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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「ねぎまの殿様」

作者: 霧夜シオン
掲載日:2024/12/12


落語声劇「ねぎまの殿様」


台本化:霧夜(きりや)シオン@吟囁亭喃咄(ぎんじょうていなんとつ)


所要時間:約30分


必要演者数:3名

      (0:0:3)

      (3:0:0)【性別準拠人数比率】

      (2:1:0)

      (1:2:0)

      (0:3:0)


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品

 に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。

 それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。



●登場人物


殿様:本郷(ほんごう)のある大名の殿様。庭の雪を眺(なが)めていたら向島(むこうじま)で雪見がしたく

   なり、供とお忍びで出かけるが、途中の上野広小路(うえのひろこうじ)で腹が減り、

   煮売屋(にうりや)へ立ち寄ったことでねぎま鍋(なべ)との出会いを果たす。


三太夫(さんだゆう):殿様の側用人(そばようにん)。殿様のご所望(しょもう)で向島(むこうじま)まで供をしていくことに

    なる。フルネームは田中三太夫(たなかさんだゆう)。


店員:上野広小路(うえのひろこうじ)の煮売屋(にうりや)の小僧店員。


留太夫(とめだゆう):お屋敷の料理番。

    殿様の聞きかじりねぎま鍋(なべ)の情報に踊らされて大変な目に。

    フルネームは斎藤留太夫(さいとうとめだゆう)。


語り:雰囲気を大事に。




●配役例


殿様:

三太夫・店員:

留太夫・語り:




※枕はどちらかが適宜(てきぎ)兼(か)ねてください。



枕:時代が違えば常識も変わります。

  現代では価値の高い食べ物でも、昔であれば安く手に入ってた、

  なんてこともよくある話です。

  一例として今回登場するマグロですが、カツオはおろか、ヒラメなど

  の中魚(ちゅうざかな)よりも下位の下魚(げざかな)に位置付けられています。

  これは冷蔵技術の未発達と、当時の江戸の人たちが脂(あぶら)っこい魚を好ま

  なかった為です。マグロが現在のように珍重(ちんちょう)され始めたのは明治以降

  からになります。

  また、マグロは別名シビとも言われ、これが死ぬ日のシビとあてられ

  て、不吉であると思われていた事にもよります。

  それゆえ、マグロは庶民(しょみん)の魚として非常に安く手に入ったわけですが

  、支配者階級であるお大名が決して口にしなかったかと言えば、

  そうでもないようで。


殿様:これ三太夫(さんだゆう)、三太夫(さんだゆう)はおるか。


三太夫:ははっ、三太夫(さんだゆう)これに控(ひか)えております。

    殿、お召(め)しにございまするか?


殿様:こうして雪が降ると、庭の景色もまたひとしおであるの。


三太夫:御意(ぎょい)にござります。

    雪は豊年(ほうねん)の瑞(しるし)と申しますが、まことにもって美しいもので。


殿様:のう三太夫(さんだゆう)。

   隅田川(すみだがわ)の向島(むこうじま)と申すところは雪の名所と聞いたが、

   まことであるか?


三太夫:は、そのように承(うけたまわ)っております。

    こんにち辺(あた)りは風流人(ふうりゅうじん)などと言うものが、

    雪の中を徘徊(はいかい)して一句(いっく)、などと申しておりましょうかな。


殿様:ほほう、向島(むこうじま)で雪見(ゆきみ)というのも一興(いっきょう)じゃの。

   よし、これより向島(むこうじま)へ参るゆえ、さっそく支度(したく)をいたせ。


三太夫:は、ははっ…。


    【声を落としてつぶやく】

    えぇぇぇ、これから向島(むこうじま)って…止(よ)しましょうよ殿ぉ。

    この寒いのに向島(むこうじま)行ったってしょうがありませんよ。

    別に赤い雪とか降ってるわけじゃないんですから。

    ここで庭を眺(なが)めているほうがいいですって、止(よ)しましょうよぉ。


語り:そんなことをもし言おうものなら

   無礼者(ぶれいもの)!もはや目通(めどお)りは叶(かな)わん!永(なが)の暇(いとま)をつかわす!

   なんて言われかねません。もう少しくだけて言うと、

   おまえ今日限りでクビな!二度とツラ見せんな!

   て言われるわけです。

   三太夫(さんだゆう)さんの心の叫び空(むな)しく、話はトントントンと進むわけであり

   ます。


三太夫:し、して殿、供(とも)ぞろえはいかがいたしまするか?


