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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「ねぎまの殿様」

作者: 霧夜シオン


落語声劇「ねぎまの殿様」


台本化:霧夜シオン


所要時間:約30分


必要演者数:3名

      (0:0:3)


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品

 に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。

 それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。



●登場人物


殿様:本郷ほんごうのある大名の殿様。庭の雪をながめていたら向島むこうじまで雪見がしたく

   なり、供とお忍びで出かけるが、途中の上野広小路うえのひろこうじで腹が減り、

   煮売屋にうりやへ立ち寄ったことでねぎまなべとの出会いを果たす。


三太夫さんだゆう:殿様の側用人そばようにん。殿様のご所望しょもう向島むこうじままで供をしていくことに

    なる。フルネームは田中三太夫たなかさんだゆう


店員:上野広小路うえのひろこうじ煮売屋にうりやの小僧店員。


留太夫とめだゆう:お屋敷の料理番。

    殿様の聞きかじりねぎまなべの情報に踊らされて大変な目に。

    フルネームは斎藤留太夫さいとうとめだゆう


語り:雰囲気を大事に。




●配役例


殿様:

三太夫・店員:

留太夫・語り:




※枕はどちらかが適宜てきぎねてください。



枕:時代が違えば常識も変わります。

  現代では価値の高い食べ物でも、昔であれば安く手に入ってた、

  なんてこともよくある話です。

  一例として今回登場するマグロですが、カツオはおろか、ヒラメなど

  の中魚ちゅうざかなよりも下位の下魚げざかなに位置付けられています。

  これは冷蔵技術の未発達と、当時の江戸の人たちがあぶらっこい魚を好ま

  なかった為です。マグロが現在のように珍重ちんちょうされ始めたのは明治以降

  からになります。

  また、マグロは別名シビとも言われ、これが死ぬ日のシビとあてられ

  て、不吉であると思われていた事にもよります。

  それゆえ、マグロは庶民しょみんの魚として非常に安く手に入ったわけですが

  、支配者階級であるお大名が決して口にしなかったかと言えば、

  そうでもないようで。


殿様:これ三太夫さんだゆう三太夫さんだゆうはおるか。


三太夫:ははっ、三太夫さんだゆうこれにひかえております。

    殿、おしにございまするか?


殿様:こうして雪が降ると、庭の景色もまたひとしおであるの。


三太夫:御意ぎょいにござります。

    雪は豊年ほうねんしるしと申しますが、まことにもって美しいもので。


殿様:のう三太夫さんだゆう

   隅田川すみだがわ向島むこうじまと申すところは雪の名所と聞いたが、

   まことであるか?


三太夫:は、そのようにうけたまわっております。

    こんにちあたりは風流人ふうりゅうじんなどと言うものが、

    雪の中を徘徊はいかいして一句いっく、などと申しておりましょうかな。


殿様:ほほう、向島むこうじま雪見ゆきみというのも一興いっきょうじゃの。

   よし、これより向島むこうじまへ参るゆえ、さっそく支度したくをいたせ。


三太夫:は、ははっ…。


    【声を落としてつぶやく】

    えぇぇぇ、これから向島むこうじまって…しましょうよ殿ぉ。

    この寒いのに向島むこうじま行ったってしょうがありませんよ。

    別に赤い雪とか降ってるわけじゃないんですから。

    ここで庭をながめているほうがいいですって、しましょうよぉ。


語り:そんなことをもし言おうものなら

   無礼者ぶれいもの!もはや目通めどおりはかなわん!ながいとまをつかわす!

   なんて言われかねません。もう少しくだけて言うと、

   おまえ今日限りでクビな!二度とツラ見せんな!

   て言われるわけです。

   三太夫さんだゆうさんの心の叫びむなしく、話はトントントンと進むわけであり

   ます。


三太夫:し、して殿、ともぞろえはいかがいたしまするか?


