第27話 反逆者
「さすがに心臓に悪い」
グスタフが各種センサーやモニターに目を光らせながら思わず呟いた。
先ほどから高速輸送艇ケンタウロスの操縦室内には断続的にロックオンを知らせる警告音が鳴り響いている。そのたびにリュウは操縦桿を操作し、回避運動を行っていた。
「たいしたものね」
ユーカはウェアラブルの情報端末を操作して今までたまっていた情報をチェックしながらも、リュウの操縦に感嘆の声を送る。
「いや、これはただの威嚇だ。相手が本気なら高速輸送艇など、瞬時に消し飛んでいる」
リュウは正面を見据えながらユーカに応じた。言外に逃げた方がいいと言っているようだ。
「じゃあ、相手にも、まだ正常な判断が残っているということね」
「だといいんだが」
この状況下でもユーカは微笑んで見せた。大した度胸だ。
『最後通牒だ! 直ちに射線から退け、さもなくばプラズマ砲で強制排除する』
割れがねのような男性の声が通信機から流れてきた。
どうやら正常な判断も我慢の限界に来たらしい。
「だとさ」
グスタフが投げやりな視線をユーカに向ける。
ユーカは何事か発言しようと口を開きかけた。
だが、ユーカが言葉を発する前にリュウが通信機に向かって叫ぶ。
「やめてくれ! あんたたちのやろうとしていることは、ただの人殺しだ!」
ユーカは我が意を得たりといった表情で深く頷いた。
「パルスレーザーミサイル迎撃システムを起動するよ。気休めだけど」
グスタフはそう言いながら小さな抵抗の準備を始める。
操縦室の酸素濃度が急激に低下していくようにリュウは感じた。静かで息苦しい。
不思議なことに、その後ブルーリッジの動きはなくなった。通信もない。
その時間は、とてつもなく長くリュウに感じられた。
「どうしたんだ。一体」
耐えきれなくなってリュウがつぶやいた時、通信機が再び沈黙を破った。
『こちら強襲揚陸艦ブルーリッジ。地上へのミサイル攻撃を中止する』
その声は低く擦れていて聞き覚えのあるものだった。
「アスタナ隊長!」
『おう、久しぶりだな。いつぞやの約束は果たしたぞ』
「約束って?」
リュウは文字通り目を丸くした。身に覚えがなかったからだ。
『けっ、忘れたのかよ。まぁ、いい。ブルーリッジに着艦しろ』
操縦室内に安堵のため息がこぼれグスタフはすっかり脱力する。
しかし、ユーカは聞き覚えのあるアスタナの声を聴き、表情を引き締めていた。
「おう、テロリストじゃねえか」
強襲揚陸艦ブルーリッジの戦闘指揮所で、アジャン・アスタナがユーカ・ユキヒラに最初に投げかけた言葉はそれだった。
「テロリストじゃない、ジャーナリストよ」
小柄なユーカが大柄なアスタナを見上げると、アスタナは可笑しそうに笑みを浮かべた。
「セシリアさん!」
一方、リュウは飼い主を見つけた子犬のようにセシリアに駆け寄った。尻尾があったら、きっとちぎれんばかりに振り回していたことだろう。
「役に立たず、申し訳ない」
凛とした表情は影を潜め、苦いものでも呑んだような表情でセシリアは目を伏せた。
「ミサイル攻撃を教えてくれたじゃないですか。凄く感謝しています」
「結局、私は何もできなかった。感謝の言葉ならアスタナ隊長に言って欲しい」
見上げたセシリアの青い瞳は、とても美しくリュウには感じられた。
「改めて、お礼を言います」
リュウは背筋を伸ばしてアスタナに最敬礼をして見せた。
そんなリュウにアスタナは軽い敬礼で応じる。
「俺は、お前たちの勇気に付き合っただけだ。ここにいるやつらも、みんな。セシリアだって、艦隊司令の前に立ちふさがって、お前たちへの砲撃を阻止したんだぜ」
「本当にありがとうございました」
リュウは精いっぱい声を張ると、戦闘指揮所にいた機動歩兵を中心とする兵と下士官たちに敬礼した。グスタフもそれに倣う。
敬礼を返す者、照れくさそうに頭を掻く者など、反応は様々だ。
「で、艦隊司令はどうしたの?」
「どっかで寝てんじゃないかな」
ユーカの問いにアスタナは人差し指で頬を掻いた。ユーカの目が細くなる。
「クワトル出身の士官がほとんどいないけど。彼らは?」
「どこかに引きこもっているんだと思うぞ、奴らは腰抜けだからな」
アスタナはバツの悪そうな表情を浮かべ、ユーカは全てを悟ったような表情を浮かべた。
「なるほどね。立派な反逆者になったわけだ」
「えっ、そうなんですか?」
ユーカの指摘をアスタナは沈黙をもって肯定し、リュウは驚いたような表情を浮かべる。
グスタフに至ってはポカンと口を開けたままだ。
「で、これから、どうするつもり?」
「どうするって、おまえ。リュウ、お前はどうするつもりだったんだ?」
ユーカの厳しいツッコミを、アスタナはリュウにスルーパスする。
「えっ、俺ですか?」
リュウは危機が去ったわけではないことを思い知った。
そして、状況は考える時間を全くと言っていいほど与えてくれない。
『こちら高速巡航艦ウィンゲート。旗艦ブルーリッジに問う、作戦変更の理由と今後の作戦を説明されたし』
「ちょっと待ってくれ。今、考えているところだ」
