第24話 苦悩
「接近する機動歩兵部隊に警告射撃! あてるなよ!」
第三惑星トレスの状況は、必ずしもギルダー・アーギュメントの理想通りには進行していなかった。ウェイ自治州に駐留していた第二惑星ドゥオ出身の五〇〇名の機動歩兵のうち、一部は市民の弾圧を継続し、一部は強襲揚陸艦ドラケンスバーグを奪還すべく、攻撃を仕掛けてきたのだ。ギルダーの『同志』は宇宙母艦グレートアトラスの乗員が中心で、駐留軍兵士の中には真面目に軍務を果たそうとする者も多かった。
「いっそのこと、我々の素性を公にしてはどうでしょうか」
肩幅の広い無骨なヴィクトール・ヴォルコフが専用ゴーグルを装着し、無人戦闘機を操作しながら苦り切った表情でギルダーに進言する。宇宙港の敷地内に突入しようとしている五〇名ほどの機動歩兵の前方にパルスレーザー砲による制圧射撃を加えた直後のことだ。
「今は、その段階ではない。計画が洩れれば母艦に残ったフェザーたちが危機に陥るし、援軍としてやってくるクワトルの艦隊に奇襲をかけることも困難になる。しかも、我々が素性を明かしたところで外にいる石頭たちが素直にその情報を信じるかどうか分からん。戦場では敵をかく乱するために偽情報が飛び交うのが常だしな」
「確かにそうでしょうが、味方を撃つのは気が進みません」
「なんなら、俺が代わってやろうか」
ドラケンスバーグの戦闘指揮所で腕組みをして立っていたダンテ・ダミアンが三白眼に冷笑らしきものを浮かべてヴィクトールに声をかけた。彼らは戦闘指揮所に制圧するにあたって、艦長以下のクワトル出身士官のみならず、ドゥオ出身の無人戦闘機のオペレーターたちも皆殺しにしてしまっている。戦闘指揮所の床と言わず、壁と言わず、あちこちにその際の血糊が、こびりついたままだ。
「無用だ」
ヴィクトールは一言で片づけると、ドゥオの兵士を傷つけないように威嚇射撃に精を出す。
彼に代わった瞬間に、ドゥオ出身の兵たちが皆殺しの憂き目にあうのは明らかだったからだ。
「こちら、強襲揚陸艦ドラケンスバーグ。接近を図る機動歩兵部隊に告げる。戦力差は明らかだ。これ以上、攻撃を加えるのであればプラズマ砲による艦砲射撃を加える。それがどういう結果をもたらすか、よく考えて行動しろ! 我々は諸君らを殺したくはない」
ギルダーは軍用チャンネルで兵士たちにそう呼びかけると、対艦用のプラズマ砲を展開し、虚空に向けて発射した。高温のプラズマが大気に干渉し、まばゆい光が弾道を彩る。
あまりの火力に、勇猛なドゥオの機動歩兵部隊も思わず宇宙港周辺の建物の陰へと退避した。
「こうなってくると、早めにクワトルからの増援が来てほしいものだな」
ギルダーは眉間の皴を深くし、戦闘指揮所の中空に投影された船外カメラの映像を凝視していた。
「強襲揚陸艦を敵に奪われたですって! 第五艦隊の奴らは馬鹿なんですか!」
第七艦隊旗艦、強襲揚陸艦ブルーリッジの戦闘指揮所で、第三惑星の状況を聞いていた艦隊司令官のパトリック・パク中将は思わず叫んだ。
すでに第二惑星を出発して数日が過ぎ、第三惑星まであと少しの行程となっている。
「我々は暴徒鎮圧以外に、強襲揚陸艦ドラケンスバーグの奪還もしくは破壊という任務を果たさなくてはなりません」
情報収集と分析の責任者である細面の参謀長が無理やり表情を消して状況報告を続けた。
「隊長、何か嫌な予感がしませんか」
戦闘指揮所には無人戦闘艇のオペレーター席も設けられている。背後で行われている大声でのやり取りを聞いたカサンドラが、隊長のセシリアに小声でささやく。