殿様:うむ、お忍びで参るゆえ、そのほうだけで良い。


三太夫:【声を落としてつぶやく】

    う、うぅぅ…これでは逃げるに逃げられないぃ…。


    しょ、承知しょうちつかまつりました。

    では支度したくを整えて参りますゆえ、しばしこれにてお待ちを。


    【二拍】


    うう…老いの身にこの寒さはこたえるわい…。

    とにかく、少しでも寒くないようにかさして行かねば…。


    【二拍】


    よし、あとは殿の愛馬と自分の馬を連れて玄関へ…。

    おお、お出ましになられた。

    さすがにお若いゆえ、身支度みじたくはようござるわい…。


殿様:うむ、支度したくはできておるな。

   よし、では三太夫さんだゆう続けィッ、はぁッ!!


三太夫:あっ、と、殿!お待ちをーー!!

    うっ、げほげほっ、れ、冷気を吸ってせきが…!


語り:パッと愛馬にまたがるやいなや、一鞭ひとむちくれて駆けだす殿様。

   雪を蹴立けたてて後を追いかける三太夫さんだゆう、やがて二人は本郷ほんごう高台たかだいから

   湯島ゆしま切通きりどおしへ差し掛かり、そこへ筑波颪つくばおろしという北風が雪を巻きあ

   げてふわーーっと吹きつける。


殿様:おぉおぉッ、こ、これはなかなかに冷たいッ…!


三太夫:【歯の根が合わない】

    う、う”ぅう”ぅ…さ、寒いぃ…こごえ死ぬゥ…ッ。


語り:やがて下へ下り終えると上野広小路うえのひろこうじという所へ出ます。

   広小路ひろこうじと言うと広いんだか狭いんだかよく分かりませんが、

   いわゆる火災の延焼えんしょうを防ぐための、火除ひよけ地にあたる場所でありま

   す。

   ここは非常に広いので人通りはきわめて多く、商人あきんどがそこに目を

   付けないわけがない。

   しかし本建築ほんけんちくは幕府のご法度はっとにより禁じられている。

   ところが仮建築かりけんちくなら良いというので、当時はものすごい数の屋台やたい

   のきつらねていたそうです。


殿様:おお、寒いというのに人通りが多く、にぎわっておるのう。


三太夫:ぜぇ、ぜぇ、はぁ、はぁ…や、やっと人里ひとざとまでたどりついた…。

    おお、煮売屋にうりや屋台やたいがところせましと…。


殿様:これ三太夫さんだゆう珍味ちんみにおいがするの。


三太夫:は、はい、これはそこここの煮売屋にうりやと申すところにおいて、

    鍋物なべものをこしらえておるにおいかと心得こころえます。


殿様:ほう、そうか。

   一度、入ってみたいのう。


三太夫:殿、煮売屋にうりやしもじも々の者が参りますところゆえ、

    なにとぞご遠慮なされまするよう…。


殿様:いやいや、苦しゅうないぞ!

   ちょうど腹の虫も泣いておる。

   いざ、参るぞ!


語り:苦しゅうない、これが出てしまうと、さすがの三太夫さんだゆうさんも

   どうすることもできません。

   初めて経験することというものは、なんでも心がわき立つもので

   ございます。

   殿様にとってはこれが初めての煮売屋体験にうりやたいけん

   つかつかと一軒の縄暖簾なわのれんをくぐると、中は大勢の人でにぎわっております。


殿様:おお…これは…。


店員:いらぁぁーーっしゃぁぁーーいぃぃ宮下みやしたあんなぁぁーーーいぃ!


殿様:な、なに、なんじゃ、何と申した??


店員:宮下大神宮みやしただいじんぐう様の下がいてますから、宮下みやしたへお座んなさいまし!


殿様:おお、これに大神宮だいじんぐうまつられてあったか。

   これは知らなんだ。

   んむっ。

   【柏手かしわでをうつ】


店員:???

   【声を落としてつぶやく】

   な、なんだか変な客だな…?

   店入ってきていきなり神棚かみだなおがんでるよ。


殿様:あぁ小僧こぞう床几しょうぎをこれへもて!


