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第21話 再会

 第一機動歩兵部隊隊長のアジャン・アスタナが短い休暇を終えた頃、リュウ・ラントの所属する輸送艦隊は第二惑星ドゥオの衛星軌道に到着していた。

「こちらケンタウロス、発進を許可されたし」 

 リュウの眼前には白と青と深緑のまだら模様の惑星が浮かんでいる。操縦席前に立体投影された船外カメラの映像だ。左右にも映像スクリーンが浮かんでおり、漆黒の宇宙を背景に、飛行船のような楕円体のフォルムの宇宙輸送艦や三角形の宇宙戦闘艦が映し出されている。

 第二惑星ドゥオに駐留している第七艦隊の艦艇のうち、宇宙強襲揚陸艦ブルーリッジを除く九隻は大気圏航行能力を有しないため衛星軌道上に展開していた。そのため、大型輸送艦コンロンをはじめとする輸送艦は衛星軌道上で物資の搬入作業を開始している。

 一方、地上に降下している強襲揚陸艦ブルーリッジへの物資の搬入は、大気圏突入能力を有する高速輸送艇ケンタウロスと同型の輸送艇ケンタウレが担うこととなっていた。

「発進を許可します。お気をつけて」

 リュウの問い合わせに答える形で、高速輸送艇ケンタウロスがコバンザメのようにへばりついている大型輸送艦コンロンのオペレーターの声が通信機から流れてきた。活舌の良い、それでいて柔らかな女性の声だ。

「ケンタウロス、発進する」

 リュウたちの乗る高速輸送艇は軽い衝撃とともにコンロンから離れると、第二惑星ドゥオに向かって加速を開始した。

「うちのオペレーターさんは、ほんと優しそうな声だよね」

 副操縦席に座るグスタフがリュウに向かって話しかけてくる。

「そうだな」

「おっとりしたタイプの美人さんだし。既婚者じゃなきゃよかったのにね」

 グスタフはぽっちゃりした顔に人懐っこい笑顔を浮かべていた。しかし、その笑顔の裏に小さな悪意が潜んでいることをリュウは知っている。

「毎回そのネタでいじるのやめてくれる? そんなことより、索敵しっかりやってくれよな。前回と違って積載限度いっぱいの焼夷弾を積んでるんだから。被弾したらシャレになんない」

 前回、第二惑星ドゥオに降下した際は反政府ゲリラに攻撃され、貨物室に被弾していた。

「凄いよね。焼夷弾五百発だよ。随分使うんだね」

「反政府ゲリラの拠点を空爆したらしいからな」

「そういえば、例の航空隊の隊長さんに会えるといいね」

 この発言もリュウをからかっているようだが、こちらのネタにはリュウは動じない。

「そうだな。今度は逃げるなよ、飲み会」

「逃げるだなんて人聞きの悪い。僕はあくまでも仕事優先の人間だから」

「俺が仕事そっちのけみたいな言い草だな。今回はスケジュール上、荷物の搬入作業が終わったら、ブルーリッジで八時間休憩ということになっている」

「それ、寝る時間だよね。寝るのも仕事だよ」

 グスタフはニコニコしながら反論する。

「じゃあ、飯食わずに寝てろよな」

「いや、ご飯は食べなきゃ」

「焼酎のビール割付きでな」

「あぁ、無事にご飯だけ食べられますように」

 誰に向かってかは分からないが、グスタフは手を組んで祈る仕草をした。そんなことをいちいち頼まれたら神様もいい迷惑だろう。


「ビールをジョッキ一杯」

「今週分の割り当てはもう残ってませんよ」

 強襲揚陸艦ブルーリッジ一般食堂の配膳用カウンターで、漆黒の肌の若い女性調理員が即座にアスタナの要望を却下した。

「んなことはないだろ」

 一度に二、三百人は収容できそうな広い食堂には、まだ時間が早いためか食事をとっている兵士は一人もいない。いるのはアスタナの後ろに並んでいる漆黒の肌をした大柄の男性兵士だけだ。鼻の下に短いひげを蓄えたその男は、燃え盛るジャングルからアスタナが担ぎだしたハン・ハルマ上等兵だった。

