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博士の手料理をごちそうになり、ソルは部屋に案内された。
「明日はリヒトくんが迎えに来るんだよね?じゃあ、リヒトくんの朝食も用意しよう。」
そう言って博士は嬉しそうにキッチンへ戻っていった。博士は育てた野菜や果物を食べてもらうのがとても嬉しいようだ。食べている間も野菜や果物の説明をしながら目を輝かせていた。ソルはそんな博士を見ているのがとても楽しかった。
部屋からの窓からは森が見えていた。昼間はなんとも思わなかったが、夜見ると『魔女の森』と言われるのも納得の不気味さがあった。ふと森の奥を見てみるとぼんやりとした明かりが見えた。ソルは気になって行ってみることにした。
森の中は木や草が生い茂っていて、なんとか道はあるものの整備はされていないようだ。
10分ほど歩くと少し開けた場所に出た。そこには大きな池があり、月がゆらゆら揺れている。池の真ん中には廃れた教会のようなものが立っており、入口までは橋がかかっている。ところどころ崩れてはいるが渡れないほどではない。
教会の窓からは明かりが漏れている。部屋の窓から見えた明かりはここから漏れる明かりだったのだろう。ソルはそっと橋を渡り入口の横の窓から中を覗いた。
教会の中には黒いワンピースを着た女と博士達と同い年くらいの割腹のいい男性がおり、その2人の前には少年達が3人倒れている。
『どういうことだ!?何してるんだ!?』
ソルは叫びそうになるのを必死に堪えた。中で何が起こっているのか想像もつかない以上今教会の中に飛び込むのは得策ではないだろう。森で倒れていた人を保護していただけという可能性もある。すると中から声が漏れ聞こえてきた。
「お父様、この子達はどうしますか?」
「こいつらはあの方に選ばれたんだ。いつものように頼むぞ。ルミエの力は本当に素晴らしいよ。あの方も褒めてくださってたぞ。」
「お役に立てて嬉しいです。では始めますね。」
ルミエと呼ばれた女性はそう言うと右手の上に桔梗の花を咲かせ顔の前に持ってくると、倒れている少年たちに向かってふぅっと吹いた。すると倒れていた少年たちは起き上がり、女性の前で膝まづいた。
「あなたたちはこれからあの方のもとへ向かい、あの方へ全てを捧げなさい。あなたたちの花も力も命もあの方のものと心得なさい。」
「かしこまりました。」
少年たちは胸に手を置き応えた。その目は光を失い真っ黒で、まるで人形のようだった。
『これは保護なんかじゃない。少年たちを助けないと。』
ソルは教会の中へ飛び込んでいった。
「何をしてるんだ!?」
ソルは低い声で叫んだ。ルミエとお父様と呼ばれていた男は驚きこちらを向いた。
「誰だ!?なぜここにいる?くそっ、時間がない、早くあの方へこいつらを届けなければ…。ルミエ、こいつをなんとかしろ!」
ルミエは桔梗をこちらへ飛ばしてきた。ソルは綿毛で桔梗を弾き飛ばした。
「なっ!?桔梗が…。あなた自身を操れないのならこうするしかないわね。あなたたち、あの人を捕らえなさい。」
命令された少年たちが胸に手を置き「かしこまりました」と答えると、一斉にソルに襲いかかってきた。操られているらしい少年たちを傷つけたくなくて、ソルは綿毛を出すのをためらった。その一瞬のためらいの間に一人の少年がソルの腕を後ろに捻り上げた。その瞬間バチッと音がして少年が離れた。
『なんだ、今の音?もしかして…シエルのヒイラギか!』
スリや盗賊ではなかったが、どうやら保護が働いたようだ。しかし本人が近くにいるわけではないため、このヒイラギも消耗品のようなものだろう。今一度反応させてしまったため、この後も効果があるのかどうかわからない。
「弾いた…?あなた…もしかして、あなたもアザミを使えるの?アザミのせいでいじめられたりしたことはない?」
