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第23話 転進

「君たちは政府のやり口をどう思う?」

 その頃、高速輸送艇ケンタウロスは第二惑星ドゥオを離れ、第四惑星クワトルに向かっていた。ユーカ・ユキヒラを護送するためだ。

「ねえ、リュウ、うるさいから、やっぱり猿轡(さるぐつわ)かましちゃおうよ」

「なんですって!」

 グスタフの提案にユーカは目を吊り上げた。

 ケンタウロスに乗員乗客向けの個室はない。個室と言えばトイレと浴室だけだ。そもそも人間を輸送することを目的としておらず、ユーカは操縦席の後ろの予備乗務員席にいた。両手首と両足首には電磁石を使った拘束具がはめられ、両腕は身体の前で固定されている。

「猿轡なんかかましたら心が痛むし、結局暴れてうるさいし、この状況で我慢するのが一番マシだと思わない?」

 グスタフの提案に、リュウ・ラントはおどけた様子で答えを返す。

「ふざけないで!」

 ユーカが黙って虜囚の身に甘んじていたのは、最初の一日だけだった。

 次の日から、事あるごとに政治的な議論を吹っかけてくるので、リュウもグスタフも持て余し気味だ。

 最初、グスタフはユーカに対して好意的だった。それというのもユーカ・ユキヒラが軍人ではない若い女性で、小柄で線が細くて髪の毛にクセがないなど、外見的には好みだったからだ。

 しかし、今ではハッキリと嫌っている。よくしゃべるところはいいとしても、辛辣で容赦がないところがお気に召さないらしい。

「あ~あ、なんでこんな任務を割り振られたんだろう。急いで護送する必要あるのかな」

「さあ、お偉いさんの気まぐれじゃないの」

「たぶん、現場に知られると都合の悪いことを私がいろいろ知っているからよ」

 なかなか自分を相手にしてくれない二人の会話に、ユーカは強引に割り込む。

「えっ、マジ?」

「よせよ、グスタフ、相手にすんな」

 振り返って身を乗り出したグスタフをリュウは正面を向いたまま、たしなめる。

「そうだよね。純情な僕は、きっとすぐ騙されちゃうだろうし」

「他人を詐欺師呼ばわりしないでくれる!」

 正面に向き直ったグスタフと、正面を向いたままのリュウの背中に、ユーカは抗議の言葉を叩きつけた。

「いや、もっと(たち)が悪いでしょ。閲覧数を伸ばすためなら人の気持ちなんてお構いなしなんだから、この人たちは」

「なんですって! マスメディアは民主主義を成立させるための最も大切なファクターだということもわからないの! 民主主義を踏みにじり、人の命を軽んじるあなたたち軍人に好きに言われる覚えはないわ」

「やっぱ、猿轡かまそう、面倒だから」

 グスタフが再びそう主張したのは、ユーカのセリフに反応して、リュウの顔色が変わるのがわかったからだ。

「俺は人の命を大切に思うからこそ軍人になったんだ。何も知らないくせに勝手なことを言うんじゃない!」

「それは、こちらも同じよ! 私は閲覧数を伸ばすために仕事をしているわけじゃない!」

 低い声で怒りを(にじ)ませるリュウに対し、ユーカも全力で怒りを表現する。

 狭い操縦室内の空気が一気に張り詰めた。

 だが、リュウがそれ以上言い返すことはなかった。そして静かで重苦しい空気が流れる。

「悪かった。確かに俺も君のことは何も知らない」

「えっ?」

 意外な反応にユーカは目を丸くしたが、リュウはそれ以上何も言わない。

 操縦室は気まずい雰囲気に支配された。

「いっこ、言っとくけどさ。リュウは病気の妹のために軍人になったんだ」

「それなら他の仕事だって」

 嫌な雰囲気に耐えかねてグスタフが口を開くと、ユーカは早速それに絡む。

「ウェイ自治州の軍附属病院、軍人とその家族じゃないと利用できないんだよ」

「俺がもっと賢かったり、商才でもあれば話は違ったんだろうけどな、あんたみたいに」

 グスタフとリュウの反撃に、ユーカは目を見開いて何事か想いを巡らせた。

 再び気まずい空気が操縦室に満ちる。

 そんなとき、彼らを救うようにリュウの手首のスマートウォッチがメールの着信音を奏でた。

「あっ、セシリアさんだ」

 スマートウォッチの表示を見たリュウの顔が急に明るくなる。

「よかったじゃん、メールもらえて。で、なんだって?」

「なんで中身を教えなきゃいけないんだよ!」

 メールの表示画面をのぞき込もうと身を寄せるグスタフを、リュウはスマートウォッチを隠すようにしながらはねのける。

「いいじゃん!」

 グスタフは引き続きニヤニヤしていたが、メールの内容をチェックし終えたリュウは落ち着いた表情に戻った。

 そして、グスタフに向けてメールの内容を空間投影する。

「第七艦隊は、これから第三惑星トレスに向かうそうだ」

「えっ、ブルーリッジは第三惑星のチャオ自治州出身者が大勢を占めてるのに、いいの? 軍の方針、何時から変わったの?」

 グスタフが指摘したのは、駐留軍に適用されている不文律だ。第三惑星の駐留軍は第二惑星出身者が大勢を占める艦隊を充てるのが、シーナ惑星連邦軍の方針だった。

「ウェイ自治州の治安維持が任務みたい。だから、チャオ自治州出身の兵隊で編成されている部隊なら構わないという判断なんじゃないの? それに第四惑星からも援軍が出るらしいから、それまでのつなぎみたいだし」

「ふ~ん。第三惑星は相当困ってるんだね」

 シーナ惑星連邦軍も人手が余っているわけではない。安易に応援を依頼することも、それに応えることも普通はないはずだった。

「いいの?」

 ふいに、ユーカが二人の会話に割り込んだ。

 リュウが思わず振り返るとユーカはじっとリュウの目を見つめていた。

「どういう意味だ?」

 今までとは打って変わって言葉少ないユーカに、リュウは続きを話すように促した。

「第三惑星は戦場になるわ。妹さんがいるんでしょ」

「そんな、いくら何でも戦場だなんて」

 グスタフはユーカの意見を否定したが、リュウはじっとユーカの目を見つめ返していた。

「通常規模の駐留艦隊では手に負えない状態になっているっていうことよ。簡単なデモとか暴動っていう状況じゃないはずだわ」

 ユーカが言い終わるころには、リュウは高速輸送艇の人工知能に指示を出していた。

「ケンタウロス、第三惑星への航路計算を開始せよ」

「ち、ちょっと、リュウ。この間も命令違反して行き先を変えちゃったよね!」

「ごめん、グスタフ」

 リュウは反論も説明もなく、いきなり謝った。

 それは決心を翻すつもりが一ミリたりともないということだった。

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