第22話 叛乱
第二惑星ドゥオでリュウ・ラントたちが和やかなひと時を送っていた頃、第三惑星トレスは新たな局面を迎えようとしていた。
『まもなくウェイ自治州宇宙港です。船外カメラの映像を投影します』
宇宙と地上を行き来するシャトルの客室に船内スピーカーを通じてパイロットの声が響いた。
照度を抑えた室内に第三惑星トレスの昼間の情景が映し出される。ところどころ緑が点在する地上には白い合成建材で建てられた高層建築が並んでいた。
やがて正面に灰色の巨大な滑走路と小高い丘を利用して設けられた宇宙船打ち上げ用のマスドライブが見えてくる。
「見えました! ドラケンスバーグです」
「出迎えの兵たちに気取られるなよ。ヴィクトール」
興奮気味のヴィクトール・ヴォルコフに、ギルダー・アーギュメントは鷹のような視線を向けた。宇宙港の駐機スポットの一角には、ヴィクトールの言ったとおり、他の小型宇宙船に交じって宇宙強襲揚陸艦ドラケンスバーグが鎮座していた。
全長二〇〇メートル、全幅三〇〇メートル、色は灰色で、ある種の蛾が羽を畳んだようなフォルムだ。ステルス性を高めるために平面で構成され、砲塔類も格納されている。洋上艦に見られるような艦橋はなく、艦の上部には全通甲板が設けられていた。
格納されているため外観からは確認できないが、高温プラズマ砲、高出力レーザー砲、電磁誘導砲、対艦・対空ミサイルといった攻撃用武装の他、パルスレーザーミサイル迎撃システム、迎撃ミサイル発射装置などを完備している。まさに鉄壁の要塞だ。
五〇〇名の機動歩兵と歩兵を支援するための無人戦闘艇三十機を搭載しており、ウェイ自治州に駐留するシーナ惑星連邦軍の本部となっていた。
「重ねて聞く。子供たちの安全は保証するんだろうな」
客室にいるギルダーとヴィクトールの正面には、二十五名の男たちが座っていた。
要所要所をセラミックプレートで補強したブルーグレーの簡易宇宙服に身を包んだ彼らは、全員、電磁手錠で拘束されている。
ギルダー以下五名の兵で、ウェイ自治州駐留軍本部に宇宙海賊たちを護送中だった。ギルダーに質問を発したのは、浅黒い肌に太い眉の海賊のリーダー、ダミアンだ。
「安心しろ、お前たちの艦には我々の同志が乗り組んで、すでに我らの母艦を離れている。子供たちと数名の女性乗組員の存在を秘匿したままな。あとはお前たちの心がけ次第だ」
ギルダーの答えを聞いたダミアンは信頼や満足とは程遠い表情で三白眼をギルダーに向ける。
ギルダーは、そんなダミアンに冷笑で応えた。
「そんな目をするな。我らは貴様たちの積年の望みに手を貸してやろうというのだ。感謝してほしいものだな」
『まもなく着艦します。衝撃に備えてください』
張りつめた空気を撹拌するようにパイロットの声が響く。
シャトルは宇宙港の滑走路ではなく宇宙強襲揚陸艦ドラケンスバーグの上部甲板に着艦した。
「お疲れ様です」
上部甲板でギルダーたちを出迎えたのは、ギルダーやヴィクトール同様、赤いジャケット姿の五人の兵士だった。全員ギルダーたちと同じようにレーザーライフルを肩にかけている。
「護送責任者のアーギュメントです。随分、閑散としていますな」
二十五人の凶悪犯を出迎えるにしては警備兵の人数が足りないぞという皮肉を込めて、ギルダーは挨拶を返した。
午後の早い時刻、良く晴れて風のない穏やかな天候だ。ドゥオと違って日差しは柔らかで暑さも感じない。
「機動歩兵部隊は、全員、治安維持に駆り出されていますから」
五人の先頭に立っていた小柄な若い兵士が自嘲気味に、苦い微笑みを浮かべた。
「そうでしたな。精鋭部隊とはいえ、数千人規模の暴徒に、連日たった五百人で対応するのは大変でしょう」
「ええ、おかげで自分たちのような機械設備の保守要員まで、こうして艦内警備に駆り出される始末ですよ」
同じドゥオ出身の兵隊同士という気安さもあるのか、若い兵士はギルダーに無防備な笑顔を向けた。実はこれらの情報はすでに入手済みで、一連の会話は確認に過ぎない。
「で、こいつらはどこに連れて行きますか?」
ギルダーはヴィクトールをはじめ四人の部下たちが二列縦隊に整列させた二十五人の海賊たちにチラリと視線を送った。先頭のダミアンは凄まじい目つきでギルダーを睨む。
「とりあえず営倉に御案内します」
「そうですか」
若い兵士の答えにギルダーは残念そうな表情を浮かべた。
「どうなさいましたか?」
「いや、クワトル出身のエリート士官たちが、すぐ取り調べに来ると思っていたんですが」
「彼らは進んで泥臭い仕事に手を染めたりしませんよ」
「エリートの皆さんは、戦闘指揮所ですか?」
「恐らく。さすがに勤務時間中ですから、自室で寛いでいることはないと思いますけど」
ギルダーは、ヴィクトールたちに何事か目で合図をする。