店員:へ?将棋しょうぎをもて?

   しょ、将棋しょうぎをここですんですか?


殿様:そうではない。

   床几しょうぎ、腰を下ろすものだ。


店員:あぁ、だったら醤油樽しょうゆだるへどうぞ。


殿様:ほうほう、しもじも々では将棋しょうぎ醤油樽しょうゆだると申すか。


語り:などとまあ勘違いした上、変な事に感心しているものであります。

   醤油樽しょうゆだるに足をつけて椅子いすの代わりに、そしてこれまた粗末そまつ座布団ざぶとん

   があって、これにドカッと座ると殿様、またしても声高こわだかに呼び立て

   ます。


殿様:これよ、ささをもて!


店員:えぇぇ!?

   さ、ささを食べるんで!?


殿様:【つぶやく】

   む? ささが通じんのか…?


   あぁいや、さけじゃ。


店員:あ、おさけですか。

   それなら三六さぶろくとダリがありますが、どっちにします?


殿様:??

   な、なんじゃそれは…?


店員:あの、三十六さんじゅうろくのことを三六さぶろくってんですよ。

   ダリってのは四十文しじゅうもんなんですけどね。

   まぁわずかな違いだったらダリのほうが美味おいしいですよ。

   なだ生一本きいっぽんですから。


殿様:さようか、ではそのダリとやらを持って参れ。


店員:へい、ダリ一丁いっちょぉぉーーーーーぅッ!


殿様:ふうむ、活気に満ちあふれておる…。


店員:はい、ダリの熱燗あつかん、お待ちどおさんでございます!


殿様:おお、これがダリと申すものか。

   どれ…。


   【一口飲んで】


   うむ…うむ!なかなか良い風味じゃの!

   満足じゃぞ!


店員:ありがとう存じます!


殿様:そうじゃ、何か食べるものはあるか?


店員:召し上がりものでございますか。

   ええと、今日のお吸い物はしじみでございまして、

   【ここから何を言ってるのか分からないくらい崩してしゃべる】

   アンコウタコあし油揚あぶらあ田楽でんがく煮豆にまめヌタ、お刺身さしみのはめじになっており

   ましてものといかがんなんじゃんしょぉーーーっ。


殿様:???

   な、なんじゃなんじゃ、今、なんと申した??


店員:へい、召しあがりものは本日はお吸い物はしじみでございまして、

   【ここから何を言ってるのか分からないくらい崩して早口っぽく

   しゃべる】

   アンコウタコあし油揚あぶらあ田楽でんがく煮豆にまめヌタ、お刺身さしみのはめじになっており

   ましてものといかがんなんじゃんしょぉーーーっ。


殿様:…さ、さっぱりわからぬ…。

   …む?

   これ、あれなる町人ちょうにんしょくしておるのはなんじゃ?


店員:【※ねぎま鍋の部分は「にゃー」で聞こえるように

   全文を崩して早口っぽくしゃべってください】

   あちらさんはねぎまなべでございますぅーーーっ。


殿様:う、うん?な、なに、にゃー、と申したか?

   ではその、にゃーとやらを持って参れ。


店員:【※ねぎまの部分は「にゃー」で聞こえるように

   全文を崩して早口っぽくしゃべってください】

   へい、ねぎま一丁いっちょぉーーーぅッ!


語り:かくして殿様、なんとかねぎまなべを注文する事に成功しました。

   ねぎまというと皆さんは焼き鳥を思い浮かべるかもしれませんが、

   当時のねぎまはマグロとネギを醤油しょうゆなどでて、なべとして提供して

   いたものを指します。

   江戸時代は冷蔵技術は当然未熟なもんですから、マグロの良い所は

   なかなか生かせない。

   トロの部分などは半身はんみで約五千円で取引されたり、

   畑の肥料ひりょうとしてつかわれていたそうです。信じられませんな。

   ついたあだ名が猫すらまたいで避けることから猫またぎ。

   さんまと同じく下魚げざかな扱いされ、アジやボラにさえ敗北していたそう

   で…と、話がわきれている間にねぎまなべが殿様の元へこんにちわ

   いたします。


殿様:おお、さっきの小僧こぞうだ。


店員:へい、ねぎまお待ちどうさまぁーーーッ!


