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第16話 マクシミリアン・マオ

「デモ隊の鎮圧に国軍を動かすなど反対だ。総統閣下も、そんなことは許さないだろう」

 第四惑星クワトルの総統府、十数人が座ることのできる大きな円卓が置かれた部屋には、今、二人の男しかいなかった。一人は濃紺のスーツを身に着けた頭髪の薄い小柄な男、もう一人は白髪交じりの黒髪を短く刈った角張った顔の軍服の男。副総統のキケロ・キーンと軍務大臣のマクシミリアン・マオだ。

「反政府ゲリラの鎮圧には軍を投入しているではないか」

 重々しい声を発したマオ軍務大臣に、キーン副総統が高い声で反駁する。

「それとこれとは話が別だ。奴らは銃やミサイルで武装している。だが、デモに参加している市民は近代兵器で武装しているわけではないだろ!」

 二人が座る黒革張りの椅子の間には主のいないひときわ立派な椅子があった。

 シーナ惑星連邦総統シュナイダー・シュタインフェルトの椅子だ。

「徒党を組んで公共施設を不法占拠し、治安警察の手には負えない状況だ。他にどんな排除手段があるというのだ!」

 必死で心を落ち着かせようとしているマオ軍務大臣に対して、キーン副総統は感情を抑えることができないようだ。

「どうして、そんな状況になったのかよく考えろ。そもそも総統は政敵を逮捕することに反対していたではないか!」

 第三惑星の反政府デモが激化している責任はおまえにあると、マオ軍務大臣はキーン副総統を非難する。

「総統の留守を預かる身として政権の危機は見過ごせない。シーナ惑星連邦が瓦解することは何としても回避しなくてはならないのだ!」

 キーン副総統は正義は我にありと言わんばかりだ。

「その総統閣下だが、病に倒れたことを何時まで国民に伏せるつもりだ? 政務復帰のメドは立たないのだろう?」

「時期が悪すぎる。総統不在の事実を知れば反政府勢力が一気に勢いづく。後継者がいない今、総統以外、統一を維持することは困難だ」

「貴様が後継者になればいいだろうに」

 マオ軍務大臣は思わず溜め息をついた。

「自分に総統ほどの人望がないことは自分がよくわかっている。総統あっての副総統だ」

「だからといって回復の見込みもないのに延命措置を続けるというのはどうなのだ。我が国の生命倫理規定にも反するではないか」

 会議中に倒れたシュタインフェルト総統が意識を回復することはなかった。普通の人間であれば、とうの昔に死亡宣告を受けている。いや、事実、死亡宣告を受けたにもかかわらず、キーン副総統がそれを認めなかっただけなのだ。

「科学都市アルカの総力を挙げて治療に当たっている。きっといつか回復されるはずだ」

 アルカは第四惑星クワトルの衛星軌道上にある人工天体だ。もともとは、この恒星系に人類を運んできた恒星間移民船らしい。今となっては造ることができない高度な遺伝子工学の研究施設が存在している。

(いにしえ)の技術を総動員したとしても、脳死に至った人間が元通り回復するなど、ありえんだろ。身体中に管を通し、無理やり心臓を動かすなど、総統に対する、命に対する冒涜だ」

