第18話 ノーラ・ノルディーン
「電磁誘導砲、発射準備! 目標、ゲリラの拠点エリア」
宇宙強襲揚陸艦ブルーリッジの戦闘指揮所に、パク艦隊司令の甲高い声が響く。
セシリア以下航空隊の面々は汎用無人戦闘艇ハルピュイアの最終チェックに勤しんでいた。艦砲射撃の後、直ちに発進し、ゲリラの航空戦力を一掃する任務が与えられているからだ。
「右舷電磁誘導砲、発射準備完了」
「左舷電磁誘導砲、発射準備完了」
ブルーリッジには通常の洋上艦のような艦橋はなく、上部はほぼ全通甲板になっている。その全通甲板の横に、平素はステルス性能向上のために格納されている二連装の旋回砲塔が左右二基ずつ姿を現していた。電磁誘導砲は光学兵器とは異なり砲弾が重力により落下するので、惑星上では敵正面に身をさらすことなく相手を攻撃できるというメリットがあった。
「砲撃、開始!」
艦隊司令の号令が発せられたが砲撃音がこだますることはない。火薬を使用しない電磁誘導砲は基本的にとても静かだ。天井付近に映し出されたモニター映像では、砲身冷却用の窒素ガスが白い靄となって砲塔の周囲に漂っているのが見て取れる。
さらに別の光学モニターでは、洋上に停泊する宇宙強襲揚陸艦ブルーリッジから遠く離れたジャングルの中で、爆炎が上がるのを確認できた。
「航空隊、発進準備急げ!」
「発進準備、急ぎます」
すでに全通甲板後方にはセシリアの操作する無人戦闘艇ハルピュイアが専用エレベーターであげられており、電磁カタパルトの近くへと移動していた。
「準備が整い次第、順次発艦せよ!」
ハルピュイアは、全長二〇メートル、全幅二十五メートル、デルタ翼のシャープな印象のデザインで、宇宙空間で視認しづらいように黒く塗装されている。最初に電磁カタパルトにセットされたのは、腕の代わりに白く美しい翼を生やした女性をパーソナルマークにした機体、セシリアの専用機だ。セシリアの被るゴーグル内部に発進準備完了を示す青いランプが灯る。
「第一小隊一番機、発進準備完了。発進します」
黒いデルタ翼の機体は、一瞬のうちに朝焼けの残る蒼穹に達していた。実際に人が乗っていたら不可能な加速だ。すでにセシリアの意識は汎用無人戦闘艇ハルピュイアと一体化している。
他の機体も次々に上空に上がってきた。航空隊は全部で五人、それぞれが五機の無人戦闘艇を操っており合計で二十五機。五つの小隊が楔形の編隊を組み、黒煙を上げるジャングルの上空を旋回し始める。まるで獲物を見つけたサメの群れのようだ。
「敵機は上がってきませんね」
第二小隊カサンドラの声がヘッドフォンから聞こえてくる。
次の瞬間、数機のハルピュイアが爆発した。
「!」
セシリアが攻撃地点を推定して、すかさずミサイルを発射する。
そのミサイルが空中で切り裂かれた。恐らく高出力レーザー砲だ。
しかも光学迷彩で偽装しているらしく、その姿は見えない。
セシリアに追随するように、ミサイルや高出力レーザーが大量に地上に降り注ぐ。
爆発の閃光と黒煙が広がり、ジャングルに火の手が上がった。
その間、ハルピュイアの被害も拡大する。すでに十機近くが撃墜されていた。
「総員退避!」
ミサイルを全弾撃ち尽くした頃合いで、セシリアは撤収の合図をする。
敵の航空戦力は確認できなかったが、防空能力が極めて高いことに、セシリアは言い知れぬ不安を感じていた。
「戦況を伝える」
宇宙強襲揚陸艦ブルーリッジの全通甲板には、約五百名の機動歩兵がひしめいていた。
防弾耐熱性能に優れた緑色の迷彩服に身を包み、高速移動用の飛翔装置を背負って、無骨な電磁誘導ライフルを手にしている。
「今もって詳細な敵戦力は不明。少なくとも光学迷彩で偽装した高出力レーザー砲がジャングル内に設置されている」
第一機動歩兵部隊隊長のアジャン・アスタナ上等兵曹は、汗の光る浅黒い顔を約五十人の部下に向けていた。通信装置を内蔵したゴーグル付きヘルメットを被ったままなので表情はよくわからない。
「残念ながら航空隊のミサイルやレーザー砲は敵を殲滅するに至らず、十機ほど撃墜された。現在、弾薬の補充作業を行っている」
全通甲板上では発射の際のジュール熱で熱くなった砲身を冷却するため液体窒素が靄を作り、周辺に漂っていた。
