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第29話 戦いの始まり

「さて、準備完了っと」

 ブルーリッジの戦闘指揮所では、それまでしばらく大人しくしていたユーカ・ユキヒラが、元気の良い声を響かせる。

「何をするつもりだ?」

 ブルーリッジを半包囲していた駆逐艦の一隻がケルベロスの攻撃で爆発したタイミングだったので、リュウも多少、心の余裕ができていた。

「これよ」

 ユーカは戦闘指揮所の天井近くの空間にスクリーンを投影し、動画を再生し始める。

 舞台となっているのは病室と思われる場所で、ベッドには人工呼吸器のマスクを装着した端正な顔立ちのプラチナブロンドの中年男性が身体中に多くのチューブを装着して身動きせずに横たわっていた。どこかで見たような顔だ。

『これは、現在のシュタインフェルト総統の姿です。意識はなく、機械の力で無理やり延命させられています。ウェイ自治州代表候補者やマオ軍務大臣の投獄は、総統の指示ではなく、全て副総統が権力を維持するためにやっていることです』

「うそ、そんな話聞いてないけど」

 ユーカのナレーションを聞いて、グスタフが呆然とした表情を浮かべる。

 セシリアは青ざめ、アスタナは苦虫を噛み潰したような顔をした。

「こんな映像をどうやって」

「私には各惑星に協力者がいるのよ」

 訝しむリュウにユーカは誇らしげに説明する。

『建国の英雄はもういません。それでも皆さんは政府に忠誠をつくしますか? 真実を伏せ、権力維持のため自由と民主主義を踏みにじる副総統に、その命を捧げるのですか?』

 ユーカが流した映像は短いものだった。しかし、インパクトは絶大だ。

「政権が目の敵にするわけだ」

 なぜユーカを直ちに第四惑星に護送しろと政府が命令したのか、リュウは合点がいった。

「これを一斉通信で流すのか?」

「今、全軍に流したわ。ブルーリッジの機材を使ってね」

「はやっ!」

 リュウとユーカのやり取りを聞いて、グスタフが目を丸くした。

「ちなみに、これから、軍隊内部だけじゃなく、星系全土の市民に向けて配信する予定よ」

「これ、使えるな」

 リュウは、マオ軍務大臣の逮捕に不満を漏らしていた宇宙輸送艦コンロンの艦長トヤマ中佐のことを思い出していた。

 軍の中でシュタインフェルト総統やマオ軍務大臣は圧倒的なカリスマだが、副総統はそうではない。これをきっかけに政府の無茶な指示に異を唱える軍人も出てくるだろうと思った。

 リュウは軽く深呼吸すると一斉通信を開始した。

「第七艦隊旗艦ブルーリッジから各艦へ。真実から目を背けてはいけない。建国の理念である自由、平等、平和を守るためには何が重要か考えてほしい。我々に(くみ)することを潔しとしないのであれば、この場から去ってくれ。我々は無用の戦いを望まない」