「ドゥオの強襲揚陸艦は移動要塞と異名をとるほどの火力を誇る。ブルーリッジが大気圏内に降下して砲火を交えれば、こちらもただでは済まないだろう」
セシリアも声を潜めてカサンドラに応えた。
大気層の厚い壁はプラズマ砲やレーザー砲の威力を大幅に減衰させる。そして、第七艦隊で大気圏降下能力を有する戦闘艦はブルーリッジだけだ。
「自分たちが蒔いた種です。強襲揚陸艦の始末は第五艦隊の残存艦がつければいいでしょ!」
「第五艦隊の残存艦は対地攻撃ミサイルを搭載していません。宇宙母艦搭載の無人戦闘艇も大気圏外特化型ですし」
「うちの艦隊もハルピュイアは十機しか残っていないんですよ!」
「ブルーリッジを降下させるつもりはないみたいですね」
艦隊司令と参謀長のやり取りを聞きながら、カサンドラはささやくように呟く。
「本国からの援軍を待ちますか?」
細面の参謀長が苛立つパク中将の冷たい視線に耐えながら、指示を促す。
「本国から来るのは第三艦隊でしたか」
パク中将は背中を丸め、爪を噛んだ。
「はい、バン・バクスター中将です。彼なら、きっとこの事態を収集してくれるでしょう」
参謀長が少しだけ表情を明るくした。バクスター中将は統合戦争の英雄の一人でドゥオとの最終決戦では斬り込み隊長も努めた男だ。明朗快活で勇猛果敢、クワトルの士官たちの人気も高い。しかし、参謀長の機嫌と反比例するようにパク中将の不機嫌さは一層深まった。
「なんで、私があの男の引き立て役にならなきゃいけないんですか!」
「はっ」
参謀長は余計なことを言うのをやめ、首を垂れて後退る。
「是が非でもドラケンスバーグは我々の手で破壊します。手段は問いません。いいですね!」
セシリアは艦隊司令の冷静さを失った甲高い声に、言い知れぬ不安を感じていた。
リュウたちの乗る高速輸送艇ケンタウロスと、セシリアやアスタナが所属する第七艦隊が第三惑星トレスへと向かっていた頃、物資輸送を任務とする第十一艦隊は第四惑星クワトルへの帰還途上にあった。
「艦長、先行する高速輸送艇ケンタウロスが航路を外れています」
「何かのトラブルか?」
「わかりません」
部下からの報告に、第十一艦隊旗艦コンロンの艦長トマス・トヤマ中佐は真面目な表情を思い切り曇らせた。
彼らが勝手な行動をとるのはこれが初めてではない。再発防止のために定期的に位置情報をチェックするようにしていたのだが、残念なことに早くもそれが機能してしまった。
「高速輸送艇ケンタウロスに問う」
既に相当距離が離れていたので、トヤマ中佐は音声メールを送った。
「第四惑星クワトルに向かう航路から外れている。何かトラブルか?」
トヤマ中佐はリュウとグスタフを人間的には信頼していた。今回も何か事情があるのだろうとは思っている。しかし、命令違反もさすがに二回目となると捨て置けない。それでは軍としての規律を保てない。
そこまで思考を巡らせて、ふいに獄中で命を落としたマクシミリアン・マオ軍務大臣のことを思い出した。噂では政府の方針に逆らったために投獄されたという話だ。しかし、シュナイダー・シュタインフェルト総統が、そんなことを命じるだろうか、軍務大臣を心から評価し、信頼していたはずだ。真面目に職務に励んできたトヤマには理解できなかった。
「情報端末を返してくれないかしら」
「ダメに決まってる」
トヤマ中佐が音声メールを送った頃、高速輸送艇ケンタウロスの操縦室ではユーカ・ユキヒラとグスタフ・グラスゴーの不毛な会話が続いていた。
