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ブランの体が見つからないまま夏を迎えた。成人花は無事に咲き、当初の目的は達成されたがその後も植物園においてもらっている。ソルの知識も植物園に来た頃とは比べ物にならないほど増えていた。カモミールには癒しの力があることもわかり、魔力の使いすぎによる疲労を癒したりもできるようになった。ブランのポピーを一瞬で全てカモミールに変えたことで魔力を大量に消費したはずだが、ソルの魔力は乱れることなく安定していたようでシエルが驚いていたが、カモミールが癒してくれていたのだろう。ステラのように治療したりする力はないが、植物園の一員として手伝いもできるようになった。朝起きて朝食までの時間に温室の掃除をしながら植物を観察するのが日課となっている。
「おーい、ソルー!」
ソルが温室の掃除に向かおうとしているとステラに呼び止められた。
「おはよう、ステラ。今日も元気だな。」
「あのね、ソル。来週シエルの誕生日なんだけど、朝食を食べたらケーキの予約に行ってきてくれない?」
植物園に来てしばらく経つが、ソルはシエルの誕生日を知らなかった。植物園に来た日は時間が遅かった事もあって簡単な挨拶しかしなかったし、翌日にはルイの行方不明事件があり自己紹介どころではなかった。改めて自己紹介なんてのも少し恥ずかしいし、既にすっかり打ち解けていたため自己紹介をしないまま過ごしていた。
「そっか。そういえば俺、みんなの誕生日知らないや。」
「そういえばそうね。ソルの誕生日はここへ来た日よね。フィーネの診療所の先生からソルのカルテはもらってたからわたしたちは知ってるの。ちなみにわたしはクリスマス生まれなの。覚えておいてね。」
ステラはニコッと笑った。プレゼント宜しくねってことなんだろう。プレゼントをねだられるのも不思議と悪い気はしなかった。ソルは一人っ子だが、妹がいたらきっとこんな感じなのだろう。ソルは優しく微笑んだ。
「わかったよ。それで、どこで予約してきたらいいの?」
「ここよ」とステラは地図を手渡した。ここから2時間くらいの所にあるミリューという街にある洋菓子店のようだ。
「ミリューにも植物園があるから見学してくるといいわ。連絡してあるから。遅くなるだろうから今日はそのまま植物園に泊まらせてもらうといいわ。パパは3日泊まってきたりするけど、ソルはちゃんと明日には帰って来てね。」
街の植物園は博士の同級生がやっているらしく、植物やお互いの研究について話していると止まらなくなってしまうようだ。放っておくといつまでも帰ってこないので4日目には近所の人に迎えに行ってもらうらしい。
「了解!それじゃあ掃除だけしてくるよ。」
そう言ってソルは植物園の掃除を急いで終わらせ、朝食を食べると簡単な身支度をするため部屋へ戻った。カバンに荷物を詰め終わった頃、開けたままにしていた扉からシエルが入ってきた。
「お前、一言くらいかけてから入ってきてくれよ。」
シエルは当然のようにソルの小言を聞き流している。
「ステラが下で呼んでる。それとこれ持っていけ。」
そう言ってシエルはヒイラギの葉をソルに手渡した。ヒイラギはシエルのマナフルールだ。植物園に来た日、萎れかけた花を保護したり、ブランに眠らされそうになったとき守ってくれたりした。
「俺の魔力を追加で注いであるから3日は保護の効力が続くはずだ。成人花が咲いたとはいえお前はまだまだ子供だからな。スリや盗賊のエサになりかねない。」
「おいおい、同い年だろ…。まぁ、ありがとな。」
シエルは一見冷たく見えるが実は優しいし熱いやつだということをソルは知っている。このヒイラギもソルを心配して用意してくれたんだろう。素直じゃないがシエルらしいなとソルは思った。
シエルと一緒に階段を降りていくと、ステラが銀髪の青年と話していた。
「あ、来た来た!ソル、紹介するわね。彼は近所に住んでるリヒトよ。」
「はじめまして、ソルくん。ステラちゃんから話はよく聞いてるよ。シエルやソルくんと同じ17歳だよ。気軽にリヒトって呼んでね。」
「はじめまして。俺もソルでいいよ。」
透き通ったピンク色の瞳をしたリヒトは中性的で整った顔をしていて、男女問わず虜にしそうだ。綺麗な顔をしているが、ニコッと笑うと可愛いという言葉がよく似合う。マナフルールはローダンセだそうで花言葉に飛翔があるらしく、物を飛ばしたりできるため、宅配の仕事をしているようだ。
「仕事を効率化したくて自分の中でローダンセと対話しながら何度も何度も練習したら今では飛翔というよりテレポートのようになっちゃったんだよね。」
サラッと言っているがなかなかすごいことをしている。マナフルールは心と繋がっていると言うが、花言葉の意味を大きく外れない限りは割と自由らしい。とはいえ普通にできることではない。一度覚えた言葉の『概念』を変えるというのは意外と難しい。柔軟な考え方をできる人のほうがマナフルールを有効に使いこなせるのかもしれない。
「前に大きな怪我や病気の人にはセントラルの治療院に行ってもらうって言ったでしょ?いつもリヒトに運んでもらってるのよ。そこで今日はミリューまでソルを運んでもらおうと思って。」
リヒトと一緒にというのが前提だが、人も運べるらしい。ミリューの植物園へ博士を迎えに行く近所の人というのもおそらくリヒトだろう。どうやら結構便利…ではなくすごい人のようだ。
「ソルを送ったらすぐ帰ってこいよ。俺は今日セントラルに用事がある。」
「シエルは人使いが荒いよ〜。セントラルまでは結構魔力使うんだからね。僕じゃなかったら行きだけでヘトヘトになるよ。」
セントラルはこの国の中枢だ。セントラルに行けば何でも揃うと言われており、流行もセントラルから始まる。ソルが行く街も栄えてはいるがセントラルに比べるとこじんまりしている。植物園からセントラルまでは馬車でも1日半かかる。大抵は途中で宿に泊まるため、2日かけて行くことになる。それを一瞬で移動するとなると結構な力を使うだろう。
「お前くらい魔力を溜め込んでるやつは使いすぎるくらいがちょうどいいんだよ。」
「はいはい、じゃあソルにミリューの街を案内だけして戻ってくるよ。」
リヒトがやれやれといった感じで返事をした。シエルが猫ならリヒトは犬のようだなとソルは思った。
「さぁ、準備はできてる?出発しようか。」
そう言うとリヒトはソルと向かい合いスッと手を出した。リヒトの手のひらの上に鮮やかなピンク色の花が咲き、プロペラのようにクルクルと回りだした。回転はどんどん速くなっていく。
「いってらっしゃーい!」
ステラの声が聞こえたかと思うとソルとリヒトの周りが光の壁で覆われ何も見えなくなった。