第13話 トマス・トヤマ
「リュウ・ラント二等兵曹」
「はっ」
「グスタフ・グラスゴー二等兵曹」
「はい」
「両名に、減給五分の一、三か月を命じる」
リュウとグスタフは約十メートル四方の広さの、何の調度もない灰色の部屋にいた。第十一艦隊旗艦である大型輸送艦コンロン、そのミーティングルームだ。総統府で変事が起こっていることを現場では知る由もなかった。
「謹んで承ります」
二人が敬礼した先で熊のような巨漢が傲然と胸をそらしていた。五十歳前後だろうか。灰色の髪で何を考えているのかよくわからない眼だ。階級章は少将、名札に『フレデリー・フォックス』と書いてある。そもそも下士官の処分を将官が直々に申し渡すのは異例中の異例だ。
「以後、身の程をわきまえよ」
乾いた憎悪を二人に叩きつけると、フォックス少将は踵を返し、お付きの兵士を従えてミーティングルームを去っていった。
後にはリュウ、グスタフの二人と処分に立ち会った四十代と思われる士官が残る。瘦身で神経質そうな長身の男だ。階級章と名札から『トマス・トヤマ中佐』と分かる。フォックス少将は第十一艦隊の司令で、トヤマ中佐は大型輸送艦コンロンの艦長を務めていた。高速輸送艇ケンタウロスの乗員であるリュウやグスタフにとって直属の上司に当たる。
「処分を受けたばかりの人間に、こんなことを言うのもなんだが」
肩を落としている二人に、トヤマ中佐は真面目な口調で話しかけた。
リュウは慌ててトヤマ中佐に向き直る。
「ありがとう。君たちのおかげで兵の命が救われた」
皮肉や嫌味ではない、本当にそう思っているという誠意にあふれた表情だ。
「いえ、行動を起こす前に、艦長に相談すべきでした」
リュウは反射的に敬礼した。
「まあ、中間管理職をすっ飛ばして、直接、実働部隊に指示するお偉いさんもいるんだから、君たちを責めるわけにもいかんわな」
トヤマ中佐は何気なく艦隊司令を批判している。今回の任務はトヤマ中佐経由ではなく艦隊司令の特命だった。
「そもそも、ヴィンテージ・ワインは軍需物資でもなんでもないし、今回の処分も軍法会議にかけられたわけでもない司令官どまりの処分だ。減給は痛いが、まあ気にするな」
そう言うとトヤマ中佐はニヤリと笑った。神経質そうな風貌だが意外と面白みのある人らしい。クワトル出身のエリート士官には珍しいタイプだ。
「はぁ」
軽口をたたくわけにもいかず、リュウは曖昧な返事をした。
「そうだ。給料が減った分は俺が酒でもおごってやる」
「え、酒ですか?」
有り難い申し出だったがリュウの脳裏に第二惑星ドゥオでの二日酔いの記憶がよみがえった。
「ん、どうした? 酒は嫌いか?」
「あの、出来たら食事だけでお願いします」
酔いがブリ返しているような表情のリュウを見かねて、グスタフが口をはさむ。
「そうか?」
「はい、ありがとうございます」
怪訝そうなトヤマ中佐に向けて、リュウとグスタフがそろって敬礼した。
「俺はな、君たちがこれに懲りずに正しい目的を見据えて仕事に励んでほしいと思っている」
「正しい目的ですか?」
再び真面目な表情で話し始めたトヤマ中佐に、リュウは思い切り困惑する。
「ああ、世の中には手段と目的が入れ替わってしまった人間が多いからな」
トヤマ中佐自身、何か鬱屈した思いを抱えているらしい。その目はリュウとグスタフを見つめているようでもあり、どこか遠くを見ているようでもあった。
「出世をしたい、権力を握りたいというのは、あくまでも手段だ。理想を実現するためのな」
「あのう、昇進したいがために、おかしなことはするなよという意味でしょうか?」
クワトルの出身ではなく士官でもないリュウにとってはピンとこない話だったが、必死でトヤマ中佐の言わんとすることを理解しようとする。
「その通りだ。俺もあまり偉そうなことは言えないがな」
トヤマ中佐は苦い笑みを浮かべると、遠くを見るような眼をした。
「昔は、あの艦隊司令もシュタインフェルト総統のもと理想実現のために命を捧げていたんだ。なのに今では総統府の歓心を買うことにしか興味がなくなってしまった。まあ、これは艦隊司令に限ったことではないんだが」
寂しそうな表情を浮かべるトヤマ中佐は、上司を批判するというよりも、ある意味、世の中を儚んでいるようでもあった。
「俺は、生まれに関係なく、本人の努力次第で等しく活躍できる社会を目指すという総統の理念に賛同した。だから君たちのようなまともな人間が正しく評価され、偉くなることを望んでいる」
「そんな、買いかぶりすぎです」
大真面目で理想を語り、しかも自分たちを持ち上げるトヤマ中佐に、リュウはくすぐったい想いを抱いた。
「謙譲の美徳か。ところで、君たちには、どんな理想や目的がある?」
最初はリュウ、次にグスタフの眼の奥を覗き込んで、トヤマ中佐は優しく尋ねる。
「美味しく御飯が食べられる日々が、毎日続くことを願っています」
本当にいつもそう思っているのだろう。グスタフが反射的に答えた。
「うん。いつも通りの平和が何よりだよな。君は?」
トヤマ中佐の暖かい視線を受けたリュウの頭を支配していたのは、妹ルナの儚げな笑顔だ。
「自分が願うのは、すべての子供が希望にあふれた日々を過ごせる社会です」
リュウは、自分でもびっくりするくらい力強く答えていた。