 通信が終わるとリュウはブルーリッジの後退速度を速めた。

 セシリアもハルピュイアを下げ、ブルーリッジの周辺に待機させる。

 ケルベロスの編隊も攻撃をいったん中断して駆逐艦から距離をとった。

 それが合図になったかのように、それまでブルーリッジを攻撃していた残り七隻の駆逐艦が、ゆっくりと後退を開始した。

「よし、いいぞ」

 リュウは拳を握って立ち上がる。

 やがて、スクリーンに映し出された駆逐艦の群れは一八〇度回頭し、全力で加速を開始した。

「敵対勢力、すべて撤退していきます!」

 グスタフの声が響き、ブルーリッジの戦闘指揮所は歓喜の渦に巻き込まれる。

 セシリアとカサンドラが手を取って抱き合い、アスタナは力強くガッツポーズをした。

 機動歩兵部隊の他の面々は、叫び声を上げたり、ハイタッチをしたりしている。

 皆、生き残ったことを、これ以上殺し合いをしなくて済むことを、心から喜んでいるようだ。

「いやぁ、名演説だったわ」

 ユーカはリュウの方に歩み寄ってくると、親指を立てて見せた。

「いや、ユーカさんのスクープ映像のおかげですよ」

「まあね。でも、それを差し引いても、君には革命家の素質があると思うよ」

 ユーカは真顔でリュウを称賛する。

 リュウは照れ臭そうに頭を掻いた。

「生きた心地がしなかったですよ。で、これから、どうします?」

 リュウは質問部分を誰とは言わずに視線をさまよわせながら呟いた。

 その頃には戦闘指揮所の熱狂も幾分収まっていた。

「それ、いまさら聞くか?」

 アスタナが呆れた表情でリュウに聞き返す。

 グスタフは困ったように言葉を返した。

「もう反乱軍の頭目になるしかないと思うよ」

「私は、あなたに、ついていきます」

 セシリアは信頼に満ちた目でリュウのことを見つめていた。

 リュウは同じセリフを別のシチュエーションで言ってほしいと心の中で叫んだ。

「まあ、正義の味方を始めたんなら最期まで続けないとね。とりあえず、第五艦隊や地上の反政府勢力と連絡を取って、政治犯を釈放するところから始めたら?」

 ユーカの発言を聞いたリュウは、革命家の素質があるのは彼女の方だと強く思った。

「そうしよう」

 リュウはできるだけ頼もしく見えるように胸を張って請け負う。

 しかし、内心、毛布をかぶって個室に引きこもりたい気分だった。

「わたしは、味方を増やすための宣伝に努めるから」

 ユーカはサングラスタイプのウェアラブ端末を頭の上にあげて、心から楽しそうに微笑んでいた。


『すっかり、美味しいところを持っていかれたな』

 宇宙母艦グレートアトラスの戦闘指揮所で思わず立ち上がったフェザー・アーギュメントに、地上のギルダーから通信が届いた。

 中空に投影されたスクリーンには第七艦隊の駆逐艦につられるように第五艦隊を後にする駆逐艦の姿が映っている。その数、八隻中六隻。

 逆を言えば、二隻の駆逐艦はフェザーたちの陣営に残ったことになる。

 しかも幸いなことに砲火を交えないですんでいた。

「いや、まだまだ、これからですよ、伯父貴。戦力は我々の方が多い」

 通信に応えたフェザーの表情は、心の底から喜んでいるように見えた。 


 小柄でほっそりしたルナ・ラントは、淡い水色のパジャマに身を包み、病室のベッドの上でネットワークニュースを心配そうに見つめていた。手首に着けたスマートウォッチが目の前に小さな画面を投影している。

『住民弾圧に対する批判は、軍内部からも沸き起こっています』

 ナレーションはどこかで聞き覚えのある女性の声だった。

 画面には宇宙船の外部カメラで撮影したと思われる大型宇宙戦闘艦の姿が映し出されている。宇宙戦闘艦はデルタ翼を有する巨大な航空機のようなフォルムで艦上部には飛行甲板が設けられていた。そして、甲板の両脇にはレーザー兵器と思われる旋回砲塔が並んでいて、その砲口はこちらを向いている。

『なんと、国軍はウェイ自治州州都への核攻撃を実施しようとしたのです』

 核攻撃と聞いて、ルナの小さな心臓は握りつぶされそうになった。

 あの日、第三惑星トレスに核爆弾が投下されなかったら、両親が死ぬことはなかったし、ルナ自身も病魔に侵さることはなかったはずだ。

 ルナは奥歯を噛みしめ、両手で白いカバーのついた毛布を握りしめた。

『それは小さな輸送艇から始まりました』

 女性のナレーションはそれで終わった。

 その直後、聞き慣れた声が、聞いたことがないような調子で話し始める。

『こちら高速輸送艇ケンタウロス、艇長のリュウ・ラントだ。第七艦隊の皆さんにお伺いしたい』

「にいに」 

 ルナは思わず呟いた。驚きで目が大きくなる。

『ウェイ自治州宇宙港への核攻撃を思いとどまってほしい。周辺には反政府活動とは何の関係もない市民がたくさんいる。幼い子供や年寄りもだ。自分たち軍人の役割って何だ! 市民を外敵から守ることじゃないのか! 俺たちが市民の敵になってどうする!』

 兄の声を聴いて、ルナの両目に自然と涙があふれてきた。

「にいにったら、危ないことしないでって言ったのに」

 口ではそう言いながらも、ルナは涙を流しながら微笑んでいた。

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