壱
月詠は大雨の夜、家を追い出された。
家の中で見放されたような気持ちで、ただひたすら雨の中を歩き続ける。
冷たい水が足元を濡らし、心までも凍らせていくようだった。
生きることに疲れ、彼女は思わず足を止めてしまった。
その時、ふと視界に入ったのは、霧の中に浮かぶ不思議な森の入口だった。
神域と呼ばれるその森は、誰も近づくことを許されていないと伝えられていたが、
月詠は迷いなくその中へ足を踏み入れた。
木々の間を進むにつれ、雨音も少しずつ消えていき、深い静けさが包み込む。
歩きながら思う。これが終わりなのだろうか、もうどこにも行く場所がないのだろうか。
すると、不意に目の前に現れたのは、黒い髪を揺らす青年だった。
彼の姿は何か異質で、どこか遠い場所から来たような感じがした。
名前を告げられることなく、青年はただ静かに月詠を見つめ、そして手を差し出す。
「君は、何を求めてここに来たのか。」
その問いは、月詠の心を掴んだ。答えようがなかった。
今まで自分が求めてきたものは、すべて裏切られてきたから。
だが、彼の目を見つめるうちに、何かしらの温もりを感じた。
「私は…生きる意味を探しているの。」
言葉が漏れた途端、青年の目が柔らかくなる。
その瞬間、月詠は気づいた。
彼はただの人間ではない。彼の周りには、どこか異次元から来たかのような空気が漂っている。
「君のその声を、僕は聞いたことがある。」
青年は微笑みながら言った。
「だから、君が探している場所へ連れて行こう。」
夜曇と名乗った青年に手を引かれ、月詠はあやかしの世界へと導かれていく。
そこでは、妖しげな美しい景色が広がり、月明かりに照らされた水面はまるで鏡のように幻想的だった。その世界で過ごしていくうちに、月詠は次第に感じ始める。
自分が今まで抱いていた痛みが少しずつ和らいでいくのを。
ある日、夜曇は月詠に告げた。「君の心はまだ傷ついている。僕は君に教えたい。愛を知らないことほど、怖いことはないことを」
彼は言葉少なに続ける
「愛すること、そして愛されること、それが君の力だ。」
月詠は目を見開きながら、夜曇の言葉を胸に刻む。
そして、彼を見つめる。
その眼差しに、いつしか自分も何かを感じていることに気づいた。
彼の優しさ、温かさが、どこか遠くに置いてきた自分を取り戻させるように思えた。
やがて月詠は、夜曇と共に歩むことを決意する。
過去の痛みが消えることはないだろう。
しかし、彼と出会ったことで、新たな一歩を踏み出せる気がした。
あやかしの世界の中で、月詠と夜曇の絆は深まり、彼らの間に芽生えた愛は、暗闇を照らす一筋の光となっていった。
「君を守りたい。」
夜曇の言葉が、月詠の胸に温かく響く。
その言葉が、月詠にとっての新しい命のように感じられた。
そして二人は、歩き続ける。暗闇の中でも、光を見つけて。
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