第15話 ユーカ・ユキヒラ
その頃、同じ惑星ドゥオのとある街のカフェにジャーナリストのユーカ・ユキヒラは居た。
店内のいたるところに観葉植物の大きな鉢が置かれた洒落たカフェで、ユーカは華奢なフォルムの木の椅子に一人腰掛けていた。客はまばらで、店内はとても静かだ。
何もしないで寛いでいるように見えたが、サングラスタイプのスマート眼鏡の内側では協力者からのメールを次々に表示させていた。静止画や動画を張り付けたものもあるが多くはテキストデータだ。
政府のプレスリリースやネットワークの書き込みも情報源の一つだが、それでは他のメディアとの差別化を図ることができないし、政府の都合の良い情報に偏ってしまう。独自取材や協力者からの情報収集は質の高い記事を書く上で不可欠だった。
『民主党のイグナシオ、ウェイ自治州代表候補が逮捕された』
『とうとう政権は露骨な選挙妨害を開始した。対戦相手を無実の罪で退場させるとは』
『自治州政府庁舎の前で三〇〇〇人規模の抗議集会が行われている』
『治安警察が使用した暴徒鎮圧用の音響兵器の影響で、二十人以上が病院に運ばれた』
『暴徒の一人が治安警察に射殺された』
『シュタインフェルト総統が救急搬送されたらしい』
各惑星にいる協力者からの情報には、いわゆる『ガセネタ』が混じっている可能性もあり、ユーカは慎重に情報を吟味する。
イグナシオ氏の逮捕に関連するニュースのほかに興味をひかれたのは、総統の健康問題に関するタレコミだが、タレコミは一件だけで事実かどうか検証できない。だから、迂闊に記事にするわけにはいかなかった。
ユーカは、肩にかけた黒いポーチから光学キーボード発生装置を取り出すと、傍らの小さな丸テーブルの上に置く。スイッチを入れるとテーブルの上に光で表現された仮想のキーボードが広がった。まずは最も気になる情報提供者に質問を投げかける。
『シュタインフェルト総統の健康状態について、追加情報を希望します』
他にも、第四惑星クワトルにいる情報提供者に、何か官邸周辺に変わった動きがなかったか問い合わせをかけた。そうして一息つくと、頭の中でいろいろな情報を整理して記事の作成に取り掛かる。
『昨日、第三惑星ウェイ自治州の代表候補だったイヴァン・イグナシオ氏が、国家安全維持法違反の容疑で逮捕された』
ユーカはテーブルの上で白く細い指を躍らせた。打ち込んだ文章はサングラスの内側に表示されていく。
『先日行われた世界新報のアンケート結果によれば、同氏の当選は確実視されており、このタイミングでの逮捕勾留は、政府による選挙妨害以外の何ものでもない』
白い半そでTシャツにブルージーンズというラフな格好のユーカは、そこまで打ち込むとテーブルの上、白いカップに注がれていたコーヒーに口をつけた。
『シーナ惑星連邦は、自由、平等、平和を標榜しているが、民主主義は緩慢な死を迎え、政府への異論を許さない独裁国家へと変貌しつつある。ウェイ自治州ではイグナシオ氏の逮捕に抗議する集会が開かれたが、政府はこの集会を認めず、治安部隊による弾圧が行われている』
ユーカは自分が打ち込んだ文章を確認するとソーシャル・ネットワーク・サービスにアップロードした。
すでにユーカの『世界新報』記者としてのアカウントは停止されている。そのため、この時アップロードに利用したのは正規の手段で獲得したわけではない偽名のアカウントだ。政府から目をつけられてもユーカはジャーナリストであることを止めようとはしなかった。
ユーカはコーヒーを飲み干すと荷物をまとめて席を立った。同じところにとどまっていると、政府に居場所を突き止められるおそれがある。
「やはり第三惑星に行くべきよね」
会計を終えて店を出たユーカは、第二惑星ドゥオの灼熱の太陽を見上げていた。