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翌朝、シエルはまだ部屋へ戻っていないようだった。研究室に行ってみると花瓶の水の分析は既に終わっていた。


「シエル、花瓶の水なんか調べてどうしたのよ。」


昨日はシエルの勢いに負けて聞けなかったのだろう。ステラが両手を腰に当ててシエルに問いかけた。


「この花瓶にはホトトギスの花が刺さっていたんだ。わずかだがルナの魔力も残ってた。それがルイの成人花だ。」


「ルイの成人花ってゼラニウムでしょ!?わざわざ調べなくたってシエルも見たじゃない!」


シエルは机の上で開いている本を指さした。そこにはゼラニウムの花の写真と生態、花言葉が載っている。


「そうそう、これよ!花言葉は…真の友情、信頼…それから…」


「色だよ。ソル、マリンが咲かせた花も同じ色だったよな。」


ステラが本を読み上げている途中でシエルがソルに問いかけた。ソルがマリンに見せてもらった花もルイが咲かせた花も白だった。ソルはステラの手から本を奪い取るようにして読んだ。


「白いゼラニウムの花言葉は…偽り…。」


「そうだ。あれは偽りの成人花だったんだ。それで魔力の違和感の正体にも気が付いた。マリンの魔力にもルイの魔力にも別の人間の魔力が混ざってた。おそらく成人花の種ごと奪われたんだ。だから魔力は器を失って乱れてたんだ。奪った成人花をごまかす為に偽りの花を残したんだ。記憶喪失という偽りの状況つきでな。」


ステラはただただ驚き黙っていた。本当にそんな事ができるのかと半信半疑ではあるが、シエルの言っている通りだとするとすべて説明がつく。成人花を奪ってしばらくは気付かれないだろうが、いつまでも咲かない状況が続くと気付かれる可能性がある。ましてやマリンは成人花が咲いたとルイに手紙まで出していた。だから偽りの花を残したのだろう。他人の花の力で映し出されただけの花だったからぼんやりとしか見えなかったのだ。


「その偽りの花を引き離したらどうなるんだ?」


ソルはシエルに問いかけた。


「あの花には本人の魔力が注がれてるわけじゃないから影響はそんなにないだろう。記憶もすぐにではないだろうが徐々に戻ると思う。」


「俺の誕生花はたんぽぽだ。綿毛の力を使えばゼラニウムを引き離すことができるかもしれない。」


成人花を種ごと奪うことができるのであれば、取ってつけたような偽りの花を引き離すことくらいは簡単にできるだろう。ソル達は急いで孤児院へ向かった。





孤児院につくとすぐルイの部屋へ向かった。ルイはだいぶ元気になっていた。机の上にはスターチスの花が置かれていた。


「それ、リヤンにもらったの?」


「ううん、さっきリヤンの部屋の前で拾ったのよ。ノックしたけど返事がなかったから後で返そうと思って。」


シエルは慌ててそのスターチスを手に乗せると魔力を込めた。するとリヤンの部屋が映し出された。


コンコン


「リヤン、ちょっといいですか?」


リヤンが扉を開けるとブランが立っていた。


「神父様が裏の倉庫で手伝ってほしいことがあるとおっしゃっていたのですが、リヤン行けますか?」


「大丈夫だよ!すぐ行く!」


リヤンが部屋から出るとこで映像は終わっていた。


「ステラはルイと一緒にいろ!」


シエルはそう言いスターチスをルイに預けるとすぐに倉庫へ走っていった。ソルはシエルの後について倉庫へ向かった。


倉庫には誰もいなかった。代わりにまたスターチスが落ちていた。シエルはそれを拾い映像を映し出した。


「ブラン、以前俺にマナフルールを見せてくれたことがあったよね。確かポピーとゼラニウムだ。」


「ええ。覚えていたのですね。ルイもゼラニウムなのですよね。」


「同じ花を持つ人はたくさんいる。でもルイに咲いてたゼラニウムの花はブランの香りだった。あの時と同じポピーの香りとゼラニウムの香りが混じってた。」


「そのポピーってこれかしら?」


ブランがニヤリと笑い右手を差し出すと手のひらに白いポピーの花が咲いた。その白いポピーが強く光った瞬間リヤンがバタリと倒れ映像が終わった。

リヤンはルイの花が偽りの花であることも、それを咲かせたのがブランだということも気付いていたのだ。ソル達にそれを知らせるためにスターチスを気付かれないように残したのだろう。自分が危険な目に合うこともわかっていて…。


