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第4話 高速輸送艇ケンタウロス

 惑星間を血と破壊で染め上げた統合戦争から、一〇年の歳月が流れた。

「やっぱりさぁ、無理なんじゃない」

 宇宙船の狭苦しいコクピット。その副操縦士席で、グスタフ・グラスゴーは大きく伸びをしながら呟いた。昔と同じくぽっちゃりした人の良さそうな顔だったが長かった薄茶色の髪は短くカットされている。

「でも、惑星ドゥオでヤドクグモの血清在庫が底をつくなんて、ヤバすぎるでしょ」

 操縦士席からリュウ・ラントが言葉を返した。短髪黒髪と草食動物のような温和な薄茶色の瞳は昔のままだったが、背が伸び少し逞しくなっている。二人ともワインレッドの詰襟のジャケットに黒のスラックスというシーナ惑星連邦軍の軍服姿だ。

「そら、そうだけどさ。メインのお届け物は日付指定じゃん、第三惑星でビンテージワインを受け取る前に第二惑星に寄って血清届けたりしたら第四惑星に戻るの、ギリギリだよ」

 グスタフは航法支援システムの演算結果を、空間に投影された小型モニターで何度も確認していた。

 二人が乗っていたのは惑星間航行が可能な高速輸送艇ケンタウロス。全長三〇メートル、全幅四〇メートル、大気圏内航行が可能なデルタ翼を持ち、塗装はオフホワイト。積載量は十トン、乗船定員は四名だが通常二名で運用可能だ。

「そうかぁ? 最高速で飛ばせば、せいぜい往復二週間てとこだろ、建国記念日まで十六日あるから何とかなんだろ」

「あのさぁ、途中寄道するってことは加減速によるロスが発生するっていうことで」

「あ~うるさい! 人の命に係わるお届け物と、ゴマスリ用のお偉いさんあて贅沢品、どっちが大切だと思うんだよ!」

「しがない下級兵士としては、お偉いさんのおつかいの方じゃないの?」

「違うだろ! 特効薬がないせいで人が死んだりしたらルナに合わせる顔がないじゃないか」

「そうだねぇ、ルナちゃん元気かな」

 グスタフのセリフに反応してリュウの顔に少し苦い表情が浮かぶ。

 二人がそんな会話を交わしている間に白と青と深緑のまだら模様の惑星が空間投影モニターに大きく映し出される。

 第二惑星ドゥオは、惑星表面の四〇パーセントに満たない海と、大小さまざまな湖沼が点在する大きな一つの大陸からなる緑豊かな惑星だ。地表の大部分が高温多湿の熱帯気候で、広大なジャングルが広がっている。統一戦争前はドゥオ人民共和国という全体主義国家が惑星全体を支配していた。

「これより回頭、制動をかける」

「あ~あ、やっぱ寄るんだ」

「うっさい!」

 リュウは姿勢制御ノズルを器用に操って機体を反転させると、後部ノズルを最大出力で噴射した。身体の中がシェイクされた後、背中が思い切り座席に押し付けられる。

『高速輸送艇ケンタウロス、聞こえるか? こちらシーナ惑星連邦軍第七艦隊旗艦、宇宙強襲揚陸艦ブルーリッジ』

 Gにおしつぶされたグスタフの呻き声にかぶせるように、通信装置から硬い澄んだ響きの女性の声が流れた。

 ブルーリッジはリュウたちがヤドクグモの血清を届ける予定の宇宙船で、第二惑星の洋上に停泊している。

「こちら、ケンタウロス、感度、良好」

 強烈なGの中、リュウは歯を食いしばりながら声を絞り出した。どうしても言葉が途切れ途切れになる。

『つい先ほど、ブルーリッジ艦内でヤドクグモによる咬傷事案が発生した。急いでくれ』

「了解、まもなく、第二惑星の、大気圏に、突入する」

 十分速度を落としたことを航法支援システムが確認すると推進剤の噴射が自動的に止まった。機体が素早く反転し、頭から大気圏に突入する姿勢をとる。

「やっぱり寄道してよかったじゃないか。急ぐぞ」

 Gから解放され、急に滑らかに声が出るようになったリュウはシステムの支援を受けながら大気圏への突入角度を調整する。コクピットが激しい振動と轟音に包まれた。

「はぁ、嫌な予感しかしないよ。大体、何で宇宙強襲揚陸艦がわざわざ駐留してるかっていう問題がさ、ドゥオのジャングルは反政府ゲリラの巣になっているって言うし」

 モニターに映し出された空の色は漆黒から少しづつ明るくなり、やがてコバルトブルーへと変わっていく。陽はだいぶ西に傾いているが素晴らしい青空だ。ところどころ真綿のような雲が浮かんでいた。