「現在、電磁誘導砲の艦砲射撃で念入りに敵をいたぶっているところだ。実体弾なら光学兵器と違って光学迷彩で防御できんからな」
アスタナの低く掠れた声が通信装置を通じて全ての隊員にいきわたる。
「砲撃終了後、機動歩兵全員で敵の拠点に突入する。艦砲射撃の成果いかんだが、目的は光学迷彩発生装置の破壊、次の目的は対空兵器群の破壊だ」
アスタナは隊員たちの顔を見回し士気を確認した。幸いにして怖気づいていると思われる者はいない。
「運よく艦砲射撃でこれら二つの目的が達成されていた場合は敵の屍を確認して来い。俺からは以上だ」
「サー・イエス・サー!」
通信装置を通じて怒号のような返答が返ってくる。アスタナは満足した。
「散開してジャングルに入ります。各自ネットワークによる情報連携を密に願います」
副長を務めるノーラ・ノルディーンが具体的な指示を補足する。いつものことだ。
「サー・イエス・サー」
そうこうしているうちに、艦砲射撃に付随した靄が晴れてきた。
『砲撃終了、総員突撃してください!』
通信装置から艦隊司令の甲高い声が流れてきた。
アスタナは苛立たし気に一瞬眉間にシワを寄せたが、すぐ気を取り直して低い声を響かせる。
「いくぞ!」
そう言うと、アスタナはランドセルのような推進装置を作動させ、大空に飛びあがった。
「サー・イエス・サー!」
隊員たちも彼に続いて次々に飛び上がる。
アスタナたち第一機動歩兵部隊が先陣を切り、他の部隊も彼らに続く。
傍から見ればイナゴの大群のようだ。
「隊長」
大空を行くアスタナの横から話しかけて来る者がいた。
しかも、通信機越しではなく直接だ。肩が触れそうなほど距離が近い。
「なんだ」
視線を横に向けると、ヘルメットの中に美しい金髪をのぞかせた女性兵士がアスタナに顔を向けていた。副官のノーラ・ノルディーン一等兵曹だ。
「お願いがあるんですけど」
「お願い?」
アスタナは思わずマイクをミュートにする。
「この間みたいに、一人で突っ走らないでくださいね」
反政府ゲリラに襲われた村を奪還した時のことを言っているらしい。
あの時は丸腰のまま一人でゲリラの群れに突入した。
勝算あってのことだが、確かに指揮官としては褒められた行動ではない。
「わかった。もう、ノーラに迷惑をかけないようにする」
あの時は、ノーラ率いる狙撃班が事態を収拾してくれた。
アスタナとしては、はなからそういう展開を期待しており、単独で突撃したのもノーラたちの準備が整うまでの時間稼ぎだ。
「迷惑だなんて思いませんよ。私は心配しているだけです。隊長は部下の命は大切にするくせに自分の命を粗末にしすぎます」
まるで母親のような物言いに、アスタナは思わず苦笑した。
「俺は他人より頑丈だからな」
「限度があるでしょ。死なない身体になったわけじゃないはずです」
ノーラはアスタナが近接戦闘に特化した改造人間であることを知っていた。それでも普通に心配してくれる。その気持ちは正直、アスタナにはありがたかった。
「わかった。礼を言う」
アスタナを知る上官たちは、みなアスタナを普通の人間としては扱ってこなかった。
怖れ、見下し、優れた兵器として使い潰そうとする。
「隊長と副隊長がセットで行動するのはマズイ。ここでお別れだ」
「わかりました」
ノーラはアスタナの脇から離れようとした。
しかし、そのノーラの腕を思わずアスタナは掴んだ。
「ノーラ」
声に真摯な感情がこもっている。
「はい?」
ノーラは怪訝そうにアスタナの方を振り返った。
「作戦が終わったら、また一緒に飲んでくれ、その」
アスタナは一瞬言いよどんだ。だが意を決したように言葉を続ける。
「お前と一緒にいると、俺は幸せだ」
「はい!」
ノーラは元気よく挨拶をしてアスタナから離れていく。
アスタナの胸に甘酸っぱい想いが広がった。
しかし、その想いを振り切るように奥歯を噛みしめ、ノーラの後姿から黒煙のあがるジャングルへと視線を移した。
「航空隊は出動しないのですか?」
機動歩兵部隊への突撃命令を聞くと、セシリア・セントルシア一等兵曹は思わず立ち上がり、背後の艦隊司令を振り返った。宇宙強襲揚陸艦ブルーリッジの戦闘指揮所は砲術担当士官の声が飛び交い、喧騒にまみれている。セシリアの声はその喧騒を切り裂くような鋭い声だった。
