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第12話 暗雲

「第三惑星ウェイ自治州の代表選挙は、野党民主党が圧倒的に優勢というわけか」

 シーナ惑星連邦初代総統シュナイダー・シュタインフェルトは、彫の深い端正な顔を少しだけ曇らせた。短く刈り込まれたプラチナブロンドの頭髪はボリュームがあり、目元や口元にもシワがなく若々しい。服装はいつものように赤と黒の軍服姿だ。

 彼は第四惑星クワトルの中心都市シュタインブルグにある総統府の一室にいた。

「はい、閣下。建国十周年記念式典直後の閣僚会議で、このような議題を提出し、心苦しい限りです。世論調査の結果は由々しきもので、しかも、ウェイ自治州代表候補のイヴァン・イグナシオは、自治州の事実上の独立を主張するような不届き者です」

 部屋には白い巨大な円卓が置かれ、十数人の年輩の男女が背もたれの高い皮張りの黒い椅子に座っていた。ほとんどの人間は軍服ではなく色の濃いスーツ姿だ。総統に続いて口を開いたのは、総統の隣に腰かけていた頭髪の薄い小柄な男で、彼は濃紺のスーツに赤いチェックのネクタイといういでたちだった。

「キーン副総統、彼が主張しているのは自治権の拡大ではないのか?」

 小さな目を怒らせ激しい感情を露わにするキーンをなだめるように、シュタインフェルトは落ち着いた声を出す。

「自治権を拡大し、シーナ惑星連邦の国家理念と異なる行政施策を実行されては、それはもう別の国家と言っても過言ではありません。奴が行おうとしているのは国家への反逆です!」

「少々大げさではないか。副総統」

 総統の隣、キーンとは反対側に座っていた男が低く重々しい声を発した。キーン同様、総統よりもいくつか年上に見える初老の男だ。総統以外で軍服を着ているのは、この男だけで、階級章は上級大将となっている。白髪交じりの黒髪を短く切りそろえ、角張った顔で額のシワが深い。目が大きく眼光が異常に鋭いのが印象的だ。

「私は真実を語っているだけだ、マオ軍務大臣」

 キーンの声が高く転調し、恨めし気な薄茶色の瞳を総統の向こう側の軍服の男に向けた。

「別に嘘だと言っているわけではない」

 マオは迷惑そうに目を細める。

「共通認識を形成するため、諸君に奴の演説の一部を見てほしい。よろしいですか? 閣下」

 キーン副総統の提案にシュタインフェルト総統は不機嫌そうな表情を浮かべながらも頷いた。天井に設置されていた円形の照明器具が瞬時に照度を落とし、窓のない室内は薄闇に包まれる。円卓上の空間に、ウェーブのかかった黒髪を長く伸ばし、穏やかな雰囲気を漂わせる男が映し出された。白いタートルネックに黒いスーツという聖職者のようないでたちだ。

『あの忌まわしい統合戦争から十年の歳月が過ぎた』

イグナシオの声は静かだがよく通った。台の上に立っているらしく、群衆は足元だ。

『惑星間を自由に行き来できるようになり、信教の自由も保証された』

 発音ははっきりしており、話し方には落ち着きを感じる。

『戦争で破壊された都市は立派に復興した。しかし、我々は幸福になっただろうか?』

 視線はゆっくりと群衆を見回した。

『政治の目的は国民を幸福にすることだ。それも一部の人間ではなく、できるだけ多くの国民をだ』

 群衆から、『そうだ! その通りだ』という賛同の声が聞こえる。

『シーナ惑星連邦が掲げる国家理念、自由、平等、平和、これらの理念に価値がないと断ずる人間はいないだろう。しかし、よく考えてほしい。自由も平等も平和も、人間が幸せになるための手段であって、目的ではない。そこをはき違えてはいけないのだ』

 声に力がこもり、熱気が群衆に伝わっていく。

『権力や財力を有する者に際限なく自由を与えたら、どういうことになるか。弱肉強食の掟が支配する殺伐とした社会では、富める者はますます裕福に、貧しき者はますます貧しくなるのは明らかだ』