「どうかしたのかい?」


振り返ると神父さんが立っていた。


「ブランはどこ!?」


「以前お世話になった方が病で倒れたと連絡があったみたいで隣町へ向かったよ。しばらく泊まってくるみたいで荷車に荷物を乗せて持っていったよ。」 


おそらくその荷物の中にリヤンが乗せられているんだろう。シエルが思い出したように叫んだ。


「教会だ!隣町の教会に向かったんだ!」


マリンもルイも保護されたのは隣町の教会だ。おまけにブランの出身地も隣町だ。おそらく火事というのは嘘で、もともと隣町の教会の人間なのだろう。


ソルとシエルは急いで隣町の教会へ向かった。教会の扉を開けるとブランが祈りを捧げていた。ブランの横にはリヤンが仰向けで倒れている。


「死んではいませんよ。眠っていただいているのです。眠っていてくださらないと記憶を偽ることはできませんから。」


そう言って、ブランは微笑みリアンの顔をなでた。ここだけを見たら子供を愛するシスターのように見えるだろう。しかしソルにはとても恐ろしく見えた。


「リヤンの成人花はご存知かしら?昨日の夜開花したのですよ。アイビーですって。素敵ですよね。花言葉は『不滅』。あぁ、あの方に捧げたい…。」


ブランは淡い紫色の瞳をギラギラと輝かせ、うっとりとした笑顔を浮かべている。


「ルイのホトトギスの花言葉は『永遠の若さ』。不老不死にでもなるつもりか?」


シエルが冷たく言い放った。フフフとブランは楽しそうに笑った。


「あの方さえ永遠でいてくだされば、他はどうでもいいのです。私が仕える神はあの方ただお一人。わたしはあの方の為だけのシスターなのです。この身だって喜んで差し出しますわ。でもダメなのです。開花したばかりの成人花でなければ取り出せない。根付いてしまった成人花を無理やり取り出すと魔力も種もたちまち枯れてしまうのです。ほら、あなたのお母様のように。」


そう言ってブランはほの暗い微笑みを浮かべながらシエルを見つめた。


「なっ…!?母さんを殺したのもお前か!!!」


シエルは怒りに満ちた目でブランに掴みかかった。


「正確に言えばわたしではありません。」


そう言ってブランは静かに手のひらを広げた。


「シエル離れろ!」


ソルは叫ぶと同時に綿毛を飛ばしシエルを引き離すとともにブランの手のひらに咲きかけたポピーを弾き飛ばした。


「あらあら、乱暴じゃありませんか。」


ブランは初めてあった時に感じたおしとやかさを感じられないほど狂気に満ちた目をしている。

ブランが両手を広げると教会の一面にオリエンタルポピーが咲き乱れた。床だけでなく壁や天井までもオリエンタルポピーで覆われている。


「一瞬でこんなに咲かせるなんて…。」


「ポピーにはいろんな種類があるんですよ。花言葉も色々。オリエンタルポピーには繁栄という花言葉があります。魔力も一輪分込めるだけでお花畑が作れるんですよ。まだまだ他の花も咲かせられますよ。この中に白いポピーを咲かせたらどうなるかしら。お花畑でお昼寝なんて素敵でしょう。」


ブランは新しいおもちゃを前にした子供のようにただただ楽しそうに笑っている。白いポピーを一輪咲かせたところでソルの綿毛で弾くことはできるだろう。ただオリエンタルポピーの力を使われ一面に白いポピーを咲かせられたらソルが綿毛で飛ばす前に眠らされてしまうかもしれない。ブランの足元に白いポピーが一輪咲くのと同時にシエルが手のひらを力強く開いた。シエルの手のひらからひいらぎの葉が3枚飛び、シエル、ソル、リヤンの足元に落ちた。