「航空戦力二十五機のうち十二機が失われました。その責任をどうとるつもりですか!」
艦隊司令の想定外の言葉にセシリアは打ちのめされそうになる。セシリアの隣に座る赤毛のカサンドラも息を呑み身体を硬直させた。確かにセシリアは航空隊の隊長ではあるが、責任を追及されるような不手際をしでかした覚えはない。
「敵に関する情報が乏しい状況では仕方がなかったと考えます」
ブルネットの長い髪のセシリアは、深い色の青い瞳をまっすぐパク艦隊司令に向けた。
自席で立ち上がり、青白い肌に青筋を立てている猫背の男に、セシリアはさらに畳みかける。
「機動歩兵部隊を投入した以上、支援の航空戦力も出動させるのが妥当だと考えます」
「ハルピュイアが一機いくらすると思っといるんですか! 十二機も撃墜されて、まだわからないんですか! 敵の対空レーザー砲が沈黙するまで出撃は見合わせです!」
ある意味、艦隊司令の判断は正しいのかもしれない。『経済』という観点では。
しかし、人的資源を大切にするために無人機は開発されたはずだ。ハルピュイアの金額を気にする発言に、セシリアは激しい憤りを感じた。
「隊長」
なおも発言しようとするセシリアの赤いジャケットの裾をカサンドラは引っ張る。
視線を向けると逆らわない方がいいと目が訴えていた。
「分かりました。航空隊は臨戦態勢で待機します」
セシリアは無表情で敬礼し、席に戻る。
『アスタナ隊長、ノーラさん、すまない』
セシリアは、心の中で深く詫びていた。
「熱いな」
高度をとると地上から狙い撃ちされる恐れがあるため、アスタナはジャングルの木々を縫うように飛行していた。炎が近い。
耐熱防弾性能に優れた戦闘服でも炎に包まれたジャングルで快適に活動できるわけではない。肺の中が焼けるように熱かった。
ゴーグル内に表示された敵味方識別信号を見る限り、五十人の部下たちは散開し、アスタナ同様低空飛行に努めている。横着して木々の上を飛んでいる間抜けは一人もいない。
「よし、いい子だ」
艦砲射撃のおかげでエリアレベルで機能していた光学迷彩は取り除かれていた。彼方に巨大な自走砲の影を確認できる。自走砲も背後の景色が透けて見える光学迷彩を装備していたが、光の歪みでなんとか存在を感知することが可能になっている。逆に艦砲射撃を原因とする森林火災の煙で視界が遮られている状況だ。
「こちら、アスタナ。敵の大型自走砲を発見。座標を送る。各員、攻撃を仕掛けよ」
「サー・イエス・サー」
通信機に様々な声がこだました。遠く離れた木々の間にチラリと味方の迷彩服が見える。
一瞬、航空隊による支援を期待したが、上空にハルピュイアの姿はない。
アスタナは飛翔しながら、電磁誘導ライフルによる射撃を開始した。
自走砲の破壊を意図したものではなく、近くにいる護衛兵の動きを封じる制圧射撃だ。
対空兵器を破壊するための小型ミサイルは、各自一発ずつ電磁誘導ライフルの銃身の下にさげている。肉薄してこいつを発射するのが当面の目的だ。だが、迂闊に近づくのは危険が伴う。
大型自走砲は無限軌道を持つ高出力レーザー砲だった。
全長二十メートル以上、戦車に似ているが戦車ほどの重装甲はない。機動力も戦車には劣るはずだ。しかし、その巨大なレーザー砲は戦車砲の比ではなかった。攻撃特化型の移動砲台、そんな趣きだ。
その自走砲の陰から、案の定、電磁誘導ライフルと思われる銃器での反撃が開始される。この手の兵器の天敵は小型ミサイルを所持した歩兵部隊だ。護衛の狙撃部隊を配置するのは当然の布陣と言えた。
銃弾が耳元をかすめ、付近の木々が破片を撒き散らしながら爆発する。弾頭に仕込まれた爆薬は侮れない威力だ。改造手術を受け、拳銃弾程度なら弾き返す皮膚を持つアスタナと言えど、直撃すれば、ただでは済まないだろう。
『限度があるでしょ。死なない身体になったわけじゃないはずです』ふとノーラの声がアスタナの胸の中で蘇る。アスタナは、さらに高度を下げ、シダの茂みに着地した。
『こちら、第三機動歩兵部隊コワルスキー、援護要請、敵は』
通信機の音声が不自然な部分で切れた。続いてローターの回転音が耳を打つ。
シダの茂みから上空を見上げると、横に長い楕円形の影が目に入った。
