第7話 汎用無人戦闘艇ハルピュイア
「あの男、二日酔いで寝込んじゃったんですって?」
ヘッドセットを通じてカサンドラの高い声がセシリアの耳に届いた。
セシリアは三六〇度蒼穹に囲まれている。目の前には半透明のレーダーモニターや操作パネルなどが浮かび、航空機のコクピットにいるように錯覚するが、セシリアの身体は物理的には宇宙強襲揚陸艦ブルーリッジの戦闘指揮所にあった。
遠隔操作方式の無人戦闘艇のメリットはいくつかあるが、一つは優秀なパイロットの損耗を防ぎやすいということ、今一つは人間が耐えられるGの限界を超えて操縦することが可能だということだ。だから、現状、小型戦闘艇や戦闘機はこの形式が主流だった。
「アスタナ隊長に、随分とごちそうになってしまったらしい」
「まあ、あの酒癖の悪い人にまともに太刀打ちできるのはノーラさんぐらいですからね」
セシリアは、酔っぱらってテーブルに突っ伏していたリュウのあどけない寝顔を思い出し、頬を緩めた。だが、それはほんの一瞬のことで、青い瞳が冷たく光る。
「そろそろ目標地点だ。仕事に集中しよう」
「はい」
汎用無人戦闘艇ハルピュイアは、地上から不意打ちを食らわないように高度を取って飛行していた。眼下には緑の濃いジャングルが広がっている。
「最終チェック、各機、随伴機も含めて異常はないか」
セシリアもカサンドラも、それぞれ五機の無人戦闘艇を操っていた。具体的に操作しているのは隊長機の位置づけの一機だけ、他の四機は人工知能の働きで隊長機の動きに追従するようになっている。昨日、リュウたちの危機に素早く駆け付けたのは、隊長のセシリアが操る小隊だけだ。航空隊の隊員は全部で五名、今回は三名が作戦に参加している。なので無人戦闘艇は全部で十五機だ。
「第三小隊、異常なし」
若い男性の声が、すぐさまセシリアに反応した。
「第二小隊も異常なし。強いて言えば機体が重くて、機敏に動けないことくらいですかね」
カサンドラは相変わらず砕けた調子だ。
「爆装しているからな。仕方ない」
今日の任務はゲリラの拠点を爆撃することだった。そのため、発火性の薬剤を装填した焼夷弾を積載限度いっぱいに搭載している。こんな状況で迎撃戦闘機にでも襲われたりしたら、かなり危険だ。カサンドラが言いたかったのはそんなことだろうとセシリアは理解した。
「まもなくゲリラの拠点だ。各自、目標を確認」
システムが示した場所では背の高い木々が伐採され、ジャングルにポッカリ穴が開いている。
「これは!」
最初に違和感を訴えたのはカサンドラだ。セシリアも最大望遠の映像を見て口元を引き締める。そこは水汲み場を兼ねた広場を中心に粗末な木製の家が並ぶ小さな村だった。広場にいた赤子を抱いた若い女性が、驚いたように空を見上げている。村の中に無人戦闘機が置いてあるわけでも、装甲車両を隠しているわけでもなさそうだ。
「どうしますか?」
隊員の若い男が隊長であるセシリアに決断を促した。爆撃を開始しないのかという確認だ。
「艦隊司令、情報に誤りがあります。ここは普通の村です」
セシリアは喉の渇きを感じながら命令を発した上位者に状況を報告した。攻撃を思いとどまってもらうためだ。その間、セシリア指揮下の無人戦闘艇総勢十五機は村の上空を旋回する。
「誤りではありません。その村は反政府ゲリラを匿っているんです」
物理的にはセシリアたちのすぐ後ろに座っている第七艦隊司令のテノールが、ヘッドセットを通じて聞こえてきた。軍人には珍しく、言葉遣いがバカに丁寧だ。一瞬、女性かと思うような声と言葉遣いだが、彼は中年の男性だ。
「しかし」
「何をしているんですか! さっさと焼き払ってください!」
セシリアの抗弁の声は艦隊司令の無情な声に上書きされる。
「隊長、まずいですよ」
カサンドラが珍しく弱々しい声を出した。軍隊組織で命令は絶対だ。
セシリアは目の前に投影されている操作パネルに素早く指を走らせる。
「地上の住人に告げる。非戦闘員は村の外に避難しろ、反政府ゲリラは武器を捨て直ちに投降せよ」
外部スピーカーを使ってセシリアは村全体に訴えかけた。上空からの声はよく響くはずだ。
「余計なことをしないでください。あなたは、ただの戦闘マシーンでしょうに!」
セシリアの背後から艦隊司令の怒声が聞こえた。『マシーン』のセリフがセシリアの胸を抉る。地上では赤子を抱いた若い女性が慌てて広場から走り去っていく。
「ロックオンされています」
攻撃を躊躇しているセシリアの背中に穏やかな男の声のAIが冷水を浴びせかけた。
