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怠惰な玉  作者: 梨花
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プロローグ

 今日もつまらない一日だ。

 周りにあるのは自分と似たような水晶玉ばかり。スキルを与える魔法が練り込まれた特別な水晶玉と人は言うが、私からすれば粗末なものだ。それらに紛れていると、くだらない紛争に巻き込まれる事もないので我慢している。

 今日は何を考えて一日を潰すか悩んでいると、扉が開いた。扉を守る騎士と共に数人の神官見習いが入ってくる。並んだ水晶玉を端から順番に抱えていく。スキル授与の日なのだろう。いつもより多く持ち出していることから、今回授与する相手は多く居るらしい。

 授与と言っても私達がスキルを与えはしない。本人に眠る稀有な才能について語るだけだ。だが、我らからスキルを与えられていると錯覚している人間は多いようだ。

 観察していると、一人の神官見習いが目の前に立った。私にも出番があるらしい。

 久し振りに部屋を出ると、長い廊下を運ばれる。とある扉の前に来ると、歩みが止まった。他の水晶玉はそのまま運ばれていくところを見ると、私の担当する者達はこの扉の向こうに居るらしい。

 だが、この扉は確か宴会場だったように思う。ここでスキル授与をするのは初めてだ。いつもは教会に似せた小部屋で行う。

 室内は宴会の雰囲気等微塵も感じない程殺風景となっている。椅子すらない。居る人間もいつもと違った。大人だ。

 本来、スキル授与はいつでも可能なものだ。だから相手が大人でも何ら問題は無いのだが、しかし人間側の都合なのだろう、いつからか成人前の未熟な者達にしか行わなくなった。なのに、これはどうしたことか。

 簡易的に設えたのだろう質素な机に、見事な幾何学模様が端に描かれた緋毛氈を敷き、その中央には精密な彫金が施された銀の台座が置かれていた。

 場には不似合いだが、衣装から憶測するにこの場に居る階級の高そうな人間には合っていそうだ。急遽この場で行うことになったということだろうか。

 私を置いた神官見習いが脇に退くと、室内で最も格式が高いであろう衣装を纏った者が進み出た。


「では、スキル授与を行う。レオッサ・コルゲン、前に出よ」


「はっ」


 唐突に始まった。子供達にスキル授与する時は長ったらしい口上を述べるが、大人相手では不要らしい。

 近寄ってきた男は恐らくこの場で最も低い立場だろう。身なりは整えているが一般兵に近い。歳は20代半ばと見た。これくらいの年齢ならば、露骨に生まれが身分に出ると言って良い。若いのに階級章付きであるところを見ると貴族ではありそうだ。

 レオッサ・コルゲンが手を翳し、目を閉じる。

 観察を止め、整合するスキルを調べようとしたら、抵抗を感じた。稀有なこの違和感。前に感じたのは数百年前辺りになってくるだろう。なんと珍しい。

 レオッサ・コルゲンの眉間に皺が刻まれた。私が何の反応も示さないからだろうか。しかし、これはどうするべきか悩む。本人に選ばせるべきか、放っておくべきか。

 悩んでいる内に、翳されていた手が引っ込められた。落胆している。それはそうだろう。スキルを授かることで能力を伸ばしやすくする一助を得る。取っ掛かりがなければ手当たり次第鍛えることになるので遅咲きタイプは難しい。

 今までレオッサ・コルゲンは一度もスキルを授与されていない筈だ。普通のスキル授与しかできない水晶玉如きでは対処されない。出来ない。この、スキルが重要視される国で、スキル無しがどう扱われるのかは知らないが、苦労していることは察せられる。

 背を向けようとする男を見て、覚悟を決めた。


「待て。レオッサ・コルゲン」


 直ぐ様剣の柄に手を添えながら振り向いた。しかし私しか居ないので、辺りを伺う。


「誰だ」


 身なりの良い男達も室内を見回し、互いに目配せし合い、最後に私を見た。察しが良いようで助かる。

 ただ、室内で一人だけ、疑ってはいるものの動揺していない者が居た。知識はありそうだ。


「失礼を承知でお尋ねする。今しがたレオッサに静止を求めたのは御身か」


 尋ね方も丁寧。確実に私の事を知っていると見て良いだろう。


「そうだ。レオッサ・コルゲンに選択の機会を与えたい。選択の結果に巻き込まれたくなければ下がれ」


「かしこまりました」


 男が下がり、他の者も倣った。近くに残ったのはレオッサ・コルゲンのみ。

 既に柄からは手を離しているが、顔には戸惑いを残している。


「さて、お前には二つの選択肢を用意してやれる。今から言うことを聞き、吟味し、答えよ」

「はっ。拝聴致します」


 顔に緊張が伺える。さっさと説明を済ませて落ち着かせよう。


「長くなるが、最後まで聞け。まず、お前はこの世界の者ではない」


 驚くレオッサ・コルゲンに私は聞かせた。稀に起こる、魂の行き先の間違いを。

 本来、このレオッサ・コルゲンの肉体に入るべき魂は異界におり、現在レオッサ・コルゲンの肉体に入っている魂が入るべき肉体に居ると。

 魂と肉体の不一致によりスキル授与が不可能であることを。


「道は二つある。一つは今のままその肉体に留まり、スキルを獲ることなく生活することだ」


 レオッサ・コルゲンの目が大きく開いた。そして目が輝き出す。これは希望か。吟味する為に間を取ったが、不要だったかもしれない。


「もう一つは、本来入るべき肉体に入ることだ。ただし、先程も言ったが肉体は異界に居る。肉体をここへ持ってくることは私にも出来ない。お前が肉体の元へ行き、異界で暮らすことになる」


 やはり、これを望んでいたらしい。拳を握り締め歓喜の表情をしている。もはや答えを聞くまでもないだろう。

 ふと、レオッサ・コルゲンの表情が曇った。振り返り、後方に居る者達を見回した。

 私の事を知っているであろう者が、大きく頷いた。


「望みのままに」


 一言、端的に後押しをした。

 レオッサ・コルゲンが、しかと前を見据え、私に頭を下げた。


「私にこの世界は辛くございます。願わくば、本来の肉体に戻りたい」

「もう、戻っては来れないぞ」


 念押しをする。後でやはり帰りたいと思っても戻してやれないのだ。肉体と魂の不一致による不安定な状態だからこそ可能な事だからだ。一致していれば肉体と魂を引き離す等私にも無理だ。


「心残りが無いと言えば嘘になりましょう。ですが、このままここで、無能として生き続けるよりは、本来生きるべき世界で可能性を得たい。何卒、お願い申し上げる」


 強い意思を感じる。言葉に嘘はないだろう。


「であれば、良い。お前の肉体は、異界の日本という国にある。今は親戚と共に居るようだ。この世界とは随分と常識が違う。スキルもない。魔術も無い。だが、不安に思うことはない。肉体に記憶が残っている。身体に戻ったらまずは記憶を漁ることだ。では、さらばだ」


 一つ頷いてから、レオッサ・コルゲンが目を閉じた。

 それが彼の、この世界での最後の動作となった。

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