「事実です。お酒は控えた方がいいですよ。休暇で街に行った時も一人で飲んでたって聞いてますよ」

 女性調理員は困ったような表情を浮かべながら金属製のトレイに晩のおかずを盛り付けはじめる。中身は煮込みハンバーグ、茹でたブロッコリー、それにジャガイモだ。

「仕事はしてる。問題ないだろ。呑んでるときに指名手配犯を捕まえたくらいだしな」

「お手柄でしたよね。でも今週はもうビールをお出しすることはできません」

 威嚇気味に低い声でうなるアスタナをたしなめる様に、女性調理員は食事を盛った金属製のトレイだけを出した。飲料水のグラスはセルフサービスだ。

「ケチくせえな」

「隊長」

 アスタナが悪態をつくと背後から低い声が聞こえた。アスタナが振り返るとハルマが首を横に振っている。もうやめてくださいという合図らしい。

「けっ」

「お久しぶりです!」

 そんなアスタナに若々しい声が話しかけた。

声の方に視線を向けると、短髪黒髪で草食動物のような温和な瞳の若い男が敬礼している。

「おう、リュウじゃねえか。久しぶりだな」

「弾薬の補給に来ました。今日はグスタフも一緒です」

「ども」

 ぽっちゃりしたリュウと同年代の男が、緩い雰囲気で敬礼する。

「ワリい、今のやり取りを聞いてたかもしれんが、酒をおごることはできないようだ」

「いいです。御飯さえ食べさせていただければ」

 グスタフは実に嬉しそうだった。


「元気だったか?」

 アスタナ、リュウ、グスタフの三人は淡い色合いの四人掛けのテーブルについた。アスタナの正面がリュウ、リュウの隣がグスタフだ。ハルマは遠慮したのか隣のテーブルに座っている。

「おかげさまで。隊長は?」

「まあ、ボチボチだな」

「そういえば、これ」

 リュウは小脇に抱えていた紙袋の中から一升瓶を取り出した。

「ちょっ、リュウ、今それ渡しちゃ、ぶち壊しじゃん」

 グスタフが青ざめて止めようとしたが後の祭りだ。

「お、チャオの芋焼酎じゃねえか」

「この間のお礼です」

「義理堅い奴だな」

「約束は守らなくちゃですから」

「悪いな。早速飲んでいいか?」

「どうぞ」

 アスタナはグラスに入っていた水を飲み干すと、代わりに焼酎を注いだ。

 ほとんど透明なので、ぱっと見、水と区別がつかない。しかし、周囲に強烈なアルコール臭が漂った。混みあい始めた食堂内で近くを歩いていた兵隊が眉を顰める。隣のテーブルのハルマは顔を曇らせた。