殿様:うむ、お忍びで参るゆえ、その方(ほう)だけで良い。


三太夫:【声を落としてつぶやく】

    う、うぅぅ…これでは逃げるに逃げられないぃ…。


    しょ、承知(しょうち)つかまつりました。

    では支度(したく)を整えて参りますゆえ、しばしこれにてお待ちを。


    【二拍】


    うう…老いの身にこの寒さはこたえるわい…。

    とにかく、少しでも寒くないように重(かさ)ね着(ぎ)して行かねば…。


    【二拍】


    よし、あとは殿の愛馬と自分の馬を連れて玄関へ…。

    おお、お出ましになられた。

    さすがにお若いゆえ、身支度(みじたく)も早(はよ)うござるわい…。


殿様:うむ、支度(したく)はできておるな。

   よし、では三太夫(さんだゆう)続けィッ、はぁッ!!


三太夫:あっ、と、殿!お待ちをーー!!

    うっ、げほげほっ、れ、冷気を吸って咳(せき)が…!


語り:パッと愛馬にまたがるや否(いな)や、一鞭(ひとむち)くれて駆けだす殿様。

   雪を蹴立(けた)てて後を追いかける三太夫(さんだゆう)、やがて二人は本郷(ほんごう)の高台(たかだい)から

   湯島(ゆしま)の切通(きりどお)しへ差し掛かり、そこへ筑波颪(つくばおろし)という北風が雪を巻きあ

   げてふわーーっと吹きつける。


殿様:おぉおぉッ、こ、これはなかなかに冷たいッ…!


三太夫:【歯の根が合わない】

    う、う”ぅう”ぅ…さ、寒いぃ…凍(こご)え死ぬゥ…ッ。


語り:やがて下へ下り終えると上野広小路(うえのひろこうじ)という所へ出ます。

   広小路(ひろこうじ)と言うと広いんだか狭いんだかよく分かりませんが、

   いわゆる火災の延焼(えんしょう)を防ぐための、火除(ひよ)け地にあたる場所でありま

   す。

   ここは非常に広いので人通りはきわめて多く、商人(あきんど)がそこに目を

   付けないわけがない。

   しかし本建築(ほんけんちく)は幕府のご法度(はっと)により禁じられている。

   ところが仮建築(かりけんちく)なら良いというので、当時はものすごい数の屋台(やたい)が

   軒(のき)を連(つら)ねていたそうです。


殿様:おお、寒いというのに人通りが多く、賑(にぎ)わっておるのう。


三太夫:ぜぇ、ぜぇ、はぁ、はぁ…や、やっと人里(ひとざと)までたどりついた…。

    おお、煮売屋(にうりや)に屋台(やたい)がところ狭(せま)しと…。


殿様:これ三太夫(さんだゆう)、珍味(ちんみ)な匂(にお)いがするの。


三太夫:は、はい、これはそこここの煮売屋(にうりや)と申すところにおいて、

    鍋物(なべもの)をこしらえておる匂(にお)いかと心得(こころえ)ます。


殿様:ほう、そうか。

   一度、入ってみたいのう。


三太夫:殿、煮売屋(にうりや)は下(しもじも)々の者が参りますところゆえ、

    なにとぞご遠慮なされまするよう…。


殿様:いやいや、苦しゅうないぞ!

   ちょうど腹の虫も泣いておる。

   いざ、参るぞ!


語り:苦しゅうない、これが出てしまうと、さすがの三太夫(さんだゆう)さんも

   どうすることもできません。

   初めて経験することというものは、なんでも心がわき立つもので

   ございます。

   殿様にとってはこれが初めての煮売屋体験(にうりやたいけん)、

   つかつかと一軒の縄暖簾(なわのれん)をくぐると、中は大勢の人で賑(にぎ)わっております。


殿様:おお…これは…。


店員:いらぁぁーーっしゃぁぁーーいぃぃ宮下(みやした)あんなぁぁーーーいぃ!


殿様:な、なに、なんじゃ、何と申した??


店員:宮下大神宮(みやしただいじんぐう)様の下が空(あ)いてますから、宮下(みやした)へお座んなさいまし!


殿様:おお、これに大神宮(だいじんぐう)が祀(まつ)られてあったか。

   これは知らなんだ。

   んむっ。

   【柏手(かしわで)をうつ】


店員:???

