第8話 高機動宇宙戦闘艇ケルベロス
リュウたちが第二惑星を出発して数日後、第三惑星トレスに向かって急いでいる頃、トレスの衛星軌道上では別のドラマが展開されていた。舞台は主にトレスの『環』の周辺だ。環は非常に巨大で、トレスの直径と同程度の幅を有している。環を構成しているのは主に直径数ミリから数百メートルの岩石の欠片だ。かつてトレスの衛星がロシュの限界を超えてトレスに近づいてしまったため、砕け散ったものと言われている。
そして現在、環には岩石だけでなく大量のデブリが紛れ込んでいた。統合戦争で破壊された軌道エレベーターの破片や宇宙戦闘艦の残骸、そういったものだ。
「相変わらず酷いデブリだ。美しさの欠片も感じられない」
ゴーグル付きヘッドセットを着用した偉丈夫が、低い声を響かせる。彼は、オペレータ用の座席に腰かけ、遠隔操縦でトレスの環の近くに無人戦闘艇を送っていた。彼は、身長一九〇センチを超える巨漢で胸板が厚い。頭髪はプラチナブロンズを短く刈り上げ、ゴーグルの下に見える顔の下半分は端正で若々しかった。その体格や声、話し方は大型の肉食獣を思わせる。シーナ惑星連邦軍の赤いジャケットの胸の部分に着けられた階級章とネームプレートから『フェザー・アーギュメント一等兵曹』であることがわかった。
「手当たり次第、地上に落としますか」
フェザーの左隣で同じくヘッドセットをつけて座っている肩幅の広い若い男が、威勢のいい言葉を口にする。砂色の髪をクルーカットにして精悍な雰囲気を漂わせていた。ネームプレートは『ヴィクトール・ヴォルコフ』、階級章は二等兵曹だ。
「大気圏で燃やすには大きすぎます」
乱暴なヴィクトールの意見に釘を刺す言葉がフェザーの左隣から静かな声で発せられた。
金髪をショートボブにした長身でスタイルの良い若い女性兵だ。ゴーグルの下から覗く顎のラインはすっきりしていて、整った鼻の形と口元が相当の美人であることを期待させる。ネームプレートと階級章からエマ・エルランジェ二等兵曹であることがわかった。
「手段はともかく、いずれ片付ける必要があるだろう。特に大きなデブリは海賊船が身を隠すには絶好の場所だからな」
フェザーが力強く断言すると、ヴィクトールとエマは思わず頷く。
「で、救難信号が発信されたのは、この辺りか」
フェザーがゴーグルの中に投影された光学映像を見ながらつぶやいた。
彼ら三人の身体は、実際にはトレスの輪からだいぶ離れた宙域を航行中の宇宙母艦グレートアトラスの戦闘指揮所にある。ちなみにグレートアトラスは、かつてのドゥオ人民共和国連合艦隊の旗艦だ。
彼らが遠隔操作で操っていたのは、宇宙空間での戦闘に特化した高機動宇宙戦闘艇だった。アルファベットのIとHを重ねたような形状で頭が三つに見えることことから『ケルベロス』と名付けられている。統合戦争末期に作られたドゥオ人民共和国製の機体で、中央の頭には電磁誘導砲、左右の頭には高出力レーザー砲を搭載していた。高い火力と有人機では実現できないような加速力、運動性能が特徴だ。
実際に人が操る高機動戦闘艇は隊長機だけだが、チャオ帝国の無人戦闘艇同様、他に四機が人工知能で隊長機に追随する仕組みになっている。だから三人が率いる高機動戦闘艇は合計十五機だ。
「そもそもトレスの環は宇宙海賊の巣です。こんなところを非武装の輸送船が航行するなんて迂闊すぎる」
「ウェイ自治州の宇宙港を飛び立つと、自然、環の近くに軌道にのる。仕方ないだろう」
ヴィクトールの不満げな呟きをエマが静かにたしなめた。
「だから、我々が掃除に駆り出されているわけだ」