「か~、こうでなくっちゃ。お前らも飲め」

 アスタナはそう言いながら、瓶の口でグラスの水を飲み干すように二人を促した。

「あ~あ」

 グスタフが頭を抱える。

「そういえば、ノーラさんは?」

 グラスの水を飲み干し、アスタナから焼酎を注いでもらいながら、リュウが何気なく尋ねた。

「ああ」

 その瞬間、急に寂しそうな影がアスタナの表情を覆い無口になる。隣のテーブルのハルマも顔色を変えている。リュウは、それ以上この話題に触れることができなくなった。

 話題に窮して周囲に視線をさまよわせていると、リュウはもう一人の逢いたかった人物を見つけた。盛り付けの終わったトレイを持ち、二人連れで座る場所を探している。 

「セシリアさん!」

 喧騒にまみれ始めた食堂内にリュウの声が響き渡った。

 相手の視線がリュウを捉えるのを見計らってリュウは立ち上がり勢いよく敬礼する。

 セシリアはカサンドラとともに、リュウたちのいるテーブルに近寄ってきた。

 しかし、同じテーブルにアスタナがいることに気づき、表情を曇らせる。

「お久しぶりです」

 セシリアに言葉をかけるリュウにつられてグスタフも立ち上がった。

 リュウは飛び切りの笑顔を作っている。

「こちらこそ。先日は世話になったのにキチンと挨拶もできず申し訳なかった」

「そんなことないです。覚えてくれていてうれしいです。御一緒にどうですか?」

 リュウはそう言いながら、早くも隣のテーブルから椅子を一つ持ってきて、アスタナとリュウの横に席を作った。これで二人座れる。

「どうぞ」

 リュウはセシリアに愛想のいい笑顔を向け、リュウとアスタナの横の席を勧めた。

「アスタナ隊長さえよければ」

 セシリアは不機嫌そうに座ったままのアスタナに視線を向ける。

「俺は構わん」

 アスタナが低い声で呻くように答えた段階で、ようやくリュウは場を支配する妙な緊張感に気が付いた。

「どうしたんですか?」

 怪訝な顔で悪気なく質問するリュウに、セシリアの背後に立っている赤毛のカサンドラが、余計なことを言うなと目で合図を送る。

「航空隊長、俺は感謝してるんだ。あんたのおかげで部下が大勢助かった。この俺もな。だから気にするな」

 リュウの当惑を無視するように、アスタナの強い眼光がセシリアをとらえる。

「しかし、もっと早く私たちが出動していれば」

「事情は聞いた。艦隊司令の命令だ。仕方ないだろ」

「すみません」

「やめろ、謝るな。ノーラは生きている。少なくとも俺の心の中では」

 ようやくリュウは何があったのか悟った。

「余計なことを言うなよ」

 リュウの息を呑む気配に気づいて、アスタナは低い擦れた声で静かに呟いた。

 そして、グラスに残っている焼酎をあおる。

「まあ、いいから座れ」

 アスタナの一声でようやく全員が席に着いた。


「前回のローストポークも美味しかったですけど、今回の煮込みハンバーグもすごく美味しいですね」

 リュウは意識的に朗らかにふるまっていたが、周囲に漂う空気は硬く重苦しい。

「グスタフなんて、ここの食事を随分楽しみにしていたんですよ」

「そんなこと言ったっけ?」

「言っただろ、惑星に降下するときに。で、どう、満足した?」

 話に乗っかれよと、リュウが目配せする。

「とっても美味しいです」

「そんなに美味しいかなぁ? あんたたち、普段、何食べてんの?」

 リュウ同様、息がつまるような雰囲気に耐えかねていたカサンドラが話を膨らませてくれる。

「大型輸送艦に乗っているときは食堂が利用できて良いんですけど、高速輸送艇で単独航行すると、レトルトばっかりになるんですよね。おまけに食事の相手はグスタフだけだし」