殿様:どれ…ッ!

   こ、これは…今までかようなものは見たことが無いの。

   うむ、しかし美味うまそうなにおいじゃ。

   さっそく…んむ。

   ッッッ!!

   おおっ、こ、これは熱い。

   熱いが美味びみなるものであるな!

   んむっ。

   !!!あっ、あづっづうっ!!

   ッこ、これっ小僧こぞうっ!これは鉄砲じかけになっておるな!?


店員:鉄砲ですか?

   そんなものは入ってませんよう。


殿様:いや鉄砲じゃ!

   何やら熱いものがのどの奥へ飛び込みおったぞ!


店員:あぁなんだ、それはネギのしんが飛び出したんですよ。


殿様:な、なに、ネギのしんか…さようか。

   んむ、んむ…っ。

   うむ!美味びみであるな!

   これ、酒の代わりをもてい!


店員:へい、ごしゅわり一丁いっちょぉーーーぅッ!


殿様:んむ、んむ、美味びみ美味びみであるッ!


語り:あつあつ々のねぎまなべくだざけなだ生一本きいっぽん熱燗二本あつかんにほん

   ぺろりとたいらげまして、殿様はじつにご機嫌きげんうるわしい。


殿様:ああ、美味びみであった!

   三太夫さんだゆうは満足であるぞ!


三太夫:恐れ入りまする。


殿様:そちから代金を払いつかわせ。

   あぁそれと向島むこうじまはな、また日を改めて参ろうぞ。


三太夫:ははっ。

    【つぶやく】

    よ、よかった…。


    でも拙者せっしゃ、何も食べてない…殿、薄情はくじょうにござる…。


殿様:これより屋敷へ戻るぞ!

   三太夫さんだゆうついて参れーッ!


語り:などと、殿様大満足でお屋敷へご帰還遊ばされた。

   …遊ばされたが、一度味わったねぎまなべなだの酒、

   これがもう忘れられなくて忘れられなくて毎晩夢に出るほど。

   ところが当時の大名の食事と言うものは、毎回ほぼお決まりの献立こんだて

   が出てくるんだそうで。不便なものであります。

   だからあれが食べたい、これをしょくしたいと思っても簡単に口に出せない。

   ところが十日にいっぺんくらいは食事担当…膳部方ぜんぶかたがまかりでて

   殿様のご要望をうかがうんだそうです。


殿様:【そわそわしながら】

   今宵こよいは十日に一度の…うむ、このはずしてはならぬ…!


留太夫:殿、今宵こよいの召し上がりものは何かご要望がござりまするか?


殿様:【声を落としてつぶやくように】

   来た!!


   【若干じゃっかん早口で】

   あ、今宵こよいはな、にゃーにいたせ!!


留太夫:!!?

    ぇっ、ぁっ、はっ、か、かしこまりました…。


    【三拍】


    …ぇ、なに…?


    にゃーぁぁ!!?


    え、ぇっ、にゃーって、なんぞ!?

    き、聞き返したいが、それをしたら浪人させられてしまう…。

    こ、困った…。

    にゃーの前に言葉があっただろうか…?


    あにゃー…?


    ふにゃー…??


    ぎにゃー…!?


    いや待てよ、ゆっくりではなく早口で申されたな…。

    にゃーを分解すると…、


    にぃやぁあ…?


    にィィやぁぁあぁぁあぁ…!?


三太夫:!!?

    な、なんだ?猫でもおるのか!?

    って、留太夫とめだゆうではないか。

    いったいどうしたのだ、猫の鳴き真似なぞして。


留太夫:!!ぁっ、こ、これは…お見苦しい所をお見せいたしました。

    ぁそ、それより三太夫さんだゆう様、お助け下さい!