   【声を落としてつぶやく】

   な、なんだか変な客だな…?

   店入ってきていきなり神棚(かみだな)拝(おが)んでるよ。


殿様:あぁ小僧(こぞう)、床几(しょうぎ)をこれへもて!


店員:へ?将棋(しょうぎ)をもて?

   しょ、将棋(しょうぎ)をここで指(さ)すんですか?


殿様:そうではない。

   床几(しょうぎ)、腰を下ろすものだ。


店員:あぁ、だったら醤油樽(しょうゆだる)へどうぞ。


殿様:ほうほう、下(しもじも)々では将棋(しょうぎ)を醤油樽(しょうゆだる)と申すか。


語り:などとまあ勘違いした上、変な事に感心しているものであります。

   醤油樽(しょうゆだる)に足をつけて椅子(いす)の代わりに、そしてこれまた粗末(そまつ)な座布団(ざぶとん)

   があって、これにドカッと座ると殿様、またしても声高(こわだか)に呼び立て

   ます。


殿様:これよ、ささをもて!


店員:えぇぇ!?

   さ、笹(ささ)っ葉(ぱ)を食べるんで!?


殿様:【つぶやく】

   む? ささが通じんのか…?


   あぁいや、酒(さけ)じゃ。


店員:あ、お酒(さけ)ですか。

   それなら三六(さぶろく)とダリがありますが、どっちにします?


殿様:??

   な、なんじゃそれは…?


店員:あの、三十六(さんじゅうろく)のことを三六(さぶろく)ってんですよ。

   ダリってのは四十文(しじゅうもん)なんですけどね。

   まぁわずかな違いだったらダリのほうが美味(おい)しいですよ。

   灘(なだ)の生一本(きいっぽん)ですから。


殿様:さようか、ではそのダリとやらを持って参れ。


店員:へい、ダリ一丁(いっちょ)ぉぉーーーーーぅッ!


殿様:ふうむ、活気に満ちあふれておる…。


店員:はい、ダリの熱燗(あつかん)、お待ちどおさんでございます!


殿様:おお、これがダリと申すものか。

   どれ…。


   【一口飲んで】


   うむ…うむ!なかなか良い風味じゃの!

   満足じゃぞ!


店員:ありがとう存じます!


殿様:そうじゃ、何か食べるものはあるか?


店員:召し上がりものでございますか。

   ええと、今日のお吸い物はしじみでございまして、

   【ここから何を言ってるのか分からないくらい崩してしゃべる】

   アンコウタコ足(あし)油揚(あぶらあ)げ田楽(でんがく)煮豆(にまめ)ヌタ、お刺身(さしみ)のはめじになっており

   ましてものといかがんなんじゃんしょぉーーーっ。


殿様:???

   な、なんじゃなんじゃ、今、なんと申した??


店員:へい、召しあがりものは本日はお吸い物はしじみでございまして、

   【ここから何を言ってるのか分からないくらい崩して早口っぽく

   しゃべる】

   アンコウタコ足(あし)油揚(あぶらあ)げ田楽(でんがく)煮豆(にまめ)ヌタ、お刺身(さしみ)のはめじになっており

   ましてものといかがんなんじゃんしょぉーーーっ。


殿様:…さ、さっぱりわからぬ…。

   …む?

   これ、あれなる町人(ちょうにん)が食(しょく)しておるのはなんじゃ?


店員:【※ねぎま鍋の部分は「にゃー」で聞こえるように

   全文を崩して早口っぽくしゃべってください】

   あちらさんはねぎま鍋(なべ)でございますぅーーーっ。


殿様:う、うん?な、なに、にゃー、と申したか?

   ではその、にゃーとやらを持って参れ。


店員:【※ねぎまの部分は「にゃー」で聞こえるように

   全文を崩して早口っぽくしゃべってください】

   へい、ねぎま一丁(いっちょ)ぉーーーぅッ!


