天啓の果てに(下)
ある日、スマホの通知音が鳴った。「神託からメールを受信しました。」
仕事はほぼ終わりに近づいていた。観察日誌を分析した結果、次の仕事は後日通知されるらしい。「帰国後は何をしようか…。」セトが考えにふけっていたその時――。
突然、大きな爆音が響いた。驚いて窓の外を覗くと、某国の建物が次々と炎に包まれていた。煙が立ち上り、人々の悲鳴が遠くから聞こえる。「クーデターか…?」胸がざわついた。次の瞬間、巨大な火の玉が宙を舞い、観察小屋に向かって飛んできた。
「やばい!」
セトはカメラも何もかも放り出して小屋を飛び出した。その瞬間、小屋が爆発。熱気と爆風が主人公を吹き飛ばした。全身を強く打ちつけられ、息を整える余裕すらなかった。
「まさか、こんな目に遭うなんて…。」
地面に倒れたセトの視界が徐々に暗くなっていく。遠くで燃え盛る某国の光景がぼんやりと映り込んだ。それが最後の記憶だった。
目を覚ますと、セトは見知らぬ天井を見上げていた。体が重く、ふとベッドの周囲を見回すと、見知らぬ部屋にいることに気づく。どこか懐かしい気もするが、自国ではないことは一目でわかった。調査中によく目にしていた某国の部屋だと気づいたのは、記憶が少しずつ蘇ってからだった。
「まさか…この部屋は…。」
ハッとする。ここはいつもクーデターを企てた将軍が現れていた部屋ではないか。セトが状況を整理しようとする間もなく、部屋の扉が静かに開き、見覚えのある顔が現れた。彼は将軍その人だった。
「お怪我は大丈夫ですか?」
落ち着いた声で話しかけられたセトは、一瞬戸惑いながらも答えた。「は、はい…。でも、なぜ助けてくれたんですか?」
将軍は少し申し訳なさそうに微笑みながら答えた。「不思議なことですが、あなたが私の祖先にそっくりなんです。祖父がその話をよくしてくれました。その方が私たちの基盤を築いてくださったと。さらに驚いたのは、あなたの腕にその方と同じアザがあるのを見た時でした。これも何かの縁だと思い、助けさせていただきました。」
驚くセトに、将軍はさらに続けた。「この国は今、新しい国として歩み始めたばかりです。確かに争いはありましたが、だからこそ人々は助け合うことを学びました。あなたにはどうかご安心いただきたい。お身体が回復次第、あなたの国へお送りする手配を進めます。それにしても…どちらの国から来られたのですか?服装を見る限り、私たちの近隣ではなさそうですが。」
セトは質問に答えようと記憶を探った。しかし、何も思い出せない。それどころか、自分がどこから来たのか、なぜこの国で観察をしていたのか、すべてがぼんやりとしていた。「私は…どこから来たんだ…?」
窓の外を見ると、穏やかな景色が広がっていた。自国に似ているが、どこか違う。自分が生まれた国も、家族のことも思い出せない。その違和感が心を重くする。
「まさか、私はこの国で生まれたのか?」
しかし、思考を重ねても答えは出ない。セトはしばらく窓の外を眺め、考え続けた。
数日が経過し、身体の傷はすっかり回復した。しかし、自国へ帰る術が分からない。もともと全てが手配されてこの国に来たため、自分の力ではどうしようもなかった。それに、周囲の誰も主人公の言う「自国」の存在を知らないと言う。孤独を感じながらも、この国の人々の温かさに心を揺さぶられる毎日だった。
「ここには天啓もないし、争いはあるだろう。でも、なんだろう…この心地よさは。」
確かにただ、これまでの生活の中で得られなかった得体の知れない喜びが、自分の精神を満たし始めていることを主人公は感じ始めていた。
セトは人々の暮らしに溶け込む決意をした。この地で新しい生活を始めようと。
ある日の夕暮れ、観測小屋のあった方向からふとスマホの通知音が聞こえた。「神託からメールを受信しました。」
内容はただ一言、「そのまま某国で生活してください。必要な情報はこちらで収集します。」
しかし、メールを開く者はもうそこにはいなかった。