    お知恵をお貸し下され!


三太夫:な、なんじゃやぶから棒に?


留太夫:実は先ほど、殿の御前ごぜんにまかりでまして。

    今宵こよい夕餉ゆうげの要望をうかがいましたるところ、

    にゃーとおおせられたように聞こえたのでございますが、

    これが何のことかさっぱり分からず、困っておるところでして。


三太夫:!あぁ、にゃーか、ははは…。

    うむ、よいか留太夫とめだゆう。これは内密ないみつの話であるぞ。

    先日な、広小路ひろこうじへお忍びで参って、煮売屋にうりやにてねぎまなべ

    召し上がられたのだ。

    その味が忘れられぬのであろう。


留太夫:ああぁ、そうでございましたか!

    なるほど、ねぎまなべ

    三太夫さんだゆう様、助かりました!かたじけのう存じまする!

    しかし…ねぎまなべは庶民のしょくするものなれば…。


三太夫:そこは留太夫とめだゆう、そなたの裁量さいりょうでなんとかせよ。


留太夫:は、ははっ…わかりました。

    ともかく、我々が食するようなねぎまなべでのうてはなりませぬな

    …。

    上品なねぎまなべを作らねば相成あいなりませぬか…。


三太夫:い、いや、ねぎまなべに上品下品もあるまいに…。


留太夫:まずはマグロを買って来させねばなりませぬな。


三太夫:いかにも。

    拙者せっしゃもまんざら関わりないとは言えぬ。

    乗りかかった船じゃ。

    早馬はやうまを仕立てよう。


語り:ようやくにゃーの正体が明らかになって喜ぶ留太夫とめだゆう

   ところがどっこい、ねぎまなべは庶民の食べ物。

   お大名のお屋敷にそんな下魚げざかなが用意されてるわけがない。

   とはいえ主君の要望、かなえないとこっちの首が飛ぶ。

   なんてんで、さっそくマグロを買いにやり、現代なら一キロ十五万

   、近海きんかい一本釣いっぽんづり本マグロをお屋敷へ運び込みます。


三太夫:留太夫とめだゆう留太夫とめだゆう

    来たぞ!


留太夫:おぉ三太夫さんだゆう様、例のものでござりますな。   


三太夫:うむ、おおっぴらには出来ぬでな。

    さ、お台所へ運び込むのじゃ。


留太夫:ははっ。


    【二拍】


    よし、皆!こたびの夕餉ゆうげはねぎまなべである!

    知っての通り、ねぎまなべしもじも々の者らの食事なれば、

    くれぐれも他言たごんを固く禁ずる!

    さ、まずは短冊たんざくに切るのじゃ!

    血合ちあいもすっかり抜くのも忘れるでないぞ!


三太夫:うむ…さすがは当家とうけ包丁人ほうちょうにん、鮮やかであるな。


留太夫:よし、それらをだしじるるのだ!


三太夫:【つぶやく】

    い、いや、すぎではないか…?

    あれでは味も何も…。


留太夫:ネギはこうして…たて包丁ほうちょうを入れて細く…。


三太夫:【つぶやく】

    ぇ…まてまて、ネギは一寸いっすんごとにぶつ切りではないのか…?


留太夫:わんに盛りつけて…よし、できた…!

    これならばねぎまなべも上品に見えるであろう!


三太夫:む、むぅ……。


留太夫:よし、配膳はいぜんいたすぞ。


    【二拍】


    殿、ご所望しょもうのにゃーにございます。


殿様:おお、にゃーであるか?


留太夫:御意ぎょいにございます。


殿様:どれどれ…。

   ?はてな、先日のにゃーは青い所あり、白い所あり、赤い所ありで

   ミケのにゃーであったが…今宵こよいのはネズミ色のにゃーであるな。

   ふうむ、さぞ珍味ちんみであろうな。

   んむ…。


   !!!?