急にルミエが労わるような声で言った。なぜそんなことを聞くのかわからないが、ルミエはあなたもと言った。ということは桔梗ともうひとつのマナフルールがアザミなのだろう。アザミといえばルイ博士が興奮していたあの花だ。あの花は近所の人の娘の花だと言っていた。
「お前、ラークか?」
「なんだ、お前。わしのことを知っているのか。それなら尚更逃がすわけには行かんな。ルミエ、わかってるな?」
「…はい、お父様。あなたたち、なんとしても捕らえなさい。弾かれたって痛くたって我慢なさい。」
また少年達が一斉に襲いかかってきた。今度は両側から腕を掴まれそのまま膝をつかされる。バチバチとヒイラギの保護の音がなり、少年たちの顔が苦痛に歪んでいる。しかし、バチバチという音も少しずつ小さくなっている。もうすぐシエルが込めた魔力が尽きるのだろう。
ソルは綿毛で少年たちを引き離すと同時に少年たちにカモミールを飛ばし癒しの力を使った。すると少年たちはその場で眠るように倒れた。
『桔梗の花言葉は確か服従だ。この少年たちはルミエに従わされていただけに過ぎない。綿毛の力で服従は解けているはず。また桔梗を使われる前に…。』
ソルはそのままルミエを捕らえようと腕を掴んだ。すると、鋭い痛みが走りソルは弾かれた。驚いてルミエを見るとルミエの手にはアザミが咲いていた。
「わたしを捕らえるなんてできないわ。このアザミがあれば触れることすらできない。わたしの言う通りにできなかったその子たちも、わたしに刃向かったあなたも報復を受けなければいけないわ。」
そう言ってルミエは手の上のアザミをふぅっと吹いた。するとアザミの花びらが針のように鋭くなりこちらを向いて飛んできた。少年たちに向かうアザミにはとっさに綿毛を飛ばしたが、自分に向かってくるアザミに飛ばすのは間に合わなかった。
その時、目の前にヒイラギの葉が一枚降ってきてアザミの花びらはソルの目の前でポトポトと落ちた。驚いて後ろを見るとシエルとリヒトが立っていた。
「ヒイラギの保護が働いた気配がしてきてみれば、どうなってんだよ、これは。」
ヒイラギに込めた魔力が使われたのがシエルには感知できるようだ。どうやら使われた場所もわかるのだろう。それでリヒトにここまで連れてきてもらったようだ。リヒトは今日だけで相当移動してるに違いない。カモミールで癒しておこうかとリヒトを見ると、リヒトは何故か目を見開き動揺している。
「ルミエ…。」
「リヒト…。なぜここに…。」
ルミエもとても動揺している。ソルは昼間に聞いたリヒトが人を探しているという話を思い出した。
「リヒト、まさかこの人…。」
「そうだよ。僕が探していた子はこの子だ。幸せに暮らしていてほしかったのに、こんなことになってるなんて…。なんでなんだよ!」
リヒトはとても悲しそう顔で叫んだ。するとルミエの顔が険しくなった。
「何を言ってるの?わたしは幸せよ。こんな使い方しかできないわたしの花が、こんなにお父様の役に立ってるのだもの。孤児院にいた頃は人を傷つけるこの花のせいでみんなにいじめられたわ。でも今は桔梗も咲いてわたしの花は求められるようになった。わたしの花を求めてくださるお父様やあの方へ恩返しするのよ!」
シエルとソルの頭の中にブランの事件が浮かんだ。「またあの方かよ…。」とシエルは呟いた。
「ルミエ…。人を傷つけたくないって言ってたじゃないか…。この花でも人を傷つけず役に立って愛される花にしてあげたいって…。」
「うるさい!お父様もあの方もこの花を愛してくださってる!わたしの願いは叶ったのよ、他の人なんてもうどうでもいい!これ以上わたしに関わらないで!」
ルミエが叫ぶとルミエの周りにたくさんのアザミが咲いていく。そして鋭くとがり一斉にこちらを向いた。
「なんでルミエが自分で愛してやらないんだ!ルミエみたいにこんなに可愛い花なのに、そんな攻撃的な花にしちゃだめだ。もっと花を信じてあげて。ほんとにルミエの花を愛してくれる人はその2人だった?ルミエが愛してほしい花はそんな攻撃的な花なの?」