語り:かくして殿様、なんとかねぎま鍋(なべ)を注文する事に成功しました。

   ねぎまというと皆さんは焼き鳥を思い浮かべるかもしれませんが、

   当時のねぎまはマグロとネギを醤油(しょうゆ)などで煮(に)て、鍋(なべ)として提供して

   いたものを指します。

   江戸時代は冷蔵技術は当然未熟なもんですから、マグロの良い所は

   なかなか生かせない。

   トロの部分などは半身(はんみ)で約五千円で取引されたり、

   畑の肥料(ひりょう)としてつかわれていたそうです。信じられませんな。

   ついたあだ名が猫すらまたいで避けることから猫またぎ。

   さんまと同じく下魚(げざかな)扱いされ、アジやボラにさえ敗北していたそう

   で…と、話が脇(わき)に逸(そ)れている間にねぎま鍋(なべ)が殿様の元へこんにちわ

   いたします。


殿様:おお、さっきの小僧(こぞう)だ。


店員:へい、ねぎまお待ちどうさまぁーーーッ!


殿様:どれ…ッ!

   こ、これは…今までかようなものは見たことが無いの。

   うむ、しかし美味(うま)そうな匂(にお)いじゃ。

   さっそく…んむ。

   ッッッ!!

   おおっ、こ、これは熱い。

   熱いが美味(びみ)なるものであるな!

   んむっ。

   !!!あっ、あづっづうっ!!

   ッこ、これっ小僧(こぞう)っ!これは鉄砲じかけになっておるな!?


店員:鉄砲ですか?

   そんなものは入ってませんよう。


殿様:いや鉄砲じゃ!

   何やら熱いものが喉(のど)の奥へ飛び込みおったぞ!


店員:あぁなんだ、それはネギの芯(しん)が飛び出したんですよ。


殿様:な、なに、ネギの芯(しん)か…さようか。

   んむ、んむ…っ。

   うむ!美味(びみ)であるな!

   これ、酒の代わりをもてい!


店員:へい、ご酒(しゅ)代(が)わり一丁(いっちょ)ぉーーーぅッ!


殿様:んむ、んむ、美味(びみ)、美味(びみ)であるッ!


語り:熱(あつあつ)々のねぎま鍋(なべ)に下(くだ)り酒(ざけ)の灘(なだ)の生一本(きいっぽん)、熱燗二本(あつかんにほん)、

   ぺろりと平(たい)らげまして、殿様はじつにご機嫌(きげん)麗(うるわ)しい。


殿様:ああ、美味(びみ)であった!

   三太夫(さんだゆう)、予(よ)は満足であるぞ!


三太夫:恐れ入りまする。


殿様:そちから代金を払いつかわせ。

   あぁそれと向島(むこうじま)はな、また日を改めて参ろうぞ。


三太夫:ははっ。

    【つぶやく】

    よ、よかった…。


    でも拙者(せっしゃ)、何も食べてない…殿、薄情(はくじょう)にござる…。


殿様:これより屋敷へ戻るぞ!

   三太夫(さんだゆう)ついて参れーッ!


語り:などと、殿様大満足でお屋敷へご帰還遊ばされた。

   …遊ばされたが、一度味わったねぎま鍋(なべ)と灘(なだ)の酒、

   これがもう忘れられなくて忘れられなくて毎晩夢に出るほど。

   ところが当時の大名の食事と言うものは、毎回ほぼお決まりの献立(こんだて)

   が出てくるんだそうで。不便なものであります。

   だからあれが食べたい、これを食(しょく)したいと思っても簡単に口に出せない。

   ところが十日にいっぺんくらいは食事担当…膳部方(ぜんぶかた)がまかり出(い)でて

   殿様のご要望をうかがうんだそうです。


殿様:【そわそわしながら】

   今宵(こよい)は十日に一度の…うむ、この機(き)を外(はず)してはならぬ…!


留太夫:殿、今宵(こよい)の召し上がりものは何かご要望がござりまするか?


殿様:【声を落としてつぶやくように】

   来た!!


   【若干(じゃっかん)早口で】

   あ、今宵(こよい)はな、にゃーにいたせ!!


留太夫:!!?

    ぇっ、ぁっ、はっ、か、かしこまりました…。


    【三拍】


    …ぇ、なに…?


    にゃーぁぁ!!?


    え、ぇっ、にゃーって、なんぞ!?

    き、聞き返したいが、それをしたら浪人させられてしまう…。

    こ、困った…。

    にゃーの前に言葉があっただろうか…?


    あにゃー…?


    ふにゃー…??


    ぎにゃー…!?


    いや待てよ、ゆっくりではなく早口で申されたな…。

    にゃーを分解すると…、


    にぃやぁあ…?


    にィィやぁぁあぁぁあぁ…!?


三太夫:!!?

    な、なんだ?猫でもおるのか!?

