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第3話 シュナイダー・シュタインフェルト

 悲壮感に包まれたドゥオ艦隊の旗艦とは対照的に、クワトル艦隊旗艦、高速巡航艦キングレオポルドの戦闘指揮所には興奮気味の誇らしげな声が響いていた。

「先行する第一分隊、巡航速度を維持しつつ、敵艦隊の最後尾に回り込みます」

「ウチの斬り込み隊長はいい仕事をする」

 一段高い席に座った長身の男が報告を聞きながら満足げに微笑んだ。

 艦隊司令官と思われる男は、恐らくそれなりの年齢であるにもかかわらず肩幅が広く筋肉質で若々しい。彫の深い端正な顔立ち、プラチナブロンドに青い瞳、周囲に圧倒的な存在感を放っている。ワインレッドの詰襟のジャケットに黒のスラックス、胸のネームプレートには『シュナイダー・シュタインフェルト』と印字されていた。

「第一分隊の指揮官はバン・バクスター准将でしたな」

 シュタインフェルトの横の席に座る小柄な男が小さな薄茶色の瞳を輝かせて呟く。武張ったところのまるでない猫背の男で、黒い髪の頭頂部は薄くなっている。胸のネームプレートは『キケロ・キーン』と読めた。 

「ああ、若いのにたいした奴だ」

 シュタインフェルトは我が事のように誇らしげだ。

「敵艦隊、そのまま加速します」

 十数人の士官たちが詰める戦闘指揮所は大戦果に高揚していた。

 ドゥオ人民共和国軍とは異なり、クワトル連邦軍では司令官と思われるシュタインフェルトも、他の士官たちも軍服は同じデザインで格差はない。違うのは詰襟に着けられた階級章ぐらいのものだ。

「まあ、そうだろうな。他の選択肢はない。しかし、実行に移すのが少し遅すぎた」

 ドゥオ艦隊は加速しながら、クワトル艦隊を追尾するように針路を変えつつあった。しかし、追いつく気配はまるでない。逆にクワトル艦隊がドゥオの艦列後方に迫りつつある。

「今度は敵艦隊後方を平らげる。全艦、射程に入り次第、一斉砲撃。艦列を乱すなよ!」

 戦闘指揮所の中空に、元々は右翼を形成していた敵艦隊後方グループの映像が映し出された。四角い箱のようなフォルムの巨大な宇宙母艦の周囲を細い筒のような宇宙戦艦と宇宙駆逐艦が護衛している。

 六隻がひとつのグループになった機動部隊に向けプラズマ砲のエネルギーが殺到する。

 相手も応戦したが、まばゆい閃光と共に沈黙し、無残な残骸を虚空に漂わせることになった。

 そして、五〇隻の高速巡航艦による斉射が終わると、クワトル艦隊はドゥオ艦隊から離れていく。

「敵艦隊、艦艇損耗率が四〇パーセントを超えます。一方、当方は高速巡航艦マクドネルが小破したのみ」

「同様の手順でヒット・アンド・アウェイを繰り返す。敵艦隊の動きに注意、油断するなよ」

 興奮気味の報告に冷や水を浴びせるように、シュタインフェルトは表情を引き締めた。

「敵艦隊、加速を継続していますが陣形変わらず。我が艦隊との距離は離れていきます。一方、無人戦闘艇の一群が、我が艦隊の前面に展開しようと加速しています」

「敵も多少はできるようだな」

 シュタインフェルトは一瞬、嬉しそうな笑みをこぼした。

 しかし、すぐに口元を引き締め、追加の指示を下す。

「針路を右に変え、無人戦闘艇を回避、右回りで再度、敵艦隊を襲撃する」

「針路を右に変え、無人戦闘艇を回避します」

「いつもながら総統閣下の用兵は素晴らしいですな、いや、軍を率いている今は元帥閣下とお呼びすべきでしょうか」

 シュナイダー・シュタインフェルトは、その類稀な軍事的才能のおかげで熱狂的な国民の支持を得、第四惑星クワトルの政治的支配者となっていた。そして、長きにわたり対立と小競り合いを繰り返してきた三つの惑星系に存在する七つの国家全てを統一するべく兵を起こした。

