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第26話 決起

「先ほど攻撃中止を依頼してきた高速輸送艇が、本艦に向けて突っ込んできます」

 強襲揚陸艦ブルーリッジでは索敵担当士官が狼狽していた。

「どういうつもりですか!」

 艦隊司令のパトリック・パク中将が甲高い声を響かせ、戦闘指揮所内に緊張が走る。

「パルスレーザーミサイル迎撃システムを準備します」

 火器管制担当の低い声を聴くに至って、航空隊隊長のセシリアの顔から血の気が引いた。

 カサンドラがそれに気づき、心配そうな視線を向ける。

「高速輸送艇、減速」

「着艦するつもりか?」

「本艦正面で相対速度をシンクロさせます」

 百メートルもない至近距離でケンタウルスの見た目の速度はゼロになった。

 体当たり攻撃という暴挙も視野に入れていた戦闘指揮所の面々は、ホッと胸を撫で下ろす。

 しかし、恐怖が減った分、怒りが増した人間も存在した。特にパク中将がそうだ。

「非常識すぎます。警告しなさい!」

「はっ。前方の高速輸送艇に告げる。攻撃の邪魔だ。直ちに射線をあけろ!」

 しかし、返ってきたのは一対一の通信ではなく、オープンチャンネルでの一斉通信だった。

『こちら高速輸送艇ケンタウロス艇長リュウ・ラントだ。第七艦隊の皆さんにお伺いしたい』

「なっ、何を考えているんですか、こいつは!」 

『ウェイ自治州宇宙港への核攻撃を思いとどまってほしい。周辺には反政府活動とは何の関係もない市民がたくさんいる。幼い子供や年寄りもだ。自分たち軍人の役割って何だ! 市民を外敵から守ることじゃないのか! 俺たちが市民の敵になってどうする!』

 戦闘指揮所にいた何人かは息を呑んだ。心の中では同じことを考えていても上官に逆らえず気持ちを押し殺していたのだ。

 一方、パク中将は怒りを沸騰させる。

「よりによって一斉通信とは! 誰ですか、この馬鹿に作戦を漏らしたのは! ドラケンスバーグにも作戦を知られてしまったではないですか!」


「エマ、聞こえるか」

『はい。フェザー様』

 宇宙母艦グレートアトラスの戦闘指揮所にいたフェザー・アーギュメントは、何気なく廊下に出ると、ステルス戦闘艦に搭乗しているエマ・エルランジェに連絡を取った。

「伯父貴たちが核攻撃に晒される危険がある。合図したらブルーリッジに、リモートミサイルを叩き込め」

『かしこまりました』

 住民の政府に対する憎悪が高まることは、フェザーたちにとってはある意味歓迎すべきことであった。しかし、だからといってギルダーたちを失うことはできない。一斉通信を聞きつけて、ドラケンスバーグもミサイルの迎撃準備を進めているだろうが、楽観は許されなかった。


「第三惑星駐留の強襲揚陸艦を敵に奪われて、我が軍は相当困ってるらしい」

「ドラケンスバーグをか! そいつは大ごとだ」

 強襲揚陸艦ブルーリッジのほとんどの兵と下士官は、断片的な情報しか得ていなかった。

 そのため、食堂ではその断片的な情報を持ち寄って交換するのが日常的な風景と化している。

「俺は、ミサイル発射管に水爆ミサイルを装填しているって聞いたぜ」

「まさか、俺たちの第三惑星に核攻撃をするつもりか」

「ウェイ自治州ならいいんじゃね」

「馬鹿言うな! 俺の親戚はウェイ自治州に住んでるんだ」

 第一機動歩兵部隊の隊長アジャン・アスタナは、真偽不明のこれらの話を聞きながら奥歯を噛みしめていた。リュウ・ラントの一斉通信が食堂内に響き渡ったのは、丁度そんなタイミングだ。

『こちら高速輸送艇ケンタウロス、艇長のリュウ・ラントだ。第七艦隊の皆さんにお伺いしたい』

 珍しくアルコールとは無縁のただの水を飲みながら昼食をとっていたアスタナは、知り合いの声を聴きピタリと手を止める。

「この人はあのときの」

 アスタナと同じテーブルに座っていた漆黒の肌の男性兵士が呟いた。鼻の下に短いひげを蓄えたハン・ハルマ上等兵だ。

『ウェイ自治州宇宙港への核攻撃を思いとどまってほしい。周辺には反政府活動とは何の関係もない市民がたくさんいる。幼い子供や年寄りもだ。自分たち軍人の役割って何だ! 市民を外敵から守ることじゃないのか! 俺たちが市民の敵になってどうする!』

