第14話 アジャン・アスタナ
リュウたちが処分を受けていた頃、第二惑星ドゥオのジャングル地帯では、アジャン・アスタナ上等兵曹が率いる宇宙強襲揚陸艦ブルーリッジ第一機動歩兵部隊が戦闘準備を整えていた。
「無人偵察機からの情報によれば村を占拠している反政府ゲリラは二十人ほど。武装は主に火薬を使用する自動小銃です」
迷彩服に身を包んだ豊かなバストの金縁眼鏡の女性が、ヘルメット付属の通信装置で部隊全員に注意喚起を行った。彼女は第一機動歩兵部隊の副長ノーラ・ノルディーン一等兵曹だ。
周囲はシダ類の生い茂る薄暗いジャングルで、五十名ほどの歩兵が散開し、徒歩で反政府ゲリラが占拠する村へと向かっている。距離にしてあと二〇〇メートルほど、遠くに木々が切り払われた明るい場所が見える。
「いまどき火薬式の鉄砲か? 随分しけた装備だな、つまらん」
擦れた低い声の呟きが、通信装置を通じて全ての隊員に運ばれた。緊張を促そうとしていた意図を挫かれ、ノーラは思わず不機嫌になる。
「もぉ、火薬式だって殺傷能力は十分です。実体弾は光学兵器より防御が難しい分、厄介ですから隊長以外の皆さんは油断しないでくださいね!」
「御挨拶だな」
「狙撃班は、村から一〇〇メートル以上の距離をとって散開し、私の指示で射撃を開始します。突撃班は隊長の指示で突入してください。それでいいですね、隊長!」
ノーラは、隊長であるアスタナ上等兵曹の不規則発言を軽くスルーし、作戦内容を確認した。
「ああ、それでいい」
少し機嫌の悪そうなアスタナの声を聴きながら、ノーラは肩に担いでいた電磁誘導ライフルを低い姿勢で構えた。そして、レーザー照準器付きの望遠レンズを覗く。まだ、だいぶ距離があるが、自分の腕なら十分狙撃が可能と判断しての行動だ。
声は聞こえないが、村の中央広場に数十人の村人と、自動小銃を小脇に抱えた反政府ゲリラの姿を確認できた。村人たちは派手な色合いの薄手の長そでシャツにダブダブの長ズボン、一方、ゲリラたちはモスグリーンの旧ドゥオ人民共和国陸戦部隊の軍服姿だ。望遠レンズ越しの印象では村人の一部とゲリラが言い争っているようだ。ノーラはゲリラの中で一番階級が高そうな人物を探す。
突然、銃声が轟いた。
ノーラ率いる狙撃部隊が使用する電磁誘導ライフルは火薬を使用しないので銃声はしない。撃ったのはゲリラの誰かだ。望遠レンズの倍率を調整すると地面に倒れた青いシャツの若い男に向けて、軍用拳銃の銃口を向ける中年のゲリラが目に入った。倒れた若い男に小さな男の子がすがりつき、泣き叫んでいる。
「おい、やめろ!」
ノーラの通信装置からアスタナの低い唸り声が聞こえた。再び銃声が響き、小さな男の子は動かなくなった。
「各員、準備は整ったか?」
ノーラは奥歯を噛みしめながら、狙撃班に状況を確認する。
「準備完了」
「もう少し、待ってください」
二十名いる狙撃班の半分は準備が整っていなかった。まだ移動中の班員もいるようだ。
「まずいな。女たちを盾にされる」
アスタナの声でノーラが村の様子に意識を戻すと、家の中に隠れていた若い女性が数名、ゲリラたちに引っ立てられる様子が見えた。どこかに連れ去ろうというのだろう。
「下衆が」
ノーラが吐き捨てると、少し離れた茂みの中から聞き慣れた推進剤の噴射音が聞こえてきた。
「ちょっと待ったあ!」
アジャン・アスタナ上等兵曹は、バックパック型の推進装置を使って上空十メートルほどに舞い上がっていた。『機動歩兵』の名の由来となった機動力を向上させるための装備だ。部隊の高速移動や遮蔽物の回避、高所への侵入には便利だが、迂闊に使用すると絶好の的になってしまうため、こうした局面では、まず使用しない。
だから、眼下には呆気にとられた表情で、こちらを見上げるゲリラたちが見えた。