 物静かだったイグナシオの第一印象は、完全に払拭されつつあった。

『富裕層にも貧困層にも、平等に税を課したらどうなるか、同じ二割の税金でも本人にとっての意味合いは全く異なる。貧しい者は明日の糧にも困ることになるのだ』

 他人事ではない、我が事のように、イグナシオは熱弁を振るう。ここで一瞬、言葉を区切り、イグナシオは呼吸を整えた。

『統合戦争終結後、確かに核兵器は使われていないし、艦隊決戦も行われていない。しかし、各惑星にはクワトル出身者が指揮官を務める軍隊が駐留し、今日に至っても反政府勢力と政府軍の戦闘は続いている』

 イグナシオの視線は足元の群衆だけではなく、集会を監視するため、周囲を取り囲んでいる治安部隊にも向けられているようだった。

『亡くなっているのは反政府ゲリラや軍人だけではないのだ。無辜の市民も戦闘に巻き込まれ、多数犠牲になっている。我々に必要なのは戦闘ではなく対話なのではないだろうか』

 一気に言葉を吐き出すと、再び呼吸を整える。

『今一度、話を戻すが、我々が目指すべきは多くの国民の幸福だ。一握りの資産家や特権階級の幸福ではない。クワトル出身の財閥が経済を握り、クワトル出身の軍人が軍の上層部を握っている現状を打破しなくてはならないのだ』

 イグナシオは次第に声に力を乗せる。群衆が熱狂していく様子が画面からも伝わってきた。

『我々は目指さなければならない! 努力が報われる社会を! 弱者に手を差し伸べ、敗者が再び挑戦できる優しい世界を! そのためには一人一人の力は小さくとも与えられた権利は最大限に行使すべきなのだ。決してあきらめてはならない!』

 イグナシオは拳を握りしめ、熱弁を振るう。

『私が自治州代表となった暁には、中央政府と交渉し、自治権の拡大により、税制改革や福祉施策の充実に努める。今ここで、それを約束しよう!』

 群衆から熱狂的な歓声が沸き起こった。

『皆さんの一票が世界を変える。皆さんの戦いは投票所に向かうことなのだ! いざ戦おう、子供たちの未来のために!』

 映像はだしぬけに終わり、天井の照明は再び明るさを取り戻した。キーン副総統は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべ、マオ軍務大臣は感心したような表情を浮かべている。他の閣僚たちはどんな表情をして良いか困っている者、無表情な者など様々だ。

「大変、素晴らしい演説だったと思う。で、副総統はどうしたいのだ?」

 シュタインフェルト総統は、不機嫌そうな表情のキーン副総統を問い質した。

「選挙前にイヴァン・イグナシオを逮捕、勾留することが必要かと」

 キーン副総統は薄茶色の小さな瞳を残忍な光で満たし、シュタインフェルト総統に向ける。 閣僚の一部から息を呑む気配が伝わってきた。マオ軍務大臣などはあからさまに軽蔑したような表情を浮かべている。

「武力には武力を。だが、言論には言論をもってあたるのが近代国家というものだ。政権に都合の悪い者を逮捕していたら、チャオ帝国やドゥオ人民共和国と同じ穴の狢になってしまう」

「冒頭お見せした『世界新報』のアンケート結果を忘れたのですか。この調子ではウェイ自治州の代表があの男になってしまいます。しかも、ウェイ自治州では、このところ反政府デモが激化しています。平和的なものではなく暴動と言っても良いレベルのものです。逮捕者も出ているのです。あの男が手を汚しているわけではないにせよ、あの男の影響を受けていることは明らかです」

 眉間にシワを寄せ、気乗りしない様子のシュタインフェルト総統をキーン副総統は説得した。しかし、総統の眉間のシワはますます深くなる。

「私はチャオ帝国やドゥオ人民共和国の抑圧された人民を解放するために、自由、平等、平和の理念を掲げ、戦ったのだ。意見表明や政治活動の自由は尊重すべきものだと思っている」