左右の主翼にローターが仕込んである垂直離着陸が可能な無人攻撃機だ。見える範囲で六機。
「まじいな」
敵味方識別信号で確認すると、部下たちも大型自走砲に接近できず、茂みの中で釘付けになっているらしい。このままだと、上空から狙い撃ちされる。
こんな時こそ航空隊の支援が欲しいが、ないものねだりをしても仕方がない。
アスタナは推進装置を作動させ、大空高く飛び上がった。
そして、ジグザグに飛行をしながら無人攻撃機に銃口を向ける。
「総員、敵自走砲に向け、突撃!」
電磁誘導ライフルの引き金を引きながらアスタナは大声で部下に命じた。
自走砲の護衛兵と無人機、相手にするなら護衛兵の方がマシなはず、アスタナは自分が囮になるつもりでいた。
『この間みたいに、一人で突っ走らないでくださいね』
先ほどのノーラのセリフが一瞬、脳裏によみがえる。いや、それだけでなく部下たちの返事に交じって、ノーラの悲鳴が聞こえたような気がする。
が、護衛兵の銃弾が脇をかすめ無人攻撃機のレーザーが背後の木々を焼き払うことで、その声はかき消された。
アスタナが電磁誘導ライフルの銃弾を浴びせかけると、無人攻撃機のローターが火を噴く。
それと同時に地上付近で何かが爆発し、金属片がアスタナの身体を叩いた。
ゴーグルに表示された味方の識別信号が次々にその数を減じていく。
「くそぅ!」
歯噛みしたアスタナが地上に視線を転じると、突然、敵の大型自走砲が大きな爆発とともに炎に包まれた。
「やったのか?」
部下たちは立派に務めを果たしたらしい。
「で、あれば!」
アスタナは気分を高揚させながら生き残りの無人攻撃機に向け電磁誘導ライフルを乱射した。
しかし、なかなか致命傷に至らない。ライフルの銃身が焼け、発射不能のアラートが鳴る。
「くそがっ!」
無人攻撃機のレーザー砲が自分に狙いをつけているのがわかった。必死で回避する。
ジャングルの木々が火の手を上げ、煙で視界が著しく悪化していく。
推進剤の残量が残り少なくなったことを知らせるアラートが鳴った。
「なくなんのが早えよ!」
アスタナは悪態をつきながら高度を下げ、炎に包まれたジャングルに着地する。
そこには、無限軌道を破壊された大型自走砲が横たわっていた。それだけではない。
手足を吹き飛ばされた迷彩服の兵士の骸が、そこかしこに散らばっていた。
辺りにたちこめる煙でよくわからないが多くは味方の兵士だ。
損傷がひどく誰だかよくわからない。
「隊長、やりましたよ」
アスタナが呆然としていると、遺体だと思っていた迷彩服がゴソゴソ動き、額から血を流しながら顔を上げた。
「でかした。立てるか?」
漆黒の肌をした大柄の男性兵士だ。鼻の下に短いひげを蓄えている。
アスタナが手を貸すと兵士はよろよろ立ち上がった。息が荒い。深手は負っていないようだ。
ネーム・プレートと階級章から『ハン・ハルマ上等兵』だと分かる。
そんなアスタナたちの耳に不吉なローター音が聞こえてきた。
煙の切れ目に楕円形の無人攻撃機の影が見える。
「畜生!」
アスタナは唸り声をあげて無人攻撃機を睨みつけた。
こちらをロックオンしているのが分かる。
負傷した部下を見捨てて逃げるわけにはいかない。アスタナは奥歯を噛みしめた。
一瞬、死を覚悟する。
が、次の瞬間、敵の無人攻撃機が爆発した。
「?」
爆音をとどろかせながら、蒼穹を黒い機体が切り裂いていくのが黒煙の隙間から見えた。
セシリア率いる航空隊だ。
「おせえよ!」
悪態をつきながらも、アスタナは笑みを浮かべる。
「第一機動歩兵部隊、総員に告げる。目的は達成した。撤収だ」
アスタナは通信装置に向けて低い声を響かせた。
「ノーラ、いや、副長いるか!」
アスタナは近くにいるはずの副長ノーラ・ノルディーンに、通信機を使って声をかける。
だが、返事は帰ってこない。
「おい、ノーラ、聞こえないのか!」
彼女に限ってすぐに返事をしないなんてことはありえない。
「ノーラ、返事をしてくれ!」
アスタナの掠れた声はジャングルの中に吸い込まれた。
嫌な想像がどんどん膨れ上がってくる。アスタナの背筋に寒気が走った。
「冗談はやめろ、ノーラ!」
だが、何時まで経ってもノーラ・ノルディーンからの返信はなかった。