「私には各惑星に協力者がいるの。君たちにとっても有益な情報が手に入ると思うんだけど」
ユーカは真剣な光を宿した鳶色の瞳をぽちゃぽちゃしたグスタフに向ける。
「例えば、どんな情報?」
「おい、グスタフ!」
思わず話に引き込まれそうになるグスタフを操縦席のリュウが正面を向いたままたしなめた。
「そうだった。ヤバい、ヤバい」
「興味深い画像もあるんだけど、見たくない?」
一瞬落胆のため息をついたユーカだったが、すぐに気を取り直して作戦を変える。
「エッチな奴なら、リュウに言ったら? そういうの、大好きみたいだから」
「グスタフぅ~」
リュウは恨めしそうに唸った。
「シュタインフェルト総統が、今どういう状況か知ってる?」
「はぁ?」
リュウとグスタフの漫才を無視して、ユーカは話を前に進める。
意外な話題に二人とも訝しげな表情を浮かべた。
「君たちが従っている政府の命令って、誰の命令だと思う?」
「どういうことだ」
リュウは鋭い視線をユーカに送る。
「詳しく知るためには情報端末が必要なんだけどなぁ」
「ちっ!」
「えっ、舌打ち? しかも、あからさまに!」
自信をもって再度自分の要求を伝えたユーカに、リュウは不快の念を隠さなかった。
しかし、この話題は一時休戦を迎える。スマートウォッチのメール着信音が鳴ったからだ。
「ヤバッ、コンロンからだ」
「どうすんの?」
リュウもグスタフもメールの要件は何となくわかっていた。
一方、置いてきぼりを食らったユーカは不満げだ。
「ちょっと、無視しないでよ」
「トヤマ艦長からだ。良い人なのに前回も迷惑かけちゃったし、困ったな」
「じゃあ、引き返す?」
「いや、正直に説明する」
艦長は、前回も第二惑星に血清を届けたことよりも相談がなかったことを嘆いていた。
リュウは艦長が理解してくれることに一縷の望みを託すことにした。
『こちら高速輸送艇ケンタウロス、艇長リュウ・ラント。第三惑星が戦場になると聞きました。地上への降下能力を有するケンタウロスは住民救助の一助となるべく第三惑星に向かいます』
「勝手なことを」
再生された音声メールを聞いた士官の一人が、思わず苦々しげにつぶやいた。
艦長のトヤマ中佐は苦虫をかみつぶしたような表情で無言を貫く。
『追伸 病気の妹がウェイ自治州の軍附属病院におります。妹を助け出したら、すぐに当初の予定通り第四惑星に向かいます。お許しください』
「第四惑星への到着スケジュールを報告せよ」
全ての通信を聞き終わったトヤマ艦長はリュウたちの行動を追認するかのようなメッセージを送った。
「危険ですよ、艦長。建国の功臣であるマオ上級大将でさえ政府の意向に逆らったばかりに」
「それ以上は言うな。上への報告は私が行う。いいな」
先ほど憎々しげにつぶやいた士官がトヤマ艦長に驚きの表情を向ける。
トヤマ艦長は真顔で厳しい声を発すると、しばらく無言で何事か思案していた。
「高速輸送艇ケンタウレ、聞こえるか」
『聞こえます。艦長』
次に通信を送ったのは大型輸送艦コンロンにドッキングしているもう一隻の高速輸送艇だった。距離が近いので音声通信の返事はすぐに返ってくる。
「これより、第三惑星に向かい衛星軌道上で待機せよ」
『わかりました。ケンタウレはこれよりトレスに向かいます。して、何のために?』
「第七艦隊に協力しろ。向こうには私から連絡を入れておく」
自分にできることは何だろう。
ただ命令に盲従するだけの境遇から脱しようと、トヤマ中佐は考え始めていた。