「なんだ。この放送は!」

 近くに座る兵が訝し気な視線を虚空に漂わせた。不安と憤りがジワジワと食堂内に広がっていく。

「おい、噂は本当だったのか!」

「狂ってる。今度はウェイか! なぜトレスばかりに核爆弾を落とすんだ!」

「意思決定してるのがクワトルの奴らだからだろ」

 兵と下士官用の食堂は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

「へぇ、あの泣き虫がね」

 アスタナは感慨深げに呟いた。

「きれいごとを、軍隊は統治のための暴力装置に決まっている」

 アスタナの横のテーブルに座っていた別の機動歩兵部隊の髭面の隊長が訳知り顔で発言する。

 アスタナは彼に冷たい視線を送ると、椅子を引きずる派手な音を立てて立ち上がった。

「どうしたんですか? 隊長」

 同じテーブルの斜め前に座っていたハルマ上等兵が驚いた表情で顔を上げる。

「俺は、高速輸送艇のリュウ・ラントに味方することに決めた。賛同する奴はついてこい!」

 低く掠れた大声が食堂内に響き渡った。

 顔を強張らせる者、瞳を輝かせる者、呆然とする者、兵たちの表情は様々だ。

「い、一体どこに行くつもりですか?」

 ハルマが呆気にとられた表情でアスタナに問いかける。

「お偉いさんの集う戦闘指揮所だ」

「ま、まさか反乱を起こす気じゃないでしょうね」

「それは相手次第だ」

 アスタナの表情はいつになく真剣だった。食堂内が一瞬、水を打ったように静かになる。

「冗談じゃない、行かせないぞ!」

 アスタナの隣のテーブルに座っていた髭面の隊長が目を怒らせて立ち上がった。

 身長はアスタナと同じくらいだが、体重はアスタナよりも重そうだ。

「ほう」

 アスタナの目がすっと細くなる。

 いや、アスタナだけでない。周囲の兵たちからも殺気が立ち上った。


「最後通牒だ! 直ちに射線から退け! さもなくばプラズマ砲で強制排除する!」

『やめてくれ! あんたたちのやろうとしていることは、ただの人殺しだ!』

 強襲揚陸艦ブリーリッジの戦闘指揮所では高速輸送艇ケンタウロスとの押し問答が続いていた。パルスレーザー砲による威嚇射撃を実施したが、ケンタウロスに動じる気配はない。

「司令」

 すっかり困惑した表情で火器管制担当士官が艦隊司令のパトリック・パク中将を振り返った。さすがに味方を撃つのは躊躇われるようだ。

「仕方ありません。正面の高速輸送艇を破壊しなさい」

 だが、パク中将の返事は冷酷なものだった。

「お願いです。やめてください」

「ちょっと、隊長」

 戦闘指揮所の一角で、肩を震わせて座っていたセシリアが急に立ち上がった。

 慌てて止めようとした隣の席のカサンドラが制止に失敗して体勢を崩す。

「どういうことですか」

「こんな作戦、間違ってます!」

 セシリアは両手の拳を握りしめて、硬い声を響かせた。

 不安そうな表情を浮かべる航空隊の隊員たちも、不快な表情を浮かべる士官たちも、皆、言葉を発することができず、事態の推移を見守っている。

「下等な戦闘マシーンの分際で、将官たる私に楯突く気ですか!」

 男性にしては妙に高い声を張り上げて、パク中将は右頬を痙攣させていた。激しい怒りに腕も振るえている。そして、急に何かに気づいたような表情を浮かべた。

「さては、あなたですね。作戦を漏らしたのは!」

 セシリアは無言のままパク中将を見返す。それは相手の発言を肯定するようなものだった。

「失礼します!」

 緊迫感あふれる戦闘指揮所に低く掠れた声が響いた。

「何事です!」

 見ると数名の機動歩兵が戦闘指揮所に入ってくるところだった。

 先頭に立っているのは第一機動歩兵部隊隊長のアジャン・アスタナだ。

「意見具申、機動歩兵部隊によるドラケンスバーグ奪還作戦を提案します」

「却下します! それよりも、この痴れ者を営倉にぶち込みなさい」

 パク中将は興奮した口調でセシリアのことを指さした。

 アスタナは無言で敬礼すると、セシリアとパク中将の方へと歩みを進めた。

 パク中将の横を通り過ぎ、セシリアの前で足を止める。

「アスタナ隊長」

 強烈な圧を放つアスタナを前にセシリアは後退った。

 しかし、勇気を振り絞ってアスタナの目を見つめる。

 敵わないのは分かっているが拘束されるつもりはない。

 しかし、不思議なことにアスタナの眼は柔和な光を湛えていた。

「そういえば、あいつ、あんたに言ってたな。自分でよければ、いつでも力になるって」

「えっ?」

「俺も約束したんだよ、困ったことがあったら力になってやるってな」

「アスタナ隊長、あなた、一体何を!」

 パク中将は苛立ちを爆発させると、つかつかとアスタナの背後に歩みより、振り向かせようと右肩を掴んだ。

 アスタナは肩を引かれるがままに振り向いた。

 だが、同時に足が真上に跳ね上がり、パク中将に向けて鉈の用に振り下ろされた。

「悪い。足が滑った」

 首筋に蹴りが命中し、パク中将は声を発することもできず床に叩きつけられる。

 一瞬身体を起こそうとあがいたが、目から光を失い、うつぶせのまま動かなくなった。

「なっ」

 クワトル出身の士官たちが驚いて腰を浮かす。

 だが彼らには機動歩兵たちの銃口が向けられた。

「動くな!」

 鼻の下に短いひげを蓄えた漆黒の肌の男性兵士ハルマ上等兵が鋭く叫んだ。

「艦隊司令にはしばらくお休みいただく。ミサイル攻撃は中止だ。異論のある奴は船から出て行け!」

 アスタナが低く掠れた声を響かせ、油断なく周囲に目を配る。 

「貴様、こんなことをしてタダで済むと思うなよ!」

 長身の索敵担当士官が声を震わせて叫んだ。大きな目を見開きアスタナを睨んでいる。

「ただで済むとは思ってないから安心しろ」

 アスタナは心底げんなりしたような表情を浮かべていた。

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