フェザーの口元は不敵に笑っている。
和やかな雰囲気すら漂わせる三人の通信に艦隊司令の耳障りな声が突如割り込んできた。
『いいか貴様ら! 襲われている民間輸送船を無傷で救出し、宇宙海賊は必ず撃滅するんだ。わかったな!』
「はっ」
フェザーが声に出したのは命令に素直に従うセリフだったが、口元は声を出さず『バカが』と動いていた。トレスの輪に巣食う宇宙海賊は、統合戦争の後、一〇年以上も活動を継続しているチャオ帝国の残党だ。気合や根性だけでなんとかできる相手ではない。何の策もなく、成果だけを求める司令官をフェザーは嫌悪し、軽蔑していた。
「先日も第六艦隊所属の宇宙母艦ラダムーアがやられてドック送りになっています。油断できませんね」
皮肉な態度のフェザーとは異なり、エマが生真面目な態度で注意を促す。
「はん、正規軍が海賊如きにやられるなんぞ、とんだ恥さらしだ」
対してヴィクトールはあくまでも強気だ。
「いた。見つけたぞ」
フェザーの声で他の二人も状況に集中する。
トレスの環の中、デルタ翼を持つ巨大な輸送船が岩石やデブリに紛れているのが確認できた。全長二〇〇メートル以上あるだろうか。普通であれば、こんなところを航行したりはしない。海賊に襲われ引き込まれたのだろう。
『いいか、海賊の奴らを逃がすなよ!』
艦隊司令のがなり立てる声が聞こえてくる。フェザーは返事をするのも億劫になった。
「左右に散開、海賊船の所在確認に全力を尽くせ」
「了解」
フェザーはヴィクトールとエマの返事を確認すると、自分の操る機体の動きと環の動きをシンクロさせながら環の中に突入した。
そして、機体を小刻みに操り、岩石片とデブリに紛れた輸送船へと接近していく。
人工知能の助けがあるとはいえ大変な操縦技術だ。
「そこか!」
輸送船の翼の下に不自然な光の歪みを確認し、フェザーはレーザー照準器を照射した。
しかし、レーザーは光の歪みを通り抜け、遠くのデブリに命中する。
「輸送艦に接弦中の艦影を確認、光学迷彩機能を持つステルス艦と思われる」
フェザーは接近を中止し、他の四機の高機動戦闘艇を左右に展開させた。
「エマ、ヴィクトール、輸送船を包囲しろ」
「了解」
合計十五機の高機動戦闘艇が、輸送艦の周囲を取り囲んだ。
『輸送船を襲撃中の海賊に告げる。貴様らは完全に包囲されている。大人しく投降せよ』
フェザーは緊急周波数で海賊船に呼び掛けながら電磁誘導砲を海賊船に向けた。
レーザー照準器が使えないので命中精度は期待できない。
『笑止』
短い返答とともにフェザーの『背後』から多量の小型ミサイルが驟雨のように襲い掛かる。
「なっ!」
敵は前方にいる、そう思っていたフェザーたちは完全に意表を突かれた。
しかもフェザーの後方に艦艇の姿はない。
「ヴィクトール!」
エマが叫び声をあげ、ヴィクトールはレーザーで必死にミサイルを迎撃した。
しかし、限界がある。
迎撃能力を超える数のミサイルが次々に閃光を発し、ヴィクトールの小隊を破壊の渦に巻き込んでいく。閃光がおさまると、後には高機動戦闘艇ケルベロスの姿はなく、大量のデブリが漂っていた。
「リモートミサイル!」
恐らく遠隔操作方式の多弾頭ミサイルを事前にデブリの中に機雷のように散布していたのだろう。フェザーはそう判断した。統合戦争の際、チャオ帝国がステルス戦闘艦と組み合わせて運用した厄介な兵器だ。大量のデブリが漂う環境で使用されると金属反応による探知も困難となる。
「エマ! 退避だ」
トレスの環に紛れ込んでいるフェザーとは異なり、エマの小隊は環の外にいた。
ヴィクトール同様、標的になる恐れが高い。