「そうか? 俺は良い予感しかしないよ、あの声の感じ、きっと凄い美人だ」

 リュウの表情は晴れ晴れとしている。

「え、そっち? 声だけじゃわかんないし、ちょっと冷たい感じじゃなかった?」

「いや、きっと真面目なだけだ」

 リュウは自信をもって言い切った。

「この間もさ、大型宇宙輸送艦コンロンのオペレーターがいいとか騒いでなかったっけ?」

「古傷に触れないでくれ、亭主持ちとは知らなかったんだ」

「まったく、女好きだよね。リュウは」

「変な言い方すんな、普通だろ」

 ムッとした視線をグスタフに向けたタイミングで、コクピット内にアラートが鳴り響く。

「え、何?」

 リュウの目の前のモニターに、味方の識別信号を出していない飛行物体が前方から急速接近してくるのが映っていた。航空機のスピードではない。

「ミサイル?」

 レーダーと連動したミサイル迎撃システムが反応し、迎撃許可を求めてくる。

 グスタフが慌てて、迎撃許可のアイコンをクリックした。

 同時に操縦桿を握ったリュウが、ケンタウロスの機体をひねり、急降下させる。

 至近距離で爆発が起こり、爆風と破片がケンタウロスに襲い掛かった。

「だから、嫌な予感がするって言ったんだよ!」

 グスタフの愚痴を聞き流したリュウは機体を立て直した。眼下にジャングルが迫っている。

 索敵範囲に航空機は発見できない。ジャングルの中から撃ってきたのかも知れない。

 どちらにしても高速輸送艇に大した武器は搭載されていない。小形のパルスレーザー砲でミサイルを迎撃するシステムがあるだけだ。防御一辺倒で反撃は難しい。

「こちら、ケンタウロス。攻撃を受けている。至急応援を乞う。繰り返す、至急応援を乞う!」

「後方、急上昇してくる飛行物体あり!」

 リュウの必死の通信に、グスタフが緊張した声で冷や水を浴びせかける。

「くそっ!」

 リュウは再度加速した。

 しかし、モニターに映った飛行物体はしっかり追尾してくる。

 飛行物体は、一本の空対空ミサイルを放った。

「グスタフ頼む!」

「ほい来た!」

 パルスレーザーがミサイルを破壊する。

 リュウが安堵の息をついた瞬間、モニターが複数の飛行物体を捉えた。ジャングルの中に潜んでいたらしい。緑の迷彩が施された横に長い楕円形で、左右の主翼にローターが仕込んである。垂直離着陸が可能な大気圏内専用機だ。

「嘘だろ!」

 データベースで確認すると、旧ドゥオ人民共和国製の無人攻撃機だった。全部で六機。全長一〇メートル、全幅十五メートル。主武装はミサイル。一斉に攻撃されたら多分防ぎきれない。