「悪かったな」

 すかさずグスタフがツッコミを入れる。だんだんいつもの呼吸が戻ってきたようだ。

「レトルトだって、うまいじゃないか。グリーンカレーとか、クラムチャウダーとか」

 ようやくアスタナが話に加わり、リュウが安堵の表情を浮かべる。

「グリーンカレーを筆頭に持ってくるところはさすがです。あれでもう少し肉が入ってれば言うことないですよね」

「なかなかわかってるな」

 グスタフとアスタナの間で、ようやく他愛もない会話が成立した。

「グスタフは、美味しく御飯が食べられば人生それでいいそうです」

「何か引っかかる言い方だな、それ」

 更にもう一押しと、リュウとグスタフがボケとツッコミを展開する。

「そういえば、二人とも減給三か月だったんだって?」

「え、何で知ってるんですか?」

 急にアスタナから微妙な話題を振られ、リュウはおどけたように言葉を返す。周囲に視線を走らせると、案の定、セシリアの表情が曇るのが分かった。

「軍のポータルサイトで公開されてるからな、兵隊の処分状況は」

「申し訳ない」

 思わずセシリアは謝罪の言葉を口にする。

「そんな、謝る必要ないですよ。人の命を助けることができたんだし、お二人に知り合えたし、何より自分で自分をほめることができました」

「へぇ~、ほめちゃったんだ」

「悪いかよ」

 リュウもグスタフも重苦しいのや湿っぽいのは苦手らしい。強引に明るい方向にもっていく。

「君たちは強いんだな」

 ようやくセシリアも微かな笑顔を浮かべて溜息をついた。

「そんなこと、はじめて言われました」

「しがない運び屋ですよ。僕たちは」

 リュウとグスタフは謙遜する。セシリアは首を左右に振った。

「それに比べて私は弱い」

「そんな、隊長は航空隊最強のパイロットじゃないですか」

 カサンドラがフォローの視線をセシリアに向ける。

 それに対し、セシリアは何も言わず悲しそうな笑顔を浮かべるだけだった。 

「あの自分たちでよかったら、いつでも力になりますから」

「足手まといにしかなんないかもしれないけどね」

 リュウの発言をすかさずグスタフが混ぜっ返す。

「だから、連絡先を交換しましょう」

「そこ?」

「下心見え見えなんですけど」

 グスタフとカサンドラが呆れたような視線をリュウに送る。

「やっぱ、いやらしい奴だな」

 アスタナがニヤリと笑う。だが、セシリアの表情は悲しげで苦しそうなままだった。

「ひとつ断っておく。私はマトモな人間じゃない。戦争のために神経系を改造された人の皮を被った兵器だ。それでも連絡先を交換しようなどどと考えるのか?」

 セシリアのセリフにカサンドラは凍り付き、アスタナは苦いものを飲み込んだような顔になった。一方、リュウはポカンとした表情を浮かべている。

「チャオの軍隊がひどいところだったということは知っています。でも、それはセシリアさんのせいじゃないじゃないですか。改造手術を受けていようがいまいが、セシリアさんはセシリアさんです。勇敢で、真面目で、責任感が強くて、本当はとてもやさしくて、そして、とても魅力的です」

 一気に言い切った後、リュウは自分で自分のセリフが恥ずかしくなったらしく、思わず顔を赤らめた。グスタフは笑いを噛みしめている。

 途中まで真顔で聞いていたセシリアは急に顔を赤らめて、うつむいた。そして、黙ってリュウの方に手首を差し出す。相手のスマートウォッチに連絡先を転送するためだ。

「い、いいんですか?」

 リュウは思わず喉を鳴らした。

「よし、俺も交換してもらおう」

 そこへアスタナもゴツイ腕を差し出す。

「えっ?」

「なんだ? 不服か?」

「い、いえ、光栄です」

 アスタナが意地の悪い笑顔を浮かべ、リュウがひきつった笑顔を浮かべた。

 そのタイミングでリュウの手首のスマートウォッチが音声通話の着信音を奏でる。

「あれ、何だろ。艦長からだ」

「ヴィンテージワインの輸送を命じた人?」

 スマートウォッチを操作するリュウを横目で見ながら、カサンドラはグスタフに尋ねた。

「違うよ。ワインの輸送を命じたのは艦隊司令のフォックス少将で、艦長のトヤマ中佐はまともな人だよ」

 暗に艦隊司令はまともな人間ではないと、グスタフは批判する。

「はい、リュウ・ラントです」

『艦長のトヤマだ。時間外に悪いな』

「いえ」

 リュウはグスタフにも聞かせるために音声を開放していた。

『明朝出発で構わないがブルーリッジに収容されている政治犯を一名、第四惑星に護送してくれ。コンロンに寄る必要はない』

 気のせいかトヤマ中佐の声は暗く、元気がない。

「うわっ、また、レトルト食品の毎日だ」

 グスタフはげんなりした表情を浮かべた。

「ひょっとして、俺が捕まえた奴か?」

 ブルーリッジに収容されている政治犯と聞き、身に覚えのあるアスタナは耳をそばだてる。

「わかりました。で、護送する人物の名前は?」

『ユーカ・ユキヒラという女性だそうだ』

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