    って、留太夫(とめだゆう)ではないか。

    いったいどうしたのだ、猫の鳴き真似なぞして。


留太夫:!!ぁっ、こ、これは…お見苦しい所をお見せいたしました。

    ぁそ、それより三太夫(さんだゆう)様、お助け下さい!

    お知恵をお貸し下され!


三太夫:な、なんじゃ藪(やぶ)から棒に?


留太夫:実は先ほど、殿の御前(ごぜん)にまかり出(い)でまして。

    今宵(こよい)の夕餉(ゆうげ)の要望をうかがいましたるところ、

    にゃーとおおせられたように聞こえたのでございますが、

    これが何のことかさっぱり分からず、困っておるところでして。


三太夫:!あぁ、にゃーか、ははは…。

    うむ、よいか留太夫(とめだゆう)。これは内密(ないみつ)の話であるぞ。

    先日な、広小路(ひろこうじ)へお忍びで参って、煮売屋(にうりや)にてねぎま鍋(なべ)を

    召し上がられたのだ。

    その味が忘れられぬのであろう。


留太夫:ああぁ、そうでございましたか!

    なるほど、ねぎま鍋(なべ)!

    三太夫(さんだゆう)様、助かりました!かたじけのう存じまする!

    しかし…ねぎま鍋(なべ)は庶民の食(しょく)するものなれば…。


三太夫:そこは留太夫(とめだゆう)、そなたの裁量(さいりょう)でなんとかせよ。


留太夫:は、ははっ…わかりました。

    ともかく、我々が食するようなねぎま鍋(なべ)でのうてはなりませぬな

    …。

    上品なねぎま鍋(なべ)を作らねば相成(あいな)りませぬか…。


三太夫:い、いや、ねぎま鍋(なべ)に上品下品もあるまいに…。


留太夫:まずはマグロを買って来させねばなりませぬな。


三太夫:いかにも。

    拙者(せっしゃ)もまんざら関わりないとは言えぬ。

    乗りかかった船じゃ。

    早馬(はやうま)を仕立てよう。


語り:ようやくにゃーの正体が明らかになって喜ぶ留太夫(とめだゆう)。

   ところがどっこい、ねぎま鍋(なべ)は庶民の食べ物。

   お大名のお屋敷にそんな下魚(げざかな)が用意されてるわけがない。

   とはいえ主君の要望、かなえないとこっちの首が飛ぶ。

   なんてんで、さっそくマグロを買いにやり、現代なら一キロ十五万

   、近海(きんかい)一本釣(いっぽんづ)り本マグロをお屋敷へ運び込みます。


三太夫:留太夫(とめだゆう)、留太夫(とめだゆう)!

    来たぞ!


留太夫:おぉ三太夫(さんだゆう)様、例のものでござりますな。   


三太夫:うむ、おおっぴらには出来ぬでな。

    さ、お台所へ運び込むのじゃ。


留太夫:ははっ。


    【二拍】


    よし、皆!こたびの夕餉(ゆうげ)はねぎま鍋(なべ)である!

    知っての通り、ねぎま鍋(なべ)は下(しもじも)々の者らの食事なれば、

    くれぐれも他言(たごん)を固く禁ずる!

    さ、まずは短冊(たんざく)に切るのじゃ!

    血合(ちあ)いもすっかり抜くのも忘れるでないぞ!


三太夫:うむ…さすがは当家(とうけ)の包丁人(ほうちょうにん)、鮮やかであるな。


留太夫:よし、それらをだし汁(じる)で煮(に)るのだ!


三太夫:【つぶやく】

    い、いや、煮(に)すぎではないか…?

    あれでは味も何も…。


留太夫:ネギはこうして…縦(たて)に包丁(ほうちょう)を入れて細く…。


三太夫:【つぶやく】

    ぇ…まてまて、ネギは一寸(いっすん)ごとにぶつ切りではないのか…?


留太夫:椀(わん)に盛りつけて…よし、できた…!

    これならばねぎま鍋(なべ)も上品に見えるであろう!


三太夫:む、むぅ……。


留太夫:よし、配膳(はいぜん)いたすぞ。


    【二拍】


    殿、ご所望(しょもう)のにゃーにございます。


殿様:おお、にゃーであるか?