「まだ生きている総統を殺せというのか!」

 キーン副総統の目は血走っていた。

「生きていると言えるのかと言っている!」

 そうは言ったものの、マオ軍務大臣はキーン副総統を説得できないことを既に悟っていた。

「俺は、総統が統一を成し遂げたシーナ惑星連邦をそのままの形で総統にお返しするのだ」

 キーン副総統は現実的な実務家であるはずなのに、総統に関しては信仰に近い感情を抱いている。マオ軍務大臣とキーン副総統の議論はかみ合わなかった。

「もう一度言う。総統は軍が市民を弾圧することなど望んでいなかった。だから、自分は国軍を動かさない!」

 それはマオ軍務大臣自身の矜持でもあった。

「これだけ理由を説明し、お願いしているというのに、どうあっても断るというのか!」

 キーン副総統の目には、怒りと憎悪の炎が燃えている。

「その通りだ」

「共に総統を支えてきたお前が、総統の夢を壊すというのか!」

 その声には狂気すら感じられた。

「そうではない。総統が目指したのは恒星系全体の平和であって、統一国家はその手段に過ぎない」

「統一国家なくして恒久平和はあり得ない。軍務大臣ともあろうものが、統一国家を否定するのか! あの統合戦争は何だったというのだ!」

「統一国家を否定しているわけではない!」

「もういい! 貴様には頼まない! シュタインフェルト総統閣下のもとで統合戦争を共に戦った仲間だったというのに残念だよ!」

 キーン副総統はそう吐き捨てると席を立った。

 キーン副総統とマオ軍務大臣は考え方の違いから衝突することが多かった。それでもやってこれたのは、シュタインフェルト総統がいたからだということをマオ軍務大臣は今更ながら思い知った。


 キーン副総統とマオ軍務大臣の対立が決定的になって数日が過ぎていた。

 リュウは大型輸送艦コンロンのミーティングルームで打ち合わせに参加していた。

「本日一六○○時をもって、我が第十一艦隊は第二惑星ドゥオに向けて発進する。各艦、搭載品リストをチェックの上、遺漏なきよう務めよ」

 周囲の軍人たちが一斉に敬礼する。リュウも一部の隙もない敬礼を心がける。敬礼の先には熊の様な巨漢が傲然と胸をそらせて立っていた。第十一艦隊司令官であるフレデリー・フォックス少将だ。ただ、その姿は実体ではなく立体映像で、背後が微妙に透けて見える。

「何か質問事項はあるか?」

 映像のフォックス少将は濁った眼で周囲を見回した。こちらにいるリュウたちもフォックス少将のいる部屋に映像として映し出されている。

「輸送艦アララト、質問なし」

「輸送艦モンテローザ、質問なし」

 フォックス少将と同じく映像としてミーティングに参加している他の輸送艦の艦長たちが次々に回答する。ちなみに高速輸送艇の艇長に過ぎないリュウは佐官級の艦長たちとは階級が違いすぎるので発言は許されていなかった。発言すべき立場にあるのは、リュウが所属する大型輸送艦コンロンの艦長であるトマス・トヤマ中佐だ。

「コンロンは?」

 なかなか発言のないトヤマ中佐をフォックス少将は顎で促した。

「大型輸送艦コンロン、特にありません」

 そう答えたトヤマ中佐は明らかに顔色が悪かった。もともと痩身で神経質そうな人であるが、今日は重病患者もかくやという雰囲気だ。ちなみにトヤマ中佐はリュウと同じく実体であり映像ではない。

「では、以上で出港前ミーティングを終了する」

「ありがとうございました」 

 まず、フォックス少将の映像がかき消すように消え、続いて他の艦の艦長や各部門の責任者の映像が次々に消えていく。後には実体である大型輸送艦コンロン各部門の責任者が残された。

 そのコンロンのスタッフたちも何の調度もない灰色の部屋を次々に後にする。最期までミーティングルームに残ったのは、リュウとトヤマ中佐だ。

「どうかしたんですか? 艦長」

「ラントさんか」

 背後から声をかけたリュウに、トヤマ中佐は力ない様子で振り返った。

「軍務大臣のマクシミリアン・マオ上級大将が逮捕された」

 悲痛な様子のトヤマ中佐ではあったが、リュウにとってはあまりに雲の上の人の話なので、特別のシンパシーは感じていなかった。反応に困る。ただ、統合戦争を戦い抜いた宿将が国家反逆罪の容疑で逮捕されたことは非常な驚きであることは確かだ。