「ひいらぎの保護があれば、白いポピーをいくら咲かせたって俺たちには発動しない。」


シエルが静かに告げた。眠ってしまう心配はなくなったがひいらぎから離れると保護が効かなくなるためブランに近づくことはできない。ソルは綿毛を飛ばしオリエンタルポピーごと白いポピーを飛ばそうとしたが、教会一面に咲いたポピーを一度に消すことはできず、消しても消してもポピーが増えていく。

するとシエルが両手をブランに向けて伸ばした。シエルの手からは棘のあるツルが伸びていきブランに巻き付いた。


「うぐっっっ!」


ブランは唸ったかと思うと、すぐにニヤッと笑った。


「これがなにかご存知ですか?」


シスターブランの手の上にはシャボン玉のようなものがふたつ浮いていてその中に植物の種が一つずつ入っている。


「右がハゲイトウの種で左がホトトギスの種よ。」


ホトトギスはルイの成人花だ。ハゲイトウはおそらくマリンの成人花だろう。


「何をする気だ!」


「以前頂いた種をわたし誤って潰してしまいまして。そしたらどうなったと思います?その方起きなくなってしまいましたの。これはあの方に捧げるつもりだったのですけど、今ここで潰してみてもいいかもしれませんね。それはそれであの方の研究のデータになるかもしれません。」


ブランはマリンとルイの命を人質にしているのだ。「やめろ」と小さくつぶやいたシエルは悔しそうに腕を下ろした。ツルはシュルシュルとシエルの手の中へ戻って行った。


「聞き分けが良くて助かります。皆さんいい子ですね。フフフ。リヤンのアイビーも欲しかったのですがわたしでは取り出せませんし、この状況の中で連れて行くのも大変そうなので諦めます。ではわたしはあの方へこちらを捧げに行ってまいります。」


ブランはこちらに背を向けて教会の扉へ向かって歩き始めた。


『ここから動けば眠っちまうし、2人の命を人質にとられている以上下手に動けない…。でも…助けたい!!!』


ソルが考えてる間にブランは教会の扉を開けようとしていた。


「俺は17年、雑草と共に生きてきたんだ。踏まれても踏まれても立ち上がる。雑草魂なめんなよ!!!」


ソルが叫ぶと、ソルの体が光を放ち教会一面に広がっていたポピーはカモミールに変わっていた。

ブランが驚いて振り返った。

その一瞬の間に葉の付いたツルが2人の種を包み込みスルスルと戻っていった。ツルの行き先を目で追うとリヤンが種を抱えていた。


「そんなっ!?まだ目覚めるはずが…!」


シエルは一面に咲いたカモミールを見てフッと笑った。


「なるほど、ソルの成人花か。そりゃなかなかカモミールを咲かせるほどの経験なんてできないよな。」


カモミールの花言葉は『逆境に耐える、苦難の中の力』。ソルは幸か不幸かこれまで逆境といえるようなことや苦難というほどの状況に立たされたことはなかった。当然成人花が心に反応するはずもなく今まで咲かなかったのだ。ソルは意図してカモミールを咲かせたわけではないが、「助けたい」という思いにカモミールが応えたのだろう。

カモミールの力でリヤンは目覚め、ブランの隙をついて2人の種を取り戻したのだ。

すかさずシエルは棘のあるツルを伸ばしブランを拘束した。


「あの方って誰だ!そもそも人の種を奪ったってその力を宿すことはできないだろ!」


「アハハハハ!そうですね。私達も毎回失敗してしまいます。でもね、成功例があるからこそ研究しているのですよ。ね、シエルさん。」


シエルはハッとして言った。


「ステラのことを言ってるのか!?何でお前が知ってる!?」


「さぁ、どうしてでしょうね。あの方の正体にたどり着いたらわかるでしょうね。ウフフ。では…さようなら。」


ブランは不気味な程穏やかに別れの言葉を放つと「我が毒よ」と小さく呟いた。するとブランは白いポピーの花に包まれたかと思うと、ガハッと血を吐き倒れた。その顔は驚くほど幸せそうな顔をしていた。



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