疑念を抱いた味方艦艇からの通信に、艦隊司令席の近くにいたアスタナが反射的に答えてしまった。ユーカはそれを聞いて頭を抱える。まったくもって士官とは思えない回答だからだ。
『貴様、誰だ? 艦隊司令はどうした!』
「早速来たわね」
ユーカが諦めたような表情でつぶやいた。リュウとグスタフはおろおろするだけだ。
第七艦隊を構成する各艦艇は数キロの範囲に点在している。肉眼で確認することはできないが、宇宙船の速度や兵器の射程を考えると至近距離だ。
艦隊旗艦は艦隊司令の乗るブルーリッジだったが、ブルーリッジに万一のことがあれば高速巡航艦が他の艦を率いることになっている。
しかも、統一戦争で活躍した高速巡航艦は栄光の艦種であり、乗員は全てクワトル出身の士官で構成されていた。
「パク司令は体調不良のため、自室で休んでおられる」
『貴様は何者だと聞いている! 官職、姓名を名乗れ!』
なんとか取り繕って答えようとしたアスタナだったが、すぐにメッキがはがれてしまった。
「何を偉そうに! 俺は第一機動歩兵部隊隊長アジャン・アスタナだ!」
「わっ、ホントのこと言っちゃったよ」
その発言が疑念しか生まないことをグスタフでさえ気づく。
士官でもない実戦部隊の隊長が艦を代表して通信することなどあり得ない。
『参謀長は? 他の士官はどうした!』
アスタナは我に返り、頬を人差し指で掻いた。
「全員、お休みだ」
『反乱をおこしたな! 貴様!』
「だったら、どうだってんだ!」
殴られたら殴り返す、怒鳴られたら怒鳴り返すというのがアスタナという男の流儀らしい。
リュウは色を失った。
「隊長マズイって!」
これで全くゴマカシがきかなくなった。馬鹿でも相手の反応は予想できる。
『軍法に照らし、直ちに処断する!』
「やってみな!」
「なにも、挑発しなくてもいいじゃない」
ユーカもあきれ顔だ。
「ちょっと隊長、席を代わって!」
「おっ、お前がやるか?」
リュウが蒼い顔で詰め寄ると、アスタナは暢気な表情で艦隊司令席をリュウに明け渡した。
「こちら、ブルーリッジ。第七艦隊の皆さんと事を構えるつもりはありません。話し合いましょう」
「おいおい、なんだ、その弱腰は」
しかし、穏便に事を済ませようとするリュウの態度はアスタナのお気に召さなかったらしい。
「我々は、地上をミサイル攻撃することに反対している、それだけです。なんなら臨検のため、ブルーリッジに部隊を派遣していただいても構いません」
「俺は反対だぞ」
「そんなこと言ってたら本当に反逆者になっちゃいますよ!」
「いや、もうなってると思うが」
「そうね」
通信機の外では、アスタナとユーカが不協和音を奏でていた。
『その声は先ほど一斉通信を行った男だな。貴様が反乱の首謀者か!』
高速巡航艦ウィンゲートからは、リュウの思惑とは逆方向の返信が返ってくる。
「いや、反乱の首謀者って」
『騙されんぞ!』
「はぁ?」
『機動歩兵部隊を使って我らを捕らえるつもりだな』
「あなたたち、相当恐れられているみたいね」
ユーカの指摘にアスタナは誇らし気に微笑む。
「いや、それならこちらから御説明に伺っても」
『同じことだ!』
「あ~、も~、勝手にしろ!」
とうとうリュウもキレてしまった。
「ダメだわ~、通信設備借りるわね」
「僕は索敵担当席に座るね」
ユーカと、グスタフは、それぞれ通信担当士官席と索敵担当士官席に着いた。
「えっ、なんで?」
「指示しなさいよ。戦うんだか、逃げるんだか」
「逃げる!」
ユーカの指摘を受けて、リュウは操艦担当席に着いた。
「逃げられるといいね」
グスタフはそう言いながら、レーダーや各種センサーに目を走らせる。
「高速巡航艦ウィンゲートと駆逐艦八隻が本艦を半包囲しつつあり。包囲が空いているのは三時の方向だけだよ」
グスタフはそう言いながら、第七艦隊の他の艦艇の位置図を頭上の空間に投影した。
「撤退支援のため、ハルピュイアを展開します」
「仕方ない。俺たちは火器を担当するか」
セシリアと、アスタナたち機動歩兵の面々もそれぞれの役割を見つけて席に着く。
「グスタフ、よく初めての機械を操作できるな」
リュウは、強襲揚陸艦ブルーリッジの操縦装置を初めて触り、困惑していた。
「ケンタウロスもブルーリッジも、インターフェースはクワトル仕様だからね。基本は同じだよ」
「まあ、そうなんだろうけど。これか。ブルーリッジ、艦首を艦隊中央のウィンゲートに向けたまま後退する」
少しの間逡巡していたリュウだったが、おっかなびっくり操縦を始める。艦内がキツイGに揺れた。
「リュウ、小型艦じゃないんだから、もっとソフトに操縦しなよ」
グスタフが思わず口を尖らす。
「へえ、一目散に逃げるんじゃないんだ」
「背中から撃たれるのはごめんだ。火器で牽制しながら、距離を稼ぐ。プラズマ砲発射準備」
ユーカの質問にも似た呟きに応えながら、リュウは初めて指示らしきものを出した。
「あ~、わかんねぇな、これ、どうやって動かすんだ」
どうも、一番機器に慣れていないのは機動歩兵部隊の連中のようだ。
低く掠れた声を聴きながら、牽制の主力はセシリア指揮下の無人戦闘艇にしようと、リュウは心の中で考えていた。




