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妖奇譚  作者: 小月
3/3

月詠は目を覚ました。

白い天井が無機質に広がっており、しばらくすると看護師が現れ自分は病院にいたと知った。

あの日、森の入り口で倒れた自分を見知らぬ人が助けてくれたらしい。


しばらくして、病室の扉が開き、老けた両親が入ってきた。

月詠の心は、すでにあやかしの世界で多くの時間を過ごしてきたため、

彼らの声や姿がどこか遠いものに感じられた。


「お前が死ねば金が手に入ったのに!!とことん役に立たないガキだ!」


その言葉に、月詠は胸が締めつけられるような感覚を覚えた。

あやかしの世界で癒されたはずの心は、再び引き裂かれるような痛みに包まれ、

過去の記憶が鮮やかに蘇ってくる。

彼女は、現世にはどこにも帰る場所がないことを悟った。

それでも、心の奥底で、あやかしの世での出来事が彼女を支えていた。


両親が病室を後にした後、月詠は病室を静かに抜け出した。

屋上に向かう足取りは重く、心の中で、どうしてもこの世界に生きる意味が見出せなかった。

生きているだけで、自分が無意味に感じてしまう。

もう、何もかもが重荷になっていた。


屋上にたどり着いた月詠は、ふと視線を遠くに向けた。

そこで目にしたのは、あの神域の森だった。

どこか懐かしさを感じ、そして心が強く引き寄せられるのを感じた。

それは、あやかしの世界で過ごした時間が、彼女を呼び戻すような、優しさに満ちた力のようだった。


「あそこに入れば、私はもう二度と現世には帰らない。」

そう思った月詠は、深夜の病院を抜け出し、無我夢中で森の入り口に向かって走り出した。

長い間忘れていたその感覚が、彼女を前へと駆り立てた。


神域に足を踏み入れると、すぐに耳に届くのは懐かしいお囃子の音、雅楽の響きだった。

あの世界にいた日々が、まるでついさっきのことのように蘇る。

月詠の胸には、希望と決意が込められていた。

この場所でなら、彼女はもはや一人ではないと信じた。


そして、リン、と鈴の音が響いた。


その音が響く中、月詠は目の前に夜曇が立っているのを見た。

まるで時が止まったかのような瞬間。

夜曇は微笑みながら、月詠を迎え入れる。


「お帰り、月詠。」


彼の声は、月詠の心に温かさをもたらす。

その瞬間、月詠はあやかしの世界で再び感じた安心感に包まれた。


夜曇は優しく、月詠の額に口付けをした。

その温もりが、月詠を包み込むように感じられ、彼女は心の中で涙を流す。

ついに自分がここに帰ってきたと実感した瞬間だった。


「月詠、もう怖がらなくていい。

君はここで、何も心配することなく、心から生きていける場所がある。」


その言葉が、月詠の中で何かを解き放ったように感じられた。


月詠は人間の生を捨て、あやかしとなることを選んだ。

現世への執着をすべて捨てきると、今まで身にまとっていた入院着がいつのまにか美しい浴衣に変わり、

ずっとつけ続けていたお面が額に被せられていた。


髪の毛は一気に腰まで伸びて、四肢も成長する。


人が人を辞め、人ならざるものに変わるとき、

姿はその人物の全盛期ともいわれる姿で成長を止めるらしい。



心は晴れやかだった。

あやかしの世界に響くお囃子の音が、心地よく感じる。

目の前にひろがるこの世界が、今日から私の故郷である。


隣に並んでくれた、夜曇と共に、尽きぬ命を共に過ごすだろう。

月詠はそう考えた。


・終・

ありがとうございました!!!


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