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第17話 作戦会議

 その頃、第二惑星ドゥオの洋上に停泊する宇宙強襲揚陸艦ブルーリッジのミーティングルームには、航空隊及び第一から第十までの機動歩兵部隊の隊長が勢ぞろいしていた。

「大規模な反政府ゲリラの拠点が新たに判明しました」

 最前列には、航空隊隊長のセシリア・セントルシア、第一機動歩兵部隊隊長のアジャン・アスタナの姿が見える。

「これが偵察用無人機の入手した映像です」

 隊長たちが簡素な折り畳み椅子に座っているのに対し、ミーティングルーム上手(かみて)で空間投影スクリーンの前で熱弁を振るっている艦隊司令は、赤と黒の艦内服に身を包んで立っている。

 階級章とネームプレートからパトリック・パク中将とわかるその男は、長身であるが猫背気味で、肌は少し青白く、声も高い。

「ただのジャングルにしか見えんな」

 浅黒い肌のアスタナの呟いたその一言をパク中将は聞き逃さなかった。

「よく見てください! これは光学迷彩スクリーンによる偽装です」

 中将は指を使って、緑のジャングルのかなり広いエリアを黄色い線で囲う。

 しかし、アスタナには他の場所との区別はつかなかった。

「赤外線センサーその他で詳細に分析した結果、このエリアには無人戦闘機をはじめとする多くの兵器が隠蔽されている可能性が高まりました」

 パク中将は得意げに話している。この手のミーティングは別に珍しいものではない。

 しかし、各部隊の隊長クラスを全員集めるのは珍しかった。今回は大規模な作戦を実施するつもりらしい。

「今回の作戦は、航空隊と機動歩兵部隊が合同で当たります。まず、航空隊が無人戦闘機をすべて破壊、制空権を確保したうえで機動歩兵部隊が地上に侵攻、後は航空隊と機動歩兵部隊が高度に連携し、対象エリアを占拠するという手順です」

 言うは易し、肝心の敵戦力がさっぱりわからんな、とアスタナは腹の中で思った。

「確認します」

 不機嫌そうな表情を浮かべるアスタナの横で、セシリアが無表情のまま手を上げる。

「なんですか?」

 パク中将が気分を害したように高い声を上げ、セシリアに発言するよう、顎で促した。

「敵戦力が明確でないようですが、まずは航空隊が威力偵察をかけるということでよろしいでしょうか?」

 言葉を選んだセシリアの発言にアスタナは内心感心したが、パク中将にはセシリアの配慮は通じなかったらしい。

「虚空の死神の異名をとる航空隊長の言葉とも思えませんね。反政府ゲリラの無人機など直ちに殲滅してもらって構いません」

 アスタナは艦隊司令の回答を聞いてますます機嫌が悪くなったが、セシリアは特に顔色を変えることなく引き下がった。

 ミーティングは、その後も大した情報の共有もなく終わった。

 乱暴に要約すれば、あのあたりに敵がいるようだから、全員で行って殲滅して来いというだけの内容だ。敵の戦力に関する情報はほとんどなく、強いて言えば無人戦闘機を保有しているらしいという程度だ。評価できる部分としては戦力を小出しにしないことぐらいか。しかし、ブルーリッジの全戦力を投入しても足りなかったらどうするつもりなのだろう。

「航空隊だけが頼りだな」

 形ばかりのミーティングが終わり、それぞれの詰め所に戻る道すがら、アスタナは廊下を歩くセシリアに声をかけた。

「承知した」

 セシリアは無表情のまま、短く答えた。

 もともと感情表現に乏しかったが、ゲリラの村を空爆して以来、ますます愛想がなくなったなとアスタナは思った。そして、急に感情表現が豊かな男を思い出す。

「そういえば、この間のあいつ、リュウ・ラントな。処分内容は減給三か月だったらしいぞ」

 アスタナは努めて明るい声で話を続けた。セシリアは一瞬、遠くを見るような眼をする。

「それは、気の毒なことをした」

「反応が薄いな」

 軽く笑みを浮かべるアスタナに、セシリアは自嘲気味に呟いた。

「私は、ただの戦闘機械だからな」

 声に感情はこもっておらず、無表情を装っていたが、自分同様、軍に改造されたセシリアが深い悲しみと苦しみを押し隠していることにアスタナは気付く。

「本当に、そう思ってるのか」

 笑みを消し、急に真顔になったアスタナは、セシリアの眼の奥を覗き込んだ。

 セシリアからの返答はない。

「俺は自分のことを機械だとは思っていない。楽しければ笑うし、悲しければ泣く、機械にはできないことだ」

 そうでも考えなければ耐えられない。アスタナは無意識に自分を庇っていた。普段、多量に酒を飲むのも嫌な事実から逃げるためだ。

「私は、あなたのようには生きられない」

 熱く語りかけるアスタナに、セシリアは苦しそうに応えた。彼女は逃げることも自分を庇うこともせず、自分を苛んでいる。アスタナは、ある意味同じ境遇にあるセシリアに、救いの手を差し伸べなくてはという使命感にかられた。

