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第25話 核攻撃

「前方を我が軍の高速輸送艇が通過します」

「先ほど輸送艦コンロンの艦長から協力申し出がありましたが、早すぎですよね」

 第七艦隊旗艦の宇宙強襲揚陸艦ブルーリッジは第三惑星トレスの衛星軌道上に到着していた。

 索敵担当士官の報告に、艦隊司令のパトリック・パク中将は怪訝な表情を浮かべている。

「あれって」

「なぜ、ここに?」

 戦闘指揮所にいたカサンドラとセシリアは、その高速輸送艇が第四惑星に向かったはずのケンタウロスであることに気づいた。

 ケンタウロスは、第七艦隊に何の連絡も取ることなく、そのまま第三惑星トレスの大気圏を降下していく。

「はぁっ? 我が艦隊を素通りですか? 何しに来たんですか、あの人たちは!」

 艦隊司令は苛立たし気に叫んでいたが、セシリアはリュウの目的が人助けであることを信じて疑わなかった。うっすらと笑みを浮かべる。

「邪魔くさいですね。これから攻撃を開始しようというときに」

「ドラケンスバーグへの攻撃は、どのようにいたしますか? 大気圏内に降下して艦砲射撃を加えるか、衛星軌道上からのミサイル攻撃という選択肢になると思いますが」

 艦隊司令と参謀の会話がセシリアにも聞こえてきた。

「地上に降下して砲撃戦など繰り広げたら、本艦の被害もバカになりません。衛星軌道上から核ミサイルで攻撃しましょう」

 艦隊司令の発言に戦闘指揮所の人間全員が凍り付く。セシリアの顔面は蒼白となっていた。


「攻撃が始まってなくて良かったね」

「ああ、これなら、ルナを助け出せるかもしれない」

 激しい振動に揺すぶられながらケンタウロスは大気の壁を突き進んだ。

 空の色は漆黒から蒼穹へと転じていく。

 甘い期待を抱いていた二人だったが、すぐに現実を思い知らされた。

 操縦室内に緊急通信のアラートが鳴り響いたのだ。

『降下中の高速輸送艇に告げる。ウェイ自治州の宇宙港は現在閉鎖中だ。これ以上宇宙港に接近すれば撃墜する』

 無骨な男性の声だった。軍人の匂いがするしゃべり方だ。

「どうするの?」

「無視するしかないだろ!」

 ユーカの問いに威勢よく答えたリュウだったが進行方向に巨大な光の柱が立ち上がった。

「なっ」

 それは大気と干渉して光り輝くプラズマだった。地上からのプラズマ砲による砲撃だ。

「くそっ」

 慌ててリュウはケンタウロスの進路を変える。

「おかしいだろ! あたったらどうするつもりだ」

「グスタフ、他に着陸できるところはないか!」

 操縦桿を握りしめたまま、リュウは苛立たし気に声を張り上げた。

「無理だよ、リュウ。隣の大陸のチャオ自治州宇宙港じゃ用が足りないだろ!」

「道路とか、空地とか」

「幅二十メートル以上、直線数百メートルの整地された空地なんかないよ! それに着陸はいいけど離陸はどうすんの! マスドライバーなしで大気圏を離脱するための推進剤は!」