   な、なんじゃこれは…まったく味がせぬぞ…!

   無礼者ぶれいもの

   これはにゃーではない!

   これではちゅーではないか!

   ミケのにゃーを持ってまいれ!!


留太夫:は、ははぁーーッ!


    【二拍】


    さ、三太夫さんだゆう様ァーーッ!


三太夫:【つぶやく】

    あぁ、やっぱりのう…。


    うん?いかがした?


留太夫:そ、それが、殿からおしかりを受けまして…。

    ミケのにゃーとは、何の事でありましょうか…?


三太夫:ははは…それはな、お台所が気を使いすぎたのじゃ。

    しもじも々の者が食べるように、土鍋どなべの中へネギを青い所も白い所も

    関係なくぶつ切りにして入れ、マグロもぶつ切りにしてな、

    血合ちあいも何も気にせずに、ぐらぐらとかして持っていくと良か

    ろう。


留太夫:な、なるほど、承知いたしました!

    これ、皆、作り直しじゃ!

    しもじも々の者どもが食べるように調理いたせ!

    ネギもマグロもぶつ切りにしてぐらぐらとかすのじゃああ!!


三太夫:うむ…これで良かろう。


留太夫:よし、できたぞ!!


    【二拍】


    殿、ミケのにゃーにございまする。


殿様:お?

   おぉおぉこれじゃこれじゃ!

   ミケのにゃーじゃ!

   うむっ、鉄砲じかけになっておる!

   留太夫とめだゆう、満足に思うぞ!!


留太夫:ありがたき幸せに存じます。


殿様:そうじゃ、次はダリをもて!


留太夫:【つぶやく】

    えぇぇ…また始まったよ…。


    は、ははっ、しばしお待ちを!


    さ、三太夫さんだゆう様ァー!


三太夫:っこ、今度は何じゃ?


留太夫:あの、ダリとは何の事で…?


三太夫:ああ、そうであった。

    あの時、なべと一緒に飲まれておられたわ。

    ダリとはな、酒じゃ。なだ生一本きいっぽんの事じゃ。

    粗末そまつ徳利とっくり熱燗あつかんでお持ちすれば良かろう。


留太夫:な、なるほど、酒でございましたか!

    ではただちに!


三太夫:ふう…これでもう本当に良かろう…。


留太夫:殿、ダリをお持ちいたしましてございます。


殿様:おぉさようか。

   うむうむ、これじゃ、ダリじゃ!

   は満足に思うぞ!


留太夫:ありがたき幸せに存じます。


殿様:あいや、まだ足らぬな。


留太夫:えッ!!?

    ま、まだ何か足りませぬでしょうや?


殿様:おお、このまま座っていては相成あいならぬ。


   醤油樽しょうゆだるをこれへ持て。




終劇




参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)



三遊亭金馬(四代目)



※用語解説


ダリ:昔、上方かみがたと言われていた京都から江戸へ名産品がやってくると、

   それをくだりもの、と呼んだ。

   ダリはその、くだりもの、を縮めて呼んだもの。


なだ生一本きいっぽん:兵庫県神戸市~西宮市にまたがる沿岸地域において、

      日本酒製造が盛んな五つのエリアを灘五郷と呼んでおり、

      「灘の生一本」は灘五郷において単一の製造場のみで醸造し

      た純米酒を指すそうです。


煮売屋にうりや煮売屋にうりやは本来、煮魚・煮豆・煮染など煮物を売る店。

    またそれを料理として提供する飲食店を指し、酒も提供するとな

    ると、 本当は煮売酒屋にうりさかやと表記する方が正しい。

    余談だが、煮売酒屋にうりさかやで提供されたつまみは、

    わかめのヌタ

    里芋の煮っ転がし

    豆腐やこんにゃくの田楽

    から汁

    ふぐの吸い物

    湯豆腐

    煮豆

    マグロの刺身

    蛤

    たこの足

    油揚げ

    などがあったそうである。


包丁人:料理人、コック。




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