表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/29

第1話 ハン共和国

「ねえ、にいに、つまんない。おそとであそぼうよ」

 茜色のワンピースを翻し、幼女が光あふれる緑の庭を背に振り返る。

 少しだけ口を尖らせ、元気よく愛らしい声を響かせていた。

 肩の長さで切り揃えた柔らかそうな黒髪は陽の光を受けて天使の輪を作り、垂れ目気味の優しげな瞳は人懐っこく微笑んでいる。

「あのね、今、お兄ちゃんは忙しいんだよ」

「うそ! ゲームしているだけじゃん!」

 怒りで頬を膨らませる幼女の視線の先には少年がふたり。白い開襟シャツに黒い長ズボンという制服姿の少年たちだ。まだあどけなさの残る顔で、年齢は十四、五歳というところだろうか。

 ひとりは短髪黒髪で草食動物のような温和な薄茶色の瞳、もうひとりは薄茶色の長髪で、ぽっちゃりした丸顔。「お兄ちゃん」と反応したのは短髪黒髪の方だ。

 彼らは板張りの部屋で二メートルほどの距離をはさんで向かい合い、胡坐をかいていた。

 木枠に紙を貼った「障子」と呼ばれる間仕切りと深い庇のせいで、家の中は薄暗い。

 そんな室内の、少年たちの頭の後ろの空間に、紡錘形の宇宙船の3D映像が浮かび上がっていた。宇宙船は二十隻ずつ二つの陣営に分かれて向かい合い、整然と隊列を組んでいる。

 二人がやっていたのは対戦型の戦闘シミュレーションゲームだ。宇宙艦隊はゆっくりと移動し、少しづつ陣形を変えていく。

「ルナちゃん、パパとママにおうちで留守番しててねって言われたんじゃないの?」

 ぽっちゃりした丸顔の少年が人の良さそうな緩んだ表情を幼女に向けた。胸に白い小さな名札がついていて『グスタフ・グラスゴー』と読める。次の瞬間、グスタフに艦首を向けていた大型の宇宙戦闘艦の一つが、白く輝き消滅した。

「おにわなら、だいじょうぶだよ!」

 ルナと呼ばれた幼女は即座に言い返した。

 ルナの立つ縁側の向こう側は光あふれる緑の芝生で、そのさらに先はブルーベリーの生け垣になっている。季節は初夏でブルーベリーの小さな緑の葉の間には、釣鐘状の白く小さな花がところどころ散りばめられていた。

「わかった。もうちょっと待ってね。お兄ちゃん、あと少しでゲームを終わらせるから」

 『リュウ・ラント』という名札を付けた中肉中背で短髪黒髪の少年が、グスタフの艦隊に意識を集中したまま幼女に声をかけた。その瞬間、グスタフの艦隊左側面に位置していた宇宙輸送艦三隻が、白く輝き消滅する。

「リュウ、それどういう意味?」

 グスタフは頬を膨らませ、ふてくされたような視線をリュウに向けた。

「僕の勝ちが近いっていう意味だよ、グスタフ」

「ふざけんな」

 果敢に前進するグスタフの艦隊に対し、リュウの艦隊は後退しながら陣形を変え、相手の側面をつこうとする。

「あ~あ、いいおてんきなのになぁ」

 ルナは二人のゲームがすぐには終わらないと判断したようで、庭に降り、空を見上げた。

 澄み切った青い空には白い太陽が輝き、太陽を中心に東の地平線から西の地平線にかけて、白い虹のようなものが弧を描いている。それは彼らのいる第三惑星トレスの周囲を取り巻くリング、小さな岩の欠片だ。

 そして、それとは別に地上から環の中央、天頂に向けて白い糸のようなものが二本伸び、途中で見えなくなっていた。地上から宇宙に物資を輸送する軌道エレベーターのケーブルだ。

 惑星トレスの静止衛星軌道に設置された宇宙ステーションから地上までカーボンナノチューブで造られたケーブルが下ろされ、そのケーブルをゴンドラが上下する仕組みになっている。

 ルナが目を向けると、ケーブルの片方を白銀に輝く列車のようなゴンドラが昇っていく。

 その日は良く晴れていて暖かく、爽やかな風がそよいでいた。風は潮のにおいを運び、ルナの黒髪を弄ぶ。

 一方、室内ではリュウの艦隊が補給艦をすべて破壊され動きの鈍ったグスタフの艦隊を半包囲し、攻撃を開始していた。

 次々にグスタフ陣営の戦闘艦が破壊され、確かに戦闘が終了に近づいているように見える。

 しかし、突然、立体映像の動きが固まるというアクシデントが発生した。

「畜生! ネットワークが落ちちゃったよ。いいところだったのに」

 リュウが思わずこぼすと、外でサイレンが響き渡り、リュウとグスタフが手首に着けているスマートウォッチから着信音が鳴った。『警戒警報』の文字が黒い画面いっぱいに赤字で表示され、音声メールが自動再生される。

『惑星トレスの防衛識別圏にクワトルの宇宙艦隊が侵入しました。皆さん、安全確保に努めてください』

「まったく!」

 グスタフが呟いている間に、リュウは立ち上がって縁側に近づき、空を見上げた。

 惑星トレスの周囲を取り巻く環と軌道エレベーターのケーブルに特に変わったところはない。

「なにも、みえないね」

 芝生の生えた庭の中央で、ルナがやはり空を見上げながらつぶやいた。

「警戒警報、今月これで何回目だ?」

「どうせまた、威力偵察だろ」

 グスタフの呟きを受けて、リュウが縁側で空を睨む。

「チャオ帝国の奴らとクワトル連邦の奴らが勝手に戦えばいいんだ、僕たちハン共和国には関係ないんだからさ」

 グスタフは板敷の床で胡坐をかいたまま、天井を仰いだ。

 チャオ帝国は、ハン共和国と同じく惑星トレスに存在する古くからの軍事大国で、ハン共和国を従属させている。

 一方、クワトル連邦は第四惑星クワトルの統一国家で、近年急速に勢力を伸ばし、第四惑星のみならず、他の有人惑星全てを支配しようと目論んでいた。

「チャオの奴らは俺たちの島の軌道エレベーターを軍需物資の輸送のために使っている。関係ないとは言えないさ」 

 リュウは虚空を見上げ苦虫をかみしめたような表情を浮かべる。

 そして、部屋の中央に戻ると、腰を下ろした。

「まだ、けいほう、おわらないの?」

 ルナは不満そうな表情を浮かべて、庭の中央で二人の方を振り返る。

「ああ、頻繁に警報出すくせに、解除は遅いんだよな。どうせ、いつも何もないくせに」

 グスタフのボヤキを聞きながら、リュウは妙な感覚に苛まれていた。両親が買い物で不在であることに、何故か言い知れぬ恐怖を感じる。

「ねえ、にいに、あそぼうよ」

 リュウの身体の中で嫌な予感がどんどん膨れ上がってきた。

 そして、急に空が明るさを増す。

「隠れろ! ルナ! はやく!」

「えっ?」

 リュウが慌てて立ち上がる。

 あまりのリュウの剣幕にルナは凍り付いた。垂れ目気味の優しい目を大きく見開く。

「何?」

 グスタフの拍子の抜けた声と同時に外はまばゆい光に支配された。禍々しい呪われた光。

 それはいにしえから惑星上での使用が禁忌タブーとされている核兵器の閃光だった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