「お気持ちは察しますが、国家の方針に異を唱える者が増え、それを許せば、せっかくの統一国家が再び分裂してしまうでしょう、歴史を振り返ってみても偉大な英雄が一代にして築き上げた統一国家があっという間に分裂し、滅んだ例は枚挙にいとまがありません。アレキサンダー大王の大帝国しかり、チトー大統領のユーゴスラビアしかり、秦の始皇帝しかり」

 総統の不興を買いながらも副総統は引き下がらなかった。総統は苦笑いを漏らす。

「副総統は心配症だな」

「しかし!」

「この話は保留としよう。次の議題を」

 シュタインフェルト総統は食い下がるキーン副総統を制して、マオ軍務大臣に視線を向けた。

「はっ。では、軍部より報告させていただきます」

 キーン副総統にチラリと視線を送り、軽く咳払いしながらマオ軍務大臣が低い声を響かせた。

「総統の御指示もあり、現在、宇宙艦隊を縮小する方向で見直しを行っているところです」

 マオ軍務大臣が左手首のスマートウォッチを操作すると、円卓の上に実際の艦艇の画像を使用した宇宙艦隊の編成図が映し出された。

「運用中の艦隊は、二つの輸送艦隊を含め、全部で十二。二百メートル級の宇宙駆逐艦以上で百十八隻となります」

「まだまだ多いな」

 シュタインフェルト総統は眉間にシワを寄せ、苦しそうに息を吐いた。

「総統もご存じの通り、乗員を休ませ、艦をメンテナンスする必要がありますので、常時稼働しているのは半数以下です」

 マオは、ちらりと総統の反応を窺うが、特に表情の変化はない。

「しかも、第四惑星クワトルや第五惑星クインク周辺は平穏ですが、第二惑星ドゥオや第三惑星トレス周辺では、未だ反政府勢力の抵抗が続いています」

「ドゥオのジャングル地帯が厄介なのはわかるが、トレス周辺宙域は何とかならんのか?」

 キーン副総統がマオの発言に口をはさんだ。

 マオは一瞬不快な表情を浮かべたが、すぐに気を取り直して丁寧に説明する。

「元々、トレスの環は大量の岩石で形成されていたが、長期に及ぶ戦争の結果、宇宙戦闘艦の残骸や軌道エレベーターの残骸など、大量の金属製デブリが環の中に紛れ込んでいる。敵が潜んでいるのは、その中なのだ。そのため通常のレーダーだけでなく金属センサーもうまく動作しない。この十年間で反政府勢力の艦艇を多数摘発しているが、まだ複数のステルス戦闘艦が潜んでいるという状況だ」

「いっそのこと、水素爆弾や反陽子爆弾で、トレスの環ごと焼き払ってはどうか?」

 キーン副総統が真顔で提案した瞬間、マオ軍務大臣の顔色が変わった。

「トレスの地上にどれくらいの被害が出るか分かって言っているのか? 熱や爆風が及ばないにしても電磁パルスやガンマ線バーストによる電子機器や生物への被害は計り知れない」

「すでに、先の大戦でトレスには熱核兵器を使用しているではないか。何を今更」

 キーン副総統は興奮するマオ軍務大臣から視線をそらし、聞こえよがしに呟いた。

「熱核兵器使用の発案者は貴様だろうが!」

「おかげで軍事強国だったチャオ帝国との戦闘は我が軍に有利に進んだ。兵の損耗を防いだことに感謝してほしいものだな」

「貴様!」

「やめないか」

 ヒートアップする二人をたしなめる唸り声が二人の間から洩れた。シュタインフェルト総統だ。しかし、奇妙なことに総統は怒りに身を震わせているわけではなく、苦痛に身悶えしているように見えた。額に脂汗を浮かべている。

「どうしたのですか? 総統」

 キーン副総統は一瞬バツの悪そうな表情を浮かべると、心配そうにシュタインフェルト総統の顔を覗き込んだ。

「背中が痛い」

 呻き声を漏らした総統の顔面は、もはや蒼白だった。そして、円卓上に突っ伏すと、身動きしなくなった。

「誰か、医者を! 早く!」

 マオ軍務大臣の叫びに応じて、若い秘書官が会議室を飛び出していった。

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