 と、リュウが思っている間に十二発のミサイルが同時に発射された。

「えっ! ちょっ」

 グスタフが慌てながらも光の刃を器用に操りミサイルを次々に撃ち落とす。が、数が多すぎる。

 最期の一発を破壊できたのは至近距離だった。

 ミサイルの破片がケンタウロスに襲い掛かり、衝撃がコクピットをシェイクする。

 モニターには赤い表示が次々に浮かんだ。

 装甲板損傷、推進剤供給系統に異常、エンジン出力低下、ミサイル迎撃システム作動停止。

「ちくしょう!」

 ケンタウロスは大幅に速度が低下し、無人攻撃機は確実に距離を詰めてくる。

「パルスレーザーをやられた。今度、攻撃されたらアウトだよ!」

 グスタフが青ざめて叫んだ。

「分かってる!」

 リュウはさらに高度を下げ、ジャングルの木の上ギリギリを飛行する。

「木にぶつかったらどうする気!」

「それを狙ってんだよ!」

 リュウはそういいながら、ケンタウロスをジグザグに飛行させた。

 ミサイルが木に触れて誤爆することを狙ってるらしい。

「ああ、この間の給料で、たらふくステーキ食べときゃよかった!」

「縁起でもない! 死んでたまるか!」

 ぼやくグスタフをリュウが鋭い声で叱責する。

 無人攻撃機の一団は高度を上げ、ケンタウロスの頭を押さえた。

 V字型の編隊を組み、必勝の布陣を整える。

「くそっ!」

 ミサイルが発射された。リュウは急旋回を試みる。

 しかし、ミサイルはケンタウロスを追ってきた。

 グスタフが思わず目を閉じる。

 リュウは目を見開いて光学モニターのミサイルを睨みつけた。

 そのミサイルが次々に爆発する。

「えっ?」

 木々に触れたわけではない。ケンタウロスが迎撃したわけでもなかった。

 ミサイルに続いて、二機の無人攻撃機が爆発し、バラバラに吹っ飛ぶ。

 残った四機の無人攻撃機は慌てて上空に向けミサイルを発射した。

 リュウはミサイルの向かった先を目で追う。

 青空を背景にV字型の編隊を組んだ三角翼の黒い機体が五機、目に入った。

「味方か?」

 ミサイルが次々に爆発し、さらに二機の無人攻撃機が四散した。

 黒い機体は左右に展開し、急降下を開始する。

 残った二機の無人攻撃機は反転して逃走を開始した。

 高度を下げ、ジャングルに逃げ込むポイントを探しているようだ。

 しかし、木々の隙間に身を潜める前に爆発四散する。二機ともだ。

「助かったぁ~」

 グスタフが安堵の息を吐いて天井を仰いだ。

 リュウも大きく深呼吸する。

 降下してくる黒い機体の正体が分かった。旧チャオ帝国製の汎用無人戦闘艇ハルピュイアだ。

 大気圏内でも大気圏外でも活動可能で、宇宙母艦や宇宙強襲揚陸艦から遠隔操作する機体だ。

 全長二〇メートル、全幅二十五メートル、デルタ翼のシャープな印象の黒い機体で、武装は高出力レーザー砲とミサイル。無人攻撃機を葬ったのは、おそらく高出力レーザー砲だ。

『遅くなった』

 通信機から、硬く澄んだ女性の声が流れてきた。

 次の瞬間、腕の代わりに白く美しい翼を生やした女性、伝説の生き物『ハルピュイア』を機体横にパーソナルマークとして描いた戦闘艇が、ケンタウロスの横を通り過ぎる。

『ブルーリッジまで、エスコートする』

 いったんケンタウロスの横を通過したハルピュイアは、反転するとケンタウロスの前に移動した。そして、左右に散っていた他の四機もケンタウロスの左右を守るように編隊飛行を開始する。極限まで張りつめていたリュウとグスタフの緊張は、すっかり緩んだ。

「こちら、高速輸送艇ケンタウロスの搭乗員、リュウ・ラントだ。救援感謝する。貴官のお名前を伺いたい」

「あ~、まただよ」

 グスタフが呆れたような表情を浮かべた。リュウが相手の名前を聞いたのは命の恩人だからではなく、興味を抱いた女性だかららしい。

『こちら宇宙強襲揚陸艦ブルーリッジ、航空隊隊長、セシリア・セントルシア一等兵曹だ』

「セシリアさんか、綺麗な名だな」

 案の定、リュウは鼻の下を伸ばしている。

「階級がいっこ上だ。たぶん、お姉さんだね」

 グスタフが冷静にツッコミを入れた。

「いいんだよ、階級の一つや二つ」

 リュウはそう言ったが軍隊で階級は絶対だ。ちなみにリュウとグスタフは二等兵曹で下士官の一番下のポジションになる。戦闘艇を単独で動かすことができるのは下士官以上と決められているので同じような仕事をしている中では彼らが一番の下っ端だ。

「あ~、楽しみだな」

「そお? それよりケンタウロスの損傷の方が気になるんだけど。修理に時間がかかるようなら確実におつかいに間に合わないよ」

「そうだった」

 機嫌の良かったリュウは、急に肩を落とした。

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