「そう言うな。今度、第十一艦隊が補給に来るらしい。機会があったら、あいつと飲もうぜ」

「なぜ、わたしが」

 放っておいてほしい。セシリアの眼はそう言っているようだった。

「世話になったにもかかわらず十分なお礼をしていないだろ」

 お前が義理堅いことは知っている、アスタナの笑みはそう語りかけているようにセシリアには思えた。

「それは、あの時すでに酔いつぶれていたからで」

「知ってるか、あいつ泣き上戸なんだぜ」

 アスタナは、セシリアの発言をスルーして、さも楽しそうに笑っていた。

 

「ルナ、元気ですか? お兄ちゃんは現在、第二惑星に向けて航行中です。第三惑星とは距離があるので音声メールにしました。ウェイ自治州は反政府デモで大変だとニュースで聞きました。大丈夫ですか? 確か病院のすぐ近くに自治州政府の建物があったと思います。危険が迫ったら、すぐ逃げてくださいね」

 リュウは、大型輸送艦コンロンの右舷側に、コバンザメのようにドッキングしている高速輸送艇ケンタウロスの狭苦しい操縦室にいた。

「ルナちゃん元気? お兄ちゃんが危ないことしないように僕が見張ってるから安心してね」

 横にいたグスタフがスマートウォッチのカメラの視界に無理やり割り込んでくる。ぽっちゃり系のグスタフが思い切り体重を預けてきたので、リュウは迷惑そうに顔をしかめた。第二惑星に向けて加速中なので疑似重力はバッチリ働いている。

 リュウは手元に空間投影されている送信ボタンをスワイプしてメールを妹のルナに送った。

「ルナちゃん、元気かな」

 カメラが動作していないことを確認したうえで、グスタフが心配そうな表情を浮かべた。

「大丈夫さ、大丈夫に決まってる」

 まるで自分に言い聞かせるようにリュウは呟く。

「でも、どうなっちゃうんだろうね。ウェイ自治州の代表候補が逮捕されたと思ったら、今度は軍務大臣が逮捕されちゃうだなんて。政府に逆らうと、みんな逮捕されちゃうのかなぁ」

「それ、他の場所で言うなよ。危ないから」

「分かってるって。僕は君と違って危ないことはしない主義だから」

 グスタフは右の人差し指を立てて左右に振った。

「俺が何を?」

「ドゥオの上空で反政府ゲリラの無人戦闘機と戦ったり、怖いおじさんとお酒を飲んだり」

「別に好きでやってるわけじゃないだろ。それに、お酒の時はグスタフが俺を見殺しにして逃げたし」

「そう言えばさ、今回の補給作業で例のブルーリッジの人たちには会えるかな」

 憤慨するリュウのことを受け流すように、グスタフはとぼけて話題を変える。

「さあな、仕事の割り振り次第かな」

「アスタナさんって人、御馳走してくれるって言ってたけど。何を御馳走してくれるかな」

「焼酎のビール割だろ、焼酎は、ほれ、そこに買ってある」

 リュウは後ろの座席に鎮座しているチャオ自治州特産の芋焼酎の一升瓶を指さした。

「お酒じゃなくて、御飯の方!」

 グスタフは丸い頬を膨らませる。

「別に、街のレストランに行けるわけじゃないから。艦内食堂の料理だぞ」

「リュウは、ご飯もごちそうになったんでしょ? 何だった?」

 グスタフはなおも目を輝かせている。リュウは必死で記憶をたどった。ビールのリキュール割以外の記憶がなかなか出てこない。

「ローストポークだったかな」

「やっぱり行けばよかった。あの日の晩御飯はレトルトのグリーンカレーだったんだよね」

「グスタフの好物じゃないか」

「まあね、でも、あんまり肉が入ってないんだ。やっぱり機動歩兵の御飯ってボリューム重視なのかな」

「そうかもね」

 食べきれないということはなかったが、かなりの満腹感を感じた記憶はある。

「あ、ルナからだ」

 二人が無駄話をしているとメールの着信音が鳴った。リュウが指を動かすと水色のパジャマを着てベッドの上に座っているルナ・ラントの姿が映し出された。

『ルナは元気だよ。まったく、にいには心配性なんだから。確かに外は大変みたいだね、今日も反政府集会をやってるみたい。でも病院の中は安全だから心配しないで。じゃあ、くれぐれも無理しないでね』

 そう言いながら手を振っている映像でメールは終わる。リュウは黙って、もう一度再生した。

「ルナちゃんは相変わらず、可愛いね」

「ああ」

 そう答えたリュウの声はどこか虚ろだ。

『妹さんの病状に関してです。正直、あまりよくありません。申し訳ないですが余命は、あと半年か一年』

 ウェイ自治州軍附属病院の若い医師のセリフが、頭の中で蘇り、リュウの心にやすりをかけていた。

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