「あの人に限って、国家に反逆を企てることなどあり得ない」

「そうですか」

 人となりは知らないのでリュウはそう答えるしかない。

「あの人ほど、国家とシュタインフェルト総統に忠誠を誓っている人はいないというのに」

「一緒に、お仕事をされたことがあるんですか?」

 トヤマ中佐のあまりの憔悴ぶりに、リュウは思わず、そう尋ねた。 

「ああ、統合戦争の際、自分は第一艦隊の参謀だった」

 トヤマ中佐は、そう答えると当時の思い出を語り始めた。


「総統閣下は、今頃、華々しく敵と戦っているのでしょうね」

 トマス・トヤマは、統合戦争の末期、第四惑星クワトルの防衛を任務とする第一艦隊の参謀を務めており階級は少佐だった。旗艦である巨大戦艦オーエンスタンレーの戦闘指揮所で、彼がそうつぶやいたのは、シュタインフェルト総統が高速巡航艦から成る精鋭部隊を率いて第二惑星ドゥオの遠征に向かっていた時のことだ。

「留守番では不服か?」

 当時、第一艦隊司令長官を努めていたマクシミリアン・マオ大将は、そのつぶやきに潜むトヤマの心情を読み取り、太い眉の片方を跳ね上げた。

「いえ」

 トヤマ少佐は少し目を伏せ、即座にマオ大将の推測を否定した。

「不服だと顔に書いてあるぞ」

「えっ?」

 それは白状したも同様だった。

「お前は、すぐに顔に出るからな」

 マオ大将は、悪戯を成功させた少年のような笑みを浮かべた。

「地味な仕事を侮ってはいかん。拠点防衛は極めて重要な任務だ」

 しかし、すぐに表情を引き締め、若い参謀をたしなめる。

「はい」

 トヤマ少佐は少し恥じたような表情を浮かべ、素直に返事をした。

 マオ大将は満足そうに眼を細め、次に少し砕けた調子で話しかけた。

「お前、もしも自分がドゥオの宇宙艦隊司令長官だったら、今の局面でどんな対応をする?」

 急な質問にトヤマ少佐は頭脳をフル回転させた。

 だが、第四惑星クワトルと第二惑星ドゥオの戦力を考えると、あまり多くの選択肢はないように思えた。戦力を出し惜しみする余裕はドゥオにはないはずだ。

「ほぼ全ての艦艇でクワトル艦隊を迎え撃ちます」

「実際、ドゥオの奴らはそうするみたいだな」

「艦隊司令殿は違うのですか?」

 手堅い戦い方をすることで有名なマオ大将が奇策を用いるとは思えない。

 トヤマ少佐はマオ大将の返事に期待した。

「俺なら戦力の一部を割いてクワトル本土を急襲、補給基地を叩く。大都市を空爆するというのも有効だろうな。何、高速巡航艦が数隻あれば事足りるだろう」

 何食わぬ顔で応えたマオ大将の発言内容を吟味し、今の状況に当てはめてみて、トヤマ少佐は背筋が寒くなった。

 現在、第四惑星クワトルの本土防衛を任されているのは、旧式の戦艦オーエンスタンレーと護衛駆逐艦四隻の計五隻だけだ。最新鋭の高速巡航艦は全てドゥオ攻撃のために出払っている。

 ほぼ決着がついている第三惑星の占領を維持するため、多くの艦艇が出動したままというのも状況をさらに厳しくしている要因の一つだ。

「どんなに精強な軍隊も武器弾薬や食料に事欠けば本来の力を発揮できなくなる。最悪、戦場で餓死だ。さらに本拠地を攻撃されては遠征軍は帰還するしかない」

 恐らくマオ大将は、何をされたら一番嫌かということから、最悪の事態を想定したのだろう。

「司令、我が軍は攻撃に戦力を振り向けすぎたのではないでしょうか?」

 勝ちに驕り、防御がおろそかになっている状況に愕然として、トヤマ少佐は不安そうな目をマオ大将に向けた。

「勝機というものがあるからな。ここが勝負どころだと総統は判断したのだろう。総統もリスクは理解している。その上で俺に頼むと言った。俺としては総統の信頼に応えるだけだ」

