だが、使用人のような服だ。ここからそう遠くない所に貴族が暮らす一角がある。そこに勤める庶民といったところか。
「そうか。……大事にならなくて良かったな」
この体は表情筋がなかなか思う通りに動いてくれないのだが、なんとか笑いかけると女性が驚いたように目を丸くした。俺としては自然と笑えたと思ったけど、この反応はなんだろうか。失敗したかな。
さて、ウルのお陰と言って良いのか迷うところだが、捕り物に関する知識は思い出せている。カフェに残した紅茶と支払いが気になるところだが、詰所に一度行った方がいい。留置所に入れる手続きが必要だし、この女性に被害届を書いて貰わねばならない。
「すまないが、手続きがあるので付き合って欲しい。この辺りだと詰所がそこにあって書類も揃っているから、直ぐに終わるだろう」
手で場所を示しながら説明すると、女性が目を丸くしたまま、口許に手をやって開いた口を隠した。だからこの反応は何だと首を捻ろうとして気付いた。レオッサはこんな風に丁寧に説明しない。しかも、気遣いとはいえ、すまないなんて絶対に言わない。プライドを上手く育てられずに偉そうにして自尊心の低さを隠しているタイプだからな。
とにかく女性を連れてスリを連行しなければとウルを見れば、何やらニヤニヤとしていた。内緒話を希望しているようだったので耳を口に寄せてやる。
「旦那、ああいう女がお好みで?」
自然と手が出た。脳天に拳骨を落とす。
加減は出来ていると思うが、まだこの身体の全力が分からないので不明だ。
そんな俺の、まあまあ本気な拳骨を食らったウルはその場に蹲って頭を抱えている。声も無い。
「くだらんことを考えている暇があったら、どうやって真面目に生きるかについて悩め」
「旦那が妙に優しくしてるから思っただけだろうが……!!」
ブツブツと悪態をつくウルを無視する。
だが、確かにレオッサが女性に優しくした記憶が出てこない。どう接したら良いか分からないのに庇護すべき対象だからかな。仕方ない。レオッサに比べれば、俺はまだ女性に慣れてるんじゃないかな。まあ、五十歩百歩だろうが。
聴衆の前でそんなやり取りをしていると、ふと視界に入った男が目に付いた。何故か、見なくてはならない気がして見つめると、その男がサッと腹の前に手をやり、形を作った。テッセンがやったのと同じ合図だ。そして俺に向かい小さく頷くと、その場を離れ歩いて行ってしまう。
あの男は、確か……。
「あー、アイツもいたのか。旦那だけじゃなかったんだな。五番の奴はホント油断も隙もねえや」
五番の奴……。そうだ、アイツは俺の部下で、今日は町人の姿で町を巡回する当番だったメイレンだ。
そして、あの合図は。
「……はあ。漸く掘り出せた」
あれは、第五分隊詰所に立ち寄れという合図だ。平常時に連絡程度のやり取りで使う。つまり、あいつは俺が詰所にウルを連れて行くと聞いて、先に行って準備しておくという意味で使った可能性が高い。
今行くと恐らくテッセンも居る筈だから、手続きも引き受けてくれるかもしれない。そうすれば掛かる時間が短縮できて助かる。
「やれやれ。お前に構っている暇は無さそうだな」
「へえ。そりゃありがてえや」
憎まれ口を叩くウルを半ば引き摺りながら女性と詰所に行くと、メイレンが準備を整えて待っていてくれた。
「隊長、後は引き受けます」
「ああ、頼む」
「……えっ」
メイレンが聞き間違いかと疑うような目で見てくる。普段は頼むなんて絶対言わない。無言で任せるだろう。声を掛けるとしても、やっておけと命令するのが関の山だろう。
でも、もうそんな態度をとるのは、今後は無理かな。カフェに居た時よりレオッサと俺が馴染んできているのを感じる。
「な? 旦那がおかしいよな? 違和感あるの、俺だけじゃねえよな?」
同意を得ようとメイレンに訴えるウルを丸っと無視し、俺を怖々見ながら留置場へと引っ張って行くメイレンを見送った。
大した話も無いから恐らく俺が居なくても構わないだろうし、一旦捕まったウルはすぐ白状して牢内でのんびり過ごすのが常なので問題ない筈だ。
被害者の女性に椅子を勧めてメイレンを待つように言い置いてから詰所を出た。先程のカフェへ小走りで戻る。
席に戻ると、ぬるくなった紅茶を立ったまま呷った。振り向くと店内の人達が固まっていた。お行儀悪くて申し訳無いが急いでいるので許して欲しい。
「騒がせてすまなかった」
レジで会計を済ませる時に店員に、なるべく穏やかに聞こえるよう気を付けながら声を掛けた。その瞬間だけ店員の怯えが消えたように見えた。こうやって少しずつ積み重ねて行くしかないんだろう。
詰所に戻り、事情を確認中の被害者女性とメイレンに目だけで挨拶をしてから奥へと足を進める。向かっているのは分隊長室なのだが、テッセン等レオッサよりも階級が上の人間が来た時の執務室も兼用している。そういう時は、レオッサは客用ソファに追いやられていた。
だから、自分の執務の為の部屋なのに、ノックをした。