「状況は造るものだ。二倍の兵力を用意できても遊兵がいては話にならん。そして、相手に遊兵がいなければ強引に造るまでだ。キーン副総統」

「総統自ら軍を率いることに、このキーン、当初は反対していましたが間違いでございました。このような芸術的な采配、総統以外の誰ができましょう」

「お世辞を言っても何も出ないぞ。それより、危機管理上、副総統は総統府で留守番するべきではないのかな」

 シュタインフェルトは意地の悪い視線を横に座るキーンに向けた。

「これはしたり。総統閣下が危険はないとおっしゃるのであれば、総統閣下の乗る船に同乗するのが一番安全なのではないのでしょうか」

「言うわ」

 自分の過去の発言を利用したキーンの反撃にシュタインフェルトは思わず苦笑いを浮かべた。

「それに、総統あっての副総統です。もし、あなたに何かあったら、私ではあなたの代わりは務まりません」

「卑下することはない。内政に関する手腕は俺よりも上だと評価しているのだ。地方の行政官僚から副総統に抜擢したのは理由あってのことだぞ」

 謙遜ではなく心底そう思っているらしい副総統を、シュタインフェルトは強い口調で諭す。

「身に余る光栄でございます」

「危機管理の観点で言えば、この決戦に全戦力を投入するとは敵も随分思い切ったものだ」

 あまりにも恭しいキーンの態度に居心地の悪さを感じたシュタインフェルトは話題を変えた。

「戦力の逐次投入をしないというのは、ある意味正しい戦術だと愚考しますが」

 キーン副総統は首を傾げる。

「こちらには別動隊で本国を急襲するという選択肢もあったわけだ。また、壊滅状態とはいえ、チャオ帝国の残存兵力が、漁夫の利を狙ってドゥオ本国を襲うという可能性もゼロではない」

「だから、総統は留守部隊を用意し、高速巡航艦だけの部隊でこの決戦に臨んだのですね、本土を防衛するために」

「留守部隊のマオ将軍は頼りになるからな。チャオ帝国の残存兵力が我が国にちょっかいを出してきたとしても彼ならなんとかするだろう」

「信頼しているのですね」

 キーン副総統は一瞬、嫉妬にかられたような表情を浮かべた。

「戦の技量だけでなく、忠誠心もな。あの男なら相応の戦力を指揮下においても叛旗を翻したりはしない」

「第一分隊、敵艦隊を射程に捉えます」

 シュタインフェルト総統とキーン副総統が会話している間に、大きく弧を描いて宇宙を駆けていた艦隊は敵艦隊に襲い掛かった。戦闘指揮所の中空に浮かんだスクリーンにプラズマ砲の強烈な光があふれる。

「敵艦隊、損耗率七〇パーセントを超えます」

「そろそろだな」

 戦闘に決着がついた。シュタインフェルト総統はそう判断していた。

 直後、通信担当士官の歓喜に満ちた声が響く。

「総統、敵から降伏を告げる通信です」

 戦闘指揮所は怒号のような歓声に包まれた。

「賢明な判断だ。これでようやく宇宙に平和が訪れる」

「おめでとうございます。総統閣下」

 キーン副総統もシュタインフェルト総統に笑顔を向ける。

「人権を無視しつづけてきた軍事国家チャオも、歪んだ全体主義国家のドゥオも、これで過去の存在だ。これからは我々が自由と平等に満ちた正しい国を築くのだ」

 シュタインフェルト総統は自信と誇りに満ちた表情を浮かべ、立ち上がった。

「星系を統べる新しい国の名前はお決まりですか? 総統」

「シーナ惑星連邦。そう名付けようと思う」

 キーン副総統の問いに、シュタインフェルト総統は満面の笑みで応えた。

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