 マオ大将の表情は誇らしげに輝いていた。

 だが、そんな心温まる情景は長くは続かなかった。

 旗艦オーエンスタンレーの索敵担当士官の報告で戦闘指揮所に緊張が走る。

「防衛識別圏に接近する艦影あり! 一隻ではありません。艦隊規模です」

「そんな近くに来るまで発見できなかったのか!」

 トヤマ少佐は思わず叫んでいた。戦乱で多くが破壊されているとはいえ観測衛星は今も複数が稼働中だ。艦隊規模の動きなら、もっと早く察知してしかるべきだ。

「レーダー及び各種センサーの反応微弱、ステルス戦闘艦の艦隊と思われます」

 それは旧式艦ではなく、最新鋭艦であることを意味している。

「詳細を報告せよ」

 マオ大将は落ち着いて、索敵担当士官に語り掛けた。

「方位角二十五、仰角十三、距離六十万、数量十五」

「我が艦隊の三倍じゃないか」

 トヤマ少佐は先ほどのマオ大将の想定を思い出し、絶望感に苛まれた。

「うろたえるな! 火力だけなら、このオーエンスタンレー、並みの艦の三倍はある!」

 戦闘指揮所に伝染する負の感情を打ち払うように、マオ大将は力強い声で士気を鼓舞する。

「どこの艦だ! 艦種識別急げ」

 トヤマ少佐は気を取り直し、声に力を込めた。

「シェラネバタ級宇宙駆逐艦中心の艦隊です」

「チャオの残党か!」

 戦闘国家、つい最近まで最もクワトルを苦しめていた国だ。

「敵から音声通信です」

「再生しろ」

 通信担当士官の報告に、マオ大将は即座に反応する。

「彼我の戦力差は明らかなり、直ちに降伏せよ」

 戦闘指揮所のスタッフたちが息を呑む様子がトヤマ少佐に伝わった。戦わずに命を拾うという選択肢があることが目の前にちらつく。

 マオ大将に視線が集まり、彼は一瞬目を閉じ、軽く息を吸い込んだ。

「迷うな! チャオの奴らが、我々や我々の後ろにいるクワトルの国民に何の危害も加えぬ保障はない。これは戦争なのだからな!」

 低く、良く響く声が戦闘指揮所の空気を圧した。

「総統は俺たちを信頼して留守を任せた。ならば命を懸けてそれに報いるのみ。絶対に母なる大地クワトルを守るぞ! 砲撃準備!」

 マオ大将の熱気が戦闘指揮所に充満し、周囲は喧噪に包まれた。

 トマス・トヤマの胸には、その時のマクシミリアン・マオの姿がいつまでも残っている。


「勝利したんですよね。その戦い」

 トヤマ中佐の思い出話を聞いていたリュウは思わず口をはさんでしまった。

 クワトルの人たちの戦争における成功話など、リュウにとっては正直腹立たしいだけだ。

「ああ、だが代償は大きかった。行動を共にしていた宇宙駆逐艦四隻が撃沈された。そして、そのうち一隻にはマオ軍務大臣の御子息が搭乗されていたんだ」

 トヤマ中佐はリュウの腹の中を見透かしてはいないようだ。生真面目な顔に沈痛な表情を浮かべている。

 確かに戦いに勝った側にも、戦争は様々な犠牲を強いる。戦争で両親の命と妹の健康を奪われていたリュウは、つい今しがたの態度を改めた。

「そうですか。なら運命を、戦争を呪ったでしょうね」

 それは、リュウの今の心の状態でもある。

「悲しんではいた。だが、恨み言や、呪いの言葉をあの人から聞いたことはない」

 トヤマ中佐は弱々しく首を振った。

「迷ったら思い起こせ、自分の役割を、存在する意義を、それが、あの人の言った言葉だ」

 トヤマ中佐は心酔するマオ軍務大臣へと、想いを馳せているようだった。

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