リヒトの言葉にルミエの淡い紫色の瞳が揺れた。
「何をしている、ルミエ。あの方がお待ちなんだ、早くしないか!」
ラークが怒鳴るとルミエはビクッと体を震わせた。
ルミエは震える体を両手で抱きながら俯いた。
「お父様の役に立たなくては…。でも…、わたしは…。」
「ルミエはどんなにいじめられたって相手に仕返ししたり傷つけるようなことはしなかったじゃないか。この花は人を傷つける花じゃないからって。」
ルミエは目にいっぱいの涙をためながらリヒトを見つめた。そして声を絞り出すように言った。
「わたしのアザミは…。傷つけられるのが怖くて棘で守ってるだけなの。ほんとは優しく触れてほしい。可愛らしいこの花は…わたしを思ってくれる人を助けるために使いたい!」
ルミエとルミエのアザミが淡く優しい光に包まれた。そしてルミエは桔梗を咲かせるとラークに向かってふぅっと吹いた。ラークは「ルミエ、やめろ!」と叫んだかと思うと力が抜けたようにルミエの前に膝まづいた。
「お父様、これからあなたは警備隊に自首をしなさい。それからこの子たちが無事に帰れるようこの子たちの身元も伝えるのです。」
ルークが胸に手を当て「かしこまりました」と答えると教会から静かに立ち去って行った。
「この子たちをわたしの家に運んで通報しましょう。お父様が自首すれば全て解決するはずよ。もちろんわたしもこの子たちが保護された時に全て話すわ。」
ルミエの目にはもう迷いはなかった。
そうしてみんなでルミエの家へ移動した。警備隊が来るまでの間ルミエはラークに引き取られてからの話をしてくれた。
ラークは始めルミエのアザミを可愛いと褒めてくれていた。ルミエは喜び、ラークをお父様と呼んですぐに懐いた。
そうしてある日、ラークは数人の少年を連れてきた。孤児院で目星をつけて引き取ったり、貧しい少年に仕事を紹介すると言って連れてきていたのだ。そしてルミエに少年達を「躾けろ」と言った。言うことを聞かない時はアザミで傷つけろと。ある程度言うことを聞くようなると、奴隷として少年達を売り飛ばしていた。
ルミエは最初そんなことはできないと抵抗していたが、やらなければルミエが殴られた。いつしかルミエは抵抗しなくなった。ルミエは殴られてもラークからの親の愛を求め信じていたため、ラークに対してアザミを咲かせることはなかった。
そして15歳のとき桔梗が咲いたのだ。ラークは躾けなくてもすぐに売り飛ばせると喜んだ。そして桔梗を咲かせたルミエをとても褒めた。ルミエはそれが嬉しくてラークのために桔梗を咲かせ続けた。
そんな時ラークの客として『あの方』が現れた。あの方との取引はいつも代理の人間が間におり、ラークでもあの方と直接会ったことはなかった。ただとても高く買ってくれるため、ラークは少年達を最初にあの方に見せるようになった。選ばれた少年達はあの方用の『服従』をかけ、選ばれなかった少年達は奴隷として売っていた。
「すぐに助けてあげられなくてごめんね…。」
リヒトは目に涙を浮かべ手をグッと握りしめている。そんなリヒトの手をルミエはそっと包みこんだ。
「ううん、いいの。リヒトとの思い出を支えに今日まで生きてきたの。リヒトはいじめられてるわたしをいつも助けてくれたし、アザミを見ていつもルミエみたいで可愛いって言ってくれてた。リヒト、わたしとこの花を救い出してくれてありがとう。」
リヒトの目からはボロボロと大きな涙の粒が落ちていった。
やがて警備隊がやってきて少年達を保護し、ルミエが連れて行かれた。ルミエは穏やかな顔で家を後にした。
「さぁ、遅い時間だし3人でルイ博士の植物園に泊まっちゃおうか。朝起きた時ルイ博士びっくりするかな?楽しみだね。じゃ、行こうか!」
リヒトは笑顔で言った。そこにいるのは泣いていたリヒトではなく、いつもの明るいリヒトだった。