「あ~、ごちゃごちゃ、うるさい! そうだ、強襲揚陸艦は? ウェイ自治州には強襲揚陸艦ドラケンスバーグが駐留しているはずだろ」

「さっき砲撃してきたのが、そのドラケンスバーグなんだよ!」

 グスタフの答えは悲鳴に近かった。

「だいぶ混み入ってるようだな」

「ちょっと、黙ってて!」

 ユーカが口を挟もうとしたが、グスタフはそれを瞬時に遮る。

「ルナ! ルナ! 聞こえるか」

 一方、リュウは手首のスマートウォッチを素早く操作し、妹を呼び出していた。

『ルナだよ。どうしたの?』

 小さな映像がリュウの眼前に投影される。ルナ・ラントはいつも通りの水色のパジャマ姿だ。

 気のせいか、髪の毛が少し伸び、更に痩せてしまったように見える。リュウの心は痛んだ。

「わぁ、可愛い妹さん」

『あれ、にいに、そこに誰か女の人いるの?』

 思わずつぶやいたユーカの声を聴きつけて、ルナは激しく反応した。

 ユーカはリュウのスマートウォッチのカメラが拾えるように、リュウの背後に身体を寄せる。

「はじめまして、ユーカ・ユキヒラです」

『あっ、はじめまして。ルナ・ラントです』

 ルナはユーカについて知りたそうにしていたが、その疑問に割く時間はなかった。

「ルナ、何とか病院から抜け出せないか。そのあたりは、もうじき戦場になる」

『そうなんだ。看護師さんたちが不安そうにしてたのはそういうことだったんだ』

 切羽詰まった雰囲気の兄に答えたルナは、しかし、やけに落ち着いている。

「迎えに行こうと思ったんだけどウェイ自治州の宇宙港には近づけない。どこか広い場所に」

『にいに危ないことしないで。それに同じ病室のみんなをそのままにして、ルナだけ逃げるなんてできないよ』

 リュウの言葉を途中で遮り、ルナは悲しそうに首を振った。

『それに、どうせ、ルナはもうすぐ死んじゃうんだし』

「バカなこと言うな! にいにが絶対に助けてやる! 絶対にだ!」

 ルナは自分の病状を知っていた。本人には伝えていないはずなのに。

 リュウの目頭に熱いものがこみあげてきて嗚咽をあげそうになった。

「やば、無人戦闘機のスクランブルだ」

 周辺状況に目を光らせていたグスタフが叫び声を上げる。

 宇宙港上空を旋回しているケンタウロスを排除するため、ドラケンスバーグ搭載の無人戦闘機部隊、約二十機が上昇してくる様子が索敵モニターに映し出されていた。

「くそっ」

 リュウは、さらに宇宙港から離れるように操縦桿を操作する。

『リュウ、リュウ・ラント、聞こえるか』

 手詰まりのリュウに、硬く澄んだ女性の声が聞こえてきた。

「セシリアさん!」

 一瞬、いつぞやのように無人戦闘艇ハルピュイアで助けに来てくれることを期待したリュウだったが彼女の口から発せられたのは予想とはまるで異なる内容だった。

『そこは危険だ。これから強襲揚陸艦ドラケンスバーグに対するミサイル攻撃が開始される』

「ありがとうございます。でもここから宇宙港にはだいぶ距離があります。大丈夫です」

『いや、もっと離れた方がいい』

 言いよどむセシリアの言葉の裏に、リュウは何か禍々しいものを感じた。

「それって」

「それって、通常爆薬じゃないってことですか!」

 絶句したリュウの後を続けたのは、グスタフだった。

『そのとおりだ』

「冗談じゃない!」

 お調子者のグスタフがぽっちゃりした顔を赤くする。相当怒っている証だ。

「狂ってる」

 ユーカの目も座っていた。

「街中の宇宙港を核攻撃するなんて、市民にどれだけの犠牲がでると思ってるんですか!」

 リュウはそう叫びながら高速輸送艇ケンタウロスの機首を宇宙に向けていた。


「機動歩兵部隊をようやく追い払ったと思えば、今度は高速輸送艇か。鬱陶しい限りだな」

 強襲揚陸艦ドラケンスバーグの戦闘指揮所で、ギルダー・アーギュメントは空間投影された光学モニターを睨みつけていた。そこにはウェイ自治州宇宙港の上空を旋回しているデルタ翼の高速輸送艇ケンタウロスが映し出されている。

「目的は何でしょうね。第七艦隊には大気圏内航行可能な強襲揚陸艦も、無人戦闘艇も、配備されているというのに」

 ヴィクトールが無人戦闘機操作用のゴーグルをつけたまま、ギルダーの相手をした。

 高速輸送艇には全く危機感を抱いていないらしい。

「索敵か、兵員輸送か、油断させておいてミサイル攻撃というのもあるかもしれん」

 ギルダーはそう言ってヴィクトールに注意を促す。

「攻撃してきたら、直ちに叩き落してごらんに入れますよ。いずれにしても、まもなく第七艦隊との戦闘開始ですね」

「ああ、ブルーリッジが大気圏内に降下してきたら電磁誘導砲を嫌というほど浴びせてやる」

 ギルダーは頭の中で、大気圏内における強襲揚陸艦同士の戦闘を思い描いていた。 


「こちら第十一艦隊所属高速輸送艇ケンタウロス。地上への攻撃を思いとどまってくれ!」

 リュウは、音声通信でブルーリッジに呼び掛けていた。

 しかし、今もってブルーリッジから正式の応答はない。

「グスタフ、第七艦隊で対地攻撃ミサイルを搭載しているのはブルーリッジだけだよな」

「そうだと思うけど。で、どうする気?」

「攻撃を妨害する。グスタフはユーカさんを連れて救命ポッドで脱出してくれ」

「どうやって妨害するの! まさか体当たりする気じゃないよね!」

 先ほどのルナとのやり取りを見てしまうと、それくらいやりかねないとグスタフは思った。

「まさか! ミサイル発射管の前にへばりつく!」

「ブルーリッジが黙ってそれを許すと思う? 撃たれるよ」

「かわしてみせるさ、さ、早く非難を」

「嫌だね」

 グスタフは頑固に言い放った。後ろではユーカが二人の間に視線を行き来させている。

「反対されてもやめないよ。俺は」

 リュウはグスタフが何と言おうと、実力でミサイルの発射を阻止する気でいた。

「そうじゃない。僕も残るに決まってんだろ。ユーカさんには一人で逃げてもらう」

「えっ」

 グスタフの眼は見くびるなと訴えているようにも見える。リュウの目をじっと睨んだ後、ふっと目元に笑みを浮かべた。

「リュウを見捨てたら、ルナちゃんに合わせる顔がない」

「そんな、グスタフ」

 リュウは何か言葉をつづけようとしていたが、グスタフはそんなリュウを無視して自分の席の前に置いてあるユーカの小ぶりなスーツケースに手を伸ばす。

「はい、預かってた荷物」

「よかったら電子錠も外してくれる?」

 リュウは黙ってユーカの両手首の拘束具の磁力をオフにした。

「ありがとう」

 ユーカはそう言うとスーツケースのロックを外し、中身を確認する。

 そして、手早くスマートグラスやスマートウォッチといったウェアラブル端末を身に着け始めた。

「でも、私も残るわ」

 軽く深呼吸した後、ユーカは決然と言い放った。

「はぁ?」

 リュウとグスタフが思わずハモる。

「こんな美味しい取材の機会を逃すもんですか。ドキュメンタリーにして配信するから」

 サングラス調のスマートグラスの口元がニヤリと笑った。

「勝手にしろ、どうなっても知らないからな!」

 リュウは吐き捨てるように言うと、正面を向き、操縦に専念した。

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