「どうします?」
「とりあえず、営倉の前まで御一緒しましょう」
ギルダーはそう答えると、若い兵士の横に立って歩き始めた。
「ここです」
艦内に入り、居住区の一角に設けられた兵と下士官用の懲罰房である『営倉』があるエリアにギルダーたちは辿り着いた。
艦内通路は狭く、二列縦隊で歩いている海賊たちと護送の兵士たちの間は、肩が触れ合うくらい密集している。通路に沿って個室が並び、スライド式の扉は全てが開いていた。
「この規模の艦でも営倉は十室しかないんですな」
「ええ、本来は独房ですが、とりあえず一部屋に二、三人入ってもらうようですね」
ギルダーの呟きに若い兵士は丁寧に答える。その間にギルダー配下の兵たちは、なぜか列の両端に移動した。
「独房に三人ですか?」
「仕方ありません」
大仰な反応のギルダーに若い兵士はキッパリと答える。
「他に良い方法がありますよ」
「なんです?」
「あなたたちが、ここに入るんです」
「何バカなことを」
失笑しかけた若い兵士は次の瞬間凍り付いた。
ギルダーたちが銃口を若い兵士たちに向け、なぜか電磁手錠の拘束を解除された凶悪犯たちがアーミーナイフを若い兵士たちに突きつける。
「動くな!」
「気でも狂ったんですか!」
たった五名の警備兵では、三十名の武装兵相手に成す術がなかった。
若い兵士がギルダーに抗議の叫びをあげたが、それ以上何もできない。
「我々は正常だよ。狂っているのは政府の方だ」
荒事を成し遂げたにもかかわらず、ギルダー・アーギュメントの声は極めて静かだった。
『我々は惑星トレス解放戦線である。クワトルの走狗たる駐留軍の象徴、宇宙強襲揚陸艦ドラケンスバーグは我々が制圧した。惑星ドゥオ出身の兵たちよ、諸君らはクワトルの独裁者に、もはや従う必要はない。奴隷的な状況から自らを解放せよ』
第三惑星トレスに駐留するシーナ惑星連邦軍の全将兵に対して音声通信が行われた。
駐留軍は、士官が惑星クワトル出身者、下士官と兵が惑星ドゥオ出身者という構成だ。兵たちは動揺し、指揮官たちは恐慌状態に陥った。特に駐留軍の中核である第五艦隊の旗艦、宇宙母艦グレートアトラスに搭乗中のクワトル出身士官たちのショックは大きかった。
「至急、ドラケンスバーグに連絡を取れ!」
『なお、徹底抗戦を図るのであれば、ドラケンスバーグの兵器群が諸君らを襲うでだろう。しかし、無駄な流血は我々の本意ではない。市民への弾圧を止め、直ちに武装を解除せよ』
放送の声は宇宙海賊のものだったが、原稿を書いたのはギルダー・アーギュメントであることをグレートアトラス搭乗のドゥオ出身者は知っている。戦闘指揮所にいたフェザー・アーギュメントは笑いを押し殺すのに必死だった。
「どうなっているか!」
「ドラケンスバーグと連絡が付きません!」
宇宙母艦グレートアトラスに搭乗している、普段、高圧的で尊大な第五艦隊司令のウィリアム・ウェスト中将は、すっかり色を失い漆黒の肌に無数の脂汗を浮かせていた。屈強な体躯も縮んで見える。
「宇宙海賊を護送した兵どもはどうなったんだ!」
「同じく連絡が付きません!」
「ウェイ自治州州政府からの問い合わせです。どうしますか?」
「参謀長が対応しろ!」
漏れ聞こえてくるやり取りから想像するに、地上の反政府運動はさらに激しさを増しているらしい。ギルダーの目論見通りだ。
「我々は統治能力を、力を示さなければなりません!」
州政府とのやり取りを切り上げた赤毛の参謀長が、艦隊司令のウェスト中将にヒステリックに報告する。
「貴様ら、何とか事態を収集しろ!」
ウェスト中将は無人戦闘艇のオペレーター席に向かって怒声を張り上げた。
フェザーは予想通りの展開にうんざりする。
「不可能です」
「何だと!」
低くよく響くフェザーの声に対抗して、声の大きさだけは二倍になって帰ってきた。
「高機動戦闘艇ケルベロスは大気圏外専用の機体ですし、地上に降下するためのシャトルは、囚人の護送に使用して本艦には残っていません。本艦の大砲やミサイルで直接ドラケンスバーグを攻撃してはいかがですか」
フェザーは気後れすることも激高することもなく艦隊司令に言い返した。何も打つ手がないことを知ったうえでだ。
「味方艦を砲撃など、できるわけがないだろ! それに攻撃しようにも、本艦にも八隻の護衛駆逐艦にも対地攻撃用ミサイルは搭載していない。搭載しているのはドラケンスバーグだけだ。プラズマ砲もレーザー砲も大気の壁に阻まれて十分な威力を発揮できないのは子供でも知っている!」
「本国に増援を要請しましょう!」
状況を冷静に考えて、参謀長は、そう提言せざるを得なかった。
「俺に無能者になれというのか!」
艦隊司令は参謀長の提案に激しい不快感を示したが、他に有効な選択肢が見つからなかった。