だが、彼らが固まったのは、ほんの一瞬だ。
自動小銃の銃口が一斉に上空に向けられ、雷鳴のように銃声が轟く。
防弾機能を持つ迷彩服に次々に着弾し、衝撃がアスタナを揺さぶる。
「馬鹿野郎! 丸腰だろうが、よく見ろ!」
アスタナは怒鳴りながら手のひらをゲリラたちに向け、両手を上げた。
「た、隊長!」
通信装置からノーラたちの驚き慌てる声が聞こえる。
アスタナは自身の電磁誘導ライフルをジャングルの中に置いてきていた。
彼は村の中央、ゲリラたちの目の前に着地する。
すぐ近くに血にまみれた若い男と幼い男の子の骸があった。
アスタナから表情が消え、眼光に殺気を帯びる。
「な、何だ一体!」
うろたえ苛立つゲリラたちは、丸腰で現れた政府軍兵士に油断なく銃口を向けた。
太い首に分厚い胸板、武器を所持していなくても危険な臭いを漂わせている。
アスタナはヘルメットを脱ぎ、汗に光る浅黒い肌とクセのある黒い髪を露わにした。
「女たちを解放してくれ。俺が身代わりになる」
「なるか! ボケェ!」
銃弾の代わりに、まずは罵声が浴びせられた。
「その服、随分と防弾性能が高いらしいな」
先ほど、若い男と小さな男の子を射殺した中年のゲリラが、軍用拳銃の銃口をゆっくりとアスタナの額に向ける。
「お前ひとりじゃないんだろ? 仲間はどこだ」
中年のゲリラは爬虫類のような眼でアスタナを見つめた。どうも、この男がリーダーらしい。
「さあな、それよりも女たちを解放してくれ」
質問にまともに答えようとしないアスタナにゲリラは奥歯を噛みしめた。
周囲のゲリラたちの間に殺気が膨れ上がる。
周囲の村人たちの怯えている様子が如実に分かった。
「出てこい! クワトルの犬ども! でないと、こいつをぶっ殺すぞ」
アスタナの額に銃口を向けながら、中年のゲリラが大声で叫ぶ。
声はジャングルの中に吸い込まれていった。
「そいつは無理だわ」
「何?」
アスタナがつまらなそうに呟き、ゲリラが苛立ちを募らせる。
「お前たちに俺は殺せんという意味だ」
「侮るな!」
アスタナがゲリラに近寄ろうとした瞬間、銃声が轟き、アスタナは衝撃で頭をぐらつかせた。
だが、それだけだった。
もとの位置に戻った頭部には撃たれた跡など、どこにもない。
「なっ!」
「いてぇじゃねぇか、怪我したらどうするつもりだ」
路上でちょっとぶつかってきた相手に文句を言う、そんな口調だ。
「馬鹿な! 四十五口径だぞ!」
「俺は面の皮が分厚くできてるんでな」
そう言い終わったときには、アスタナの身体は中年のゲリラの目の前に移動していて、貫手がみぞおちから背中まで貫通していた。
「こ、この野郎!」
近くにいたゲリラが恐怖と怒りに支配され、慌てて自動小銃をアスタナに向ける。
アスタナは銃身を掴んだ。
ゲリラが慌てて引き金を引く。
小銃が暴発し、銃の破片が飛び散る。
、ゲリラは血にまみれた。
見るとアスタナのつかんだ部分が捻じ曲がっていた。
「化け物!」
アスタナの手の届かない範囲にいたゲリラたちが一斉に自動小銃をアスタナに向けた。
だが、引き金を引く前に次々に頭部が爆ぜていく。
ようやくノーラ率いる狙撃班が、電磁誘導ライフルによる攻撃を開始したらしい。
「御挨拶だな。これでも、れっきとした人間だ。ちょっといじくられちゃいるがな」
アスタナは戦意を失った生き残りのゲリラに、哀しそうに掠れた声を投げかけた。
「チャオの改造人間」
「人の皮を被った殺人兵器だ」
アスタナの耳に村人たちのささやく声が聞こえる。
視線を巡らせると、村人たちがアスタナに向けていたのは歓喜や感謝の視線ではなく、恐怖と憎悪の視線だった。
「そんな顔すんなよ」
アスタナは、彼らしくない弱々しい口調で呟いた。