留太夫:御意(ぎょい)にございます。


殿様:どれどれ…。

   ?はてな、先日のにゃーは青い所あり、白い所あり、赤い所ありで

   ミケのにゃーであったが…今宵(こよい)のはネズミ色のにゃーであるな。

   ふうむ、さぞ珍味(ちんみ)であろうな。

   んむ…。


   !!!?

   な、なんじゃこれは…まったく味がせぬぞ…!

   無礼者(ぶれいもの)!

   これはにゃーではない!

   これではちゅーではないか!

   ミケのにゃーを持ってまいれ!!


留太夫:は、ははぁーーッ!


    【二拍】


    さ、三太夫(さんだゆう)様ァーーッ!


三太夫:【つぶやく】

    あぁ、やっぱりのう…。


    うん?いかがした?


留太夫:そ、それが、殿からお叱(しか)りを受けまして…。

    ミケのにゃーとは、何の事でありましょうか…?


三太夫:ははは…それはな、お台所が気を使いすぎたのじゃ。

    下(しもじも)々の者が食べるように、土鍋(どなべ)の中へネギを青い所も白い所も

    関係なくぶつ切りにして入れ、マグロもぶつ切りにしてな、

    血合(ちあ)いも何も気にせずに、ぐらぐらと沸(わ)かして持っていくと良か

    ろう。


留太夫:な、なるほど、承知いたしました!

    これ、皆、作り直しじゃ!

    下(しもじも)々の者どもが食べるように調理いたせ!

    ネギもマグロもぶつ切りにしてぐらぐらと沸(わ)かすのじゃああ!!


三太夫:うむ…これで良かろう。


留太夫:よし、できたぞ!!


    【二拍】


    殿、ミケのにゃーにございまする。


殿様:お?

   おぉおぉこれじゃこれじゃ!

   ミケのにゃーじゃ!

   うむっ、鉄砲じかけになっておる!

   留太夫(とめだゆう)、満足に思うぞ!!


留太夫:ありがたき幸せに存じます。


殿様:そうじゃ、次はダリをもて!


留太夫:【つぶやく】

    えぇぇ…また始まったよ…。


    は、ははっ、しばしお待ちを!


    さ、三太夫(さんだゆう)様ァー!


三太夫:っこ、今度は何じゃ?


留太夫:あの、ダリとは何の事で…?


三太夫:ああ、そうであった。

    あの時、鍋(なべ)と一緒に飲まれておられたわ。

    ダリとはな、酒じゃ。灘(なだ)の生一本(きいっぽん)の事じゃ。

    粗末(そまつ)な徳利(とっくり)に熱燗(あつかん)でお持ちすれば良かろう。


留太夫:な、なるほど、酒でございましたか!

    では直(ただ)ちに!


三太夫:ふう…これでもう本当に良かろう…。


留太夫:殿、ダリをお持ちいたしましてございます。


殿様:おぉさようか。

   うむうむ、これじゃ、ダリじゃ!

   予(よ)は満足に思うぞ!


留太夫:ありがたき幸せに存じます。


殿様:あいや、まだ足らぬな。


留太夫:えッ!!?

    ま、まだ何か足りませぬでしょうや?


殿様:おお、このまま座っていては相成(あいな)らぬ。


   醤油樽(しょうゆだる)をこれへ持て。




終劇




参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)



三遊亭金馬(四代目)



※用語解説


ダリ:昔、上方(かみがた)と言われていた京都から江戸へ名産品がやってくると、

   それを下(くだ)りもの、と呼んだ。

   ダリはその、くだりもの、を縮めて呼んだもの。


灘(なだ)の生一本(きいっぽん):兵庫県神戸市~西宮市にまたがる沿岸地域において、

      日本酒製造が盛んな五つのエリアを灘五郷と呼んでおり、

      「灘の生一本」は灘五郷において単一の製造場のみで醸造し

      た純米酒を指すそうです。


煮売屋(にうりや):煮売屋(にうりや)は本来、煮魚・煮豆・煮染など煮物を売る店。

    またそれを料理として提供する飲食店を指し、酒も提供するとな

    ると、 本当は煮売酒屋(にうりさかや)と表記する方が正しい。

    余談だが、煮売酒屋(にうりさかや)で提供されたつまみは、

    わかめのヌタ

    里芋の煮っ転がし

    豆腐やこんにゃくの田楽

    から汁

    ふぐの吸い物

    湯豆腐

    煮豆

    マグロの刺身

    蛤

    たこの足

    油揚げ

    などがあったそうである。


包丁人:料理人、コック。




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