「!」
フェザーが警告を発したのと、ほぼ同時に今度は九時の方向からミサイルが襲い掛かる。心配したとおりエマを狙っていた。
「ちっ」
フェザーはレーザー砲でエマを支援する。ミサイルに対してはレーザー照準器が機能するため狙いは正確だ。エマも後退し回避運動をしながら迎撃に努める。
小型ミサイルが次々に切り裂かれ、高機動戦闘艇は木の葉が舞うように回避運動に努める。
それでも二発のミサイルが二機の高機動戦闘艇を捉え、餌食とした。
生き残ったエマ小隊の三つの機体は、フェザーに倣ってトレスの環の中へと姿を隠す。
が、一機は岩塊に接触して大きく損傷してしまった。
「くそっ」
フェザーは思わず呟いた。
相変わらずステルス艦は輸送艦に接舷したままだ。迂闊に攻撃すれば民間人に被害が及ぶ。
しかも、リモートミサイルが、あとどれくらい散布されているかを確認する術はない。
このまま包囲を続けても一方的にこちらの戦力を削られるだけだ。
『何をモタモタしている。何とかしないか!』
背後から、艦隊司令の甲高い声が聞こえてきた。
「勝手なことを」
フェザーは低い声でつぶやくと、光学カメラを使用し目視でステルス艦に狙いを定めた。
途中のデブリが邪魔になるため、姿勢制御ノズルで静かに艦を横に移動させる。
レーザーが無効化されているので、頼みは金属製の砲弾を発射する電磁誘導砲だけだ。
命中精度を向上させるレーザー照準器は使えず、輸送船には被害を出すなと言われている。
難しい砲撃だがフェザーは自分に絶対の自信があるらしい。冷静に引き金を引いた。
一瞬の間を置いて、大型輸送船の翼の下、何もないようにも見える空間で爆発が起こる。
光学迷彩発生装置に不調をきたしたのか、『サメ』のようなフォルムが見え隠れしはじめた。
やはりチャオ帝国製のシェラネバタ級ステルス戦闘艦だ。
「亡霊め」
フェザーは第二撃を放つため、再度狙いを定める。
発射時のジュール熱で焼けた砲身は、液体窒素による急速冷却をすでに終えていた。
「隊長!」
攻撃に神経を集中させていたフェザーの耳をエマの叫びが打つ。
二時の方向、トレスの輪の内部で遠隔操作方式の多弾頭ミサイルが点火された。フェザーに向かってだ。
複数の小型ミサイルが途中の岩塊やデブリに接触して次々に爆発する。
閃光とともに細かく砕かれた岩塊やデブリが次々に拡散し、濃霧のようにフェザーの視界を奪った。光学カメラを頼りに狙いを定めていたフェザーは引き金を引くことができなくなる。輸送艦にあてるわけにはいかないからだ。
フェザーは、瞬時に回避運動に移行したが、爆発の影響で不規則に動く岩塊に接触し、五機の高機動戦闘艇ケルベロスは次々に傷ついていく。
「おのれ!」
フェザーは後退を余儀なくされた。相手は噂にたがわず戦巧者だ。
爆発による視界不良が収まると、輸送艦の翼の下に潜んでいたシェラネバタ級ステルス戦闘艦は、その姿を消していた。各種センサーやレーダーでもその姿をとらえることができない。
「逃げられたか」
『馬鹿者! 何故取り逃がした!』
艦隊司令が金切り声を上げていたが、フェザーたちは、黙ってその暴言に耐えた。
トレスの環の中から機体を『浮上』させ、宇宙母艦グレートアトラスへの帰途に就いたフェザーたちが操るケルベルスの近くを高速輸送艇ケンタウロスが通過する。
リュウたちの乗る機体だった。
「運がいい。来るタイミングがもう少し早ければ戦闘に巻き込まれていたでしょうに」
「そうだな、運のいい奴らだ」
エマの発言に曖昧に相槌を打ったフェザーは、高速輸送艇ケンタウロスに大した興味を抱いていないように見えた。