地上を映す映像が自動で拡大され、村の中央広場でミサイルランチャーを構える少年兵の姿が確認できた。迷彩服を着た茶色い髪の痩せた男の子で、せいぜい十二、三歳にしか見えない。
「こども!」
セシリアの頬がひきつった。
「いいから撃ちなさい! 高価な機体を失う気ですか! これは命令です!」
艦隊司令の金切り声と同時に少年兵のミサイルランチャーが火を噴く。
戦闘時の対応が身に沁みついているセシリアは反射的にパルスレーザー砲のスイッチをいれていた。
ミサイルは途中で切り裂かれ、レーザーエネルギーが地上に降り注ぐ。
少年兵にもレーザーエネルギーが浴びせられ、ミサイルランチャーごと爆発で吹き飛んだ。
爆発が収まった後には、散乱したミサイルランチャーの破片と、バラバラに千切れた人間の手足が確認できた。
セシリアは、声にならない叫び声を上げた。
セシリアの思考は停止し、その身に刻み込まれた反射でミサイル発射装置のトリガーを引く。
セシリアの乗る汎用無人戦闘艇ハルピュイアの翼に取り付けられていた対地攻撃ミサイルが、次々に発射された。セシリアが率いる他の四機もそれに続く。カサンドラや若い男性隊員が率いる合計十機も同様だ。
空中でミサイルの弾頭部分が炸裂し、ミサイル一発当たり数十発の小さな焼夷弾が雨となって村中に降り注いだ。
家々は焼夷弾に破壊され、燃え上がり、住民たちは火だるまになって逃げ惑う。
すぐに村全体が地獄の業火に包まれ、黒煙と赤い炎以外、何も見えなくなった。
「応急修理が一日半で終わってよかったな」
セシリアたちが『ゲリラの村』を空爆した翌日の午後、リュウとグスタフは宇宙強襲揚陸艦ブルーリッジの飛行甲板でアスタナとノーラの見送りを受けていた。その日もよく晴れて蒸し暑かった。
「それというのも整備班に熱心にお願いしてくれたセシリアさんのおかげです」
例の酒盛りからだいぶ時間が経っていたが、リュウの身体からはアルコールが抜けきっていないようで結構辛そうだ。
「式典には間に合いそうもないけどね」
グスタフが憂鬱な顔でリュウに向かって呟き、思わずリュウは顔を歪める。
「あの、ところでセシリアさんは?」
リュウは『見送りを望むなんて贅沢だよな』と想いながらも思わず口に出していた。
セシリアは酒盛りの場には来てくれたようだが、残念ながら彼女が来た時には既にリュウの正体はなくなってしまっていたし、昨日はリュウが酷い二日酔い、セシリアは仕事だった。結局、最初に会った時以外、言葉を交わせていない。
「今日は体調がすぐれないみたいですよ」
ノーラが気の毒そうな表情を浮かべてリュウの質問に答える。
「そうですか」
輸送班の下っ端に貴重な時間を割くわけがないよなと、リュウは心の中で落ち込んだ。
「気に病むな。あの女のことだ。仮病なんかじゃねぇよ」
リュウの心を読んだのか、アスタナが低く掠れた声でフォローを入れる。リュウは寂しそうに微笑んだ。
「お世話になりました」
リュウは、アスタナとノーラに丁寧に敬礼した。隣のグスタフもあわててそれに倣う。
「ブルーリッジに来たら、また御馳走してやる。今度はそっちのまるっちい奴もな」
アスタナが薄ら笑いを浮かべながら、グスタフに向けて顎をしゃくった。
「えっ僕も?」
グスタフは思わず嫌そうに顔を歪める。
「その時は、お土産を持ってきますよ。チャオの焼酎でいいですか?」
リュウはアスタナに笑顔を返した。
「できたら、芋焼酎な」
「わかりました」
リュウとグスタフは、もう一度アスタナとノーラに敬礼すると、やっつけで修理した高速輸送艇ケンタウロスに乗り込んだ。機体は既に電磁カタパルトにセットしてある。
リュウは操縦席に座ると機体に設置された光学カメラの映像をすべてオンにした。
だだっ広いブルーリッジの全通甲板や青い空、こちらを見守っているアスタナとノーラなどが、フォトスタンドのようにリュウたちの周りを取り囲む。
「各種機器の正常動作を確認。発進準備よし」
グスタフが最終確認を終わらせた。
「こちらケンタウロス、ブルーリッジ管制官へ、発進を許可されたし」
「こちらブルーリッジ管制官。針路クリア、電磁カタパルト電圧正常、いつでもどうぞ」
「ケンタウロス発進する」
電磁誘導の仕組みを使った電磁カタパルトが、ブルーリッジの全通甲板をフルに使って、ケンタウロスを猛然と加速させる。
リュウとグスタフは操縦席に数Gの力で押し付けられ、カタパルトによる加速が終わった瞬間、今度は推進剤の噴射が始まった。口数の多い二人であったが、この瞬間だけは黙らざるを得ない。体重の数倍の重さがのしかかる苦行が数分間続き、二人は漆黒の闇の中へと帰っていった。