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第28話 宇宙母艦グレートアトラス

「我が艦隊もブルーリッジ攻撃に加わる。ケルベロスを全機発進させろ」

 宇宙母艦グレートアトラスの戦闘指揮所で、第五艦隊司令のウィリアム・ウェスト中将は、生き生きとした表情でフェザー・アーギュメントをはじめとする高機動戦闘艇部隊に命じた。

 強襲揚陸艦ドラケンスバーグが宇宙海賊たちに奪取された際の憔悴ぶりから見事に回復している。それというのも第七艦隊の司令が自分と同等かそれ以上の失策を犯してくれたからだ。

 彼の指揮のもと、大気圏外戦闘に特化した高機動戦闘艇ケルベロスが次々に発進していく。

電磁誘導砲一門、高出力レーザー砲二門を有する対艦戦闘能力の高い機体だ。アルファベットのIとHを重ねたような形状で頭が三つに見えることから『ケルベロス』と名付けられている。

「艦隊司令、御相談があります」

 ケルベロスが全て発進した直後、高機動戦闘艇部隊のリーダーを務めるフェザーが急に立ち上がり、ウェスト中将に近づいてきた。

 機嫌の良かったウェスト中将の顔が険しく変わる。悠長に会話を交わす余裕はフェザーにないはずだ。

「何事だ!」

「はい。ケルベロスはブルーリッジを支援します」

 フェザーは何食わぬ顔で、ウェスト中将の指示とは真逆のことを言ってのけた。

「貴様、何を言っている?」

 理解力がないと思ったのか、ウェスト中将は怒りを通り越して呆れたような表情を浮かべる。

「まあ、そう言うだろうな」

 フェザーの右手が動き、ウェスト中将の漆黒の眉間が更に黒く変色した。

 肉の焼ける匂いが漂い、ウェスト中将は白目をむいて仰向けに倒れる。

「なっ」

 異変に気付いて立ち上がった赤毛の参謀長にもフェザーは右手を向けた。

 その手には小ぶりのレーザー銃が握られている。

「貴様!」

 驚き慌てるクワトル出身の士官たちに、フェザーの部下である高機動戦闘艇部隊の隊員たちが次々にレーザー銃を発射した。銃声はしない。焦げ臭いにおいが戦闘指揮所に充満する。

 すぐに、生きているのはフェザーの部下たちだけという状況になった。しかし、艦の運営に支障はない。フェザーの部下たちはこの時に備えて、操鑑や索敵、火器管制などの機器操作方法を予習済みだ。

「エマ、こちら、フェザーだ。高速巡航艦ウィンゲートをリモートミサイルで攻撃せよ」

 艦内が概ね片付くと、フェザーは海賊たちから奪ったステルス戦闘艦の中で待機している自分の部下に連絡を入れた。

『ウィンゲートでよろしいんですね』

 当初は地上に攻撃を加えるおそれのある強襲揚陸艦ブルーリッジを排除する予定になっていたので当然の確認だ。

「ああ、事情が変わった。目標変更だ」

 フェザーは頭上に映しだされた戦力配置図を見ながら、厳しい表情を浮かべていた。


「トレスの環からミサイル接近! 多数です!」

「なっ!」

 トレスの輪に巣食う海賊と戦っていたフェザーたちならともかく、第二惑星ドゥオからやってきた第七艦隊の人間にとって、リモートミサイルは不意打ちの効果が高かった。

 戦闘艦のいないノーマークの空間から突然ミサイルがやってくるのだ。多少の距離があっても迎撃が難しくなる。

 高速巡航艦や駆逐艦と睨み合っていたブルーリッジの戦闘指揮所は恐慌に陥った。

「ミサイル、すべてウィンゲートに向かいます」

 しかし、標的が自分たちではないことが分かり、安堵のため息が漏れる。と同時に疑念も渦巻いた。

「一体、誰が」

 ウィンゲートのミサイル迎撃システムがリモートミサイルを捕らえ次々に迎撃していく。

 しかし、数が多い。数発が至近距離で爆発し、船体にダメージを与える。

 リュウは否応なく戦闘に突入したことに寒気を覚えた。こうなっては後戻りできない。

「戦闘艇及び全ての火器でウィンゲートを攻撃!」

「了解!」

 セシリアが張りのある声を響かせ、汎用無人戦闘艇ハルピュイアの編隊がウィンゲートに襲い掛かった。高出力レーザー砲が装甲を切り裂き、ミサイルが一斉に発射される。

 漆黒の宇宙空間では、デルタ翼の黒い機体はほとんど視認できない。戦力配置図でかろうじて位置が確認できる程度だ。

「回避運動が激しくて狙いが定まらん!」

 敵の攻撃を回避するため、不規則に艦を動かしているリュウに、アスタナが文句を言った。

 だが、身を守るためにはアスタナの要望に応えるわけにはいかない。

「プラズマ砲が右舷に命中、第一装甲板を損傷!」

「くそっ」

 基本的に強襲揚陸艦は対艦戦闘に特化しているわけではない。

 おまけに相手は高速巡航艦と駆逐艦合わせて九隻だ。

 いざ戦闘が始まってしまうと圧倒的に分が悪い。

 しかも、今ブルーリッジを操っているのは正規の乗員ではないのだ。焦燥感がリュウを苛む。

「左舷に被弾、左舷高出力レーザー砲、機能停止」

「高機動戦闘艇ケルベロス接近!」

 索敵を担当するグスタフの報告が絶望感を一層かきたてた。

「第五艦隊の奴らか」

 普通に考えれば体制側に味方するはずだ。

 リュウが低い声で呻き、ハルピュイアは慌ててブルーリッジ防衛のために機首を巡らせる。

『こちら第五艦隊旗艦グレートアトラス、義によって助太刀する』

 しかし、五十機ほどのケルベロスが向かったのは高速巡航艦の方だ。

 そして、全ての火器が一斉にウィンゲートに発射される。

 ケルベロスから放たれた電磁誘導砲の砲弾と高出力レーザーが、ハルピュイアの攻撃ですでに傷ついていたウィンゲートにとどめを刺した。

 右舷に巨大な穴が穿たれ、大量の金属片を撒き散らす。

「俺たちに味方してくれるのか」

 リュウは外部カメラの映像を呆然と見つめながらため息をついた。

 更に、もう一隻駆逐艦が爆発し、船体が二つに裂ける。


『フェザー、それではクワトルからやってくる艦隊に奇襲をかけられないではないか!』

 宇宙母艦グレートアトラスのフェザー・アーギュメントは、地上の強襲揚陸艦ドラケンスバーグのギルダー・アーギュメントから通信機ごしに不満をぶつけられた。

「伯父貴、策を弄するのはここまでです。国民の支持を得るためには、ここでブルーリッジに救いの手を差し伸べなくてはなりません」

 フェザーは高機動戦闘艇ケルベロス操縦用のヘッドセットをつけたまま、ギルダーの不満に応えた。口ぶり、表情共に自信にあふれる落ち着いた受け答えだ。

『グレートアトラスはお前たちが制圧したからいいとして、第五艦隊に所属する護衛駆逐艦群はどうする。我々の同志が全ての艦にいるわけではないぞ』

「我が意に沿わないのであれば沈めるのみです。そのためにケルベロスの半数はグレートアトラスの周りに待機させています」

 フェザーは逡巡なく言い切った。

『この流れでブルーリッジに味方すると、我々は奴らの引き立て役になってしまうぞ』

「武勲で存在感を示せばいいでしょう。革命が成功したのは我々のおかげだと思い知らせればいいのです」

 フェザーの口ぶりはあくまでも自信にあふれていた。

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