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朝起きて昨日のことを思い返しながら下へ降りていくと、昨日の重い空気は少しも残っていなかった。
「さぁ、君たちが元気に調査できるように今日は僕が特性の薬草スープを用意したよ!」
博士はスープに入れた薬草の名前と効能をひとつずつ説明している。机の上にはドロッとした緑色のスープが並んでいた。魔女が煎じたのかと思うような見た目のスープは独特な匂いを放っていた。
「うわぁ、朝からなんてもの出すんだよ…。」
ソルに続いて下へ降りてきたシエルが眉間にシワを寄せて鼻をつまんでいる。博士が「さぁ、どうぞ」とキラキラした目で勧めるので一口飲んでみると声が出ないほどの苦味が口の中に広がった。
「ほら、良薬口に苦しって言うだろう?君達の体を想って心を込めて作ったんだ。」
博士は何故だが誇らしげにしている。
「そんなもの飲まなくていいから。飲むならこっちを飲みなさい。あとこっちはいつもの朝食。」
シエラの手によって魔女のスープは爽やかなドリンクに生まれ変わっていた。牛乳やフルーツを混ぜて飲みやすく改良したらしい。
「あぁ、ステラ!捨てることなくちゃんと使ってくれるなんて!なんていい子なんだ〜!」
博士はステラに抱きつこうとしたが避けられてしまった。「ステラ〜」と博士はしょんぼりしている。
「さぁ、食べたら早速孤児院へ向かうわよ!」
教会の前でリヤンがソル達を待っていた。
「昨日ルナの部屋で手紙を入れてた箱を見つけたんだ。でも神父さんが「人のものを勝手に持ち出しちゃいけない」ってルイの部屋に戻しちゃった。」
「仕方ないわ。神父さんに事情を話して許していただくしかないわね。」
4人で教会に入るとリーベが掃除をしていた。
「あら、昨日ぶりですね。だけどルイはまだ帰ってきてないんですよ…。」
「その事で神父さんにお願いがあるの!」
「神父さんは出かけているんですよ。昼頃には戻られると思いますが。わたしでよければ代わりに聞きますよ?」
ステラが事情を話すとリーベは快くルイの部屋へ入れてくれた。
「わたしだってルイのこと心配なのです。無事だといいのですが…。すみません、お掃除が残っているのでわたしは失礼します…。」
リーベは名残惜しそうに戻っていった。ルイの部屋はベッドと机と棚があるだけのシンプルな部屋だった。窓際には花瓶が置いてあった。キレイに整頓された棚の中に桜色の箱がひとつ置かれていた。
「それだよ!ルイはいつもその箱に手紙を入れてたんだ。」
ステラが棚から箱を取り出した。開けてみると中には何も入っていなかった。
「そんなはずないよ!昨日の夜は確かに入ってたんだ!」
リヤンが「嘘じゃないんだ」と必死に訴えている。
「誰かが隠したんだろ。隠さなきゃならないってことはその友達の件とルイの件は無関係じゃないってことだ。」
シエルは冷静にそう言った。ソルもステラもリヤンの話が嘘だとは少しも思っていない。ルイの部屋には昨日の夕食のときと同じ重い空気が流れていた。
「そうだ!ちょっと俺の部屋にきて!」
リヤンは机の引き出しを開けるとお菓子の箱を取り出した。その中にはドライフラワーがひとつひとつ小さな袋に入っていて、袋には日付が書かれていた。
「俺の誕生花はスターチスだ。記憶の力をアルバム代わりに使ってたんだ。えーっと、ルイの手紙を見せてもらった日のは…コレだ!」
リヤンがそれを袋から取り出し手のひらに乗せるとフワッと光り空間に映像が映し出された。
「見てみて、リヤン!マリンから手紙が来たの。成人花が咲いたんですって!わたし明日会いに行くわ。」
「どこの子なんだ?あぁ隣町じゃないか。俺もついていこうか?」
「もう、リヤンは心配症ね!ちゃんと一人で行けるわよ。」
微笑ましいやり取りが映し出されている。
そこにはマリンというルイの友達からの手紙も封筒に書かれた住所もしっかり映っていた。
「すごいじゃない、リヤン!」
「ちなみにこれ、俺じゃなくても魔力を込めれば見れるんだ。見られたくないものは俺の魔力にしか反応しないようにもできるし便利だろ。」
するとコンコンとドアを叩く音がした。リヤンが扉を開けると神父さんが立っていた。
「おかえりなさい、神父さん。」
「あぁ、ただいま。ちょっと来てくれるかな?」
神父さんに続いて教会へ行くと、一人の女の子がうつむいて座っていた。その隣にリーベが座り女の子の背中をさすっていた。
「ルイ!!!!」
ステラとリヤンが同時にルイの元へ駆け寄っていった。シエルは静かに神父さんに訪ねた。
「ルイは今までどこに?」
「それがね、隣町の教会にいたんだ。今日の朝教会の前に倒れているところを保護されたようだよ。その前のことはわたしにもわからないんだ。」
ルイは教会を出てから保護されるまでの記憶がなくなっていた。ステラは弱っているルイを治療すると言って部屋へ連れて行った。リヤンもルイが心配だからとついて行った。ソルとシエルは2人でルイの友達に会いに行くことにした。
歩きながらシエルは考え込んだ様子でつぶやいた。
「ルイの魔力が乱れてた。」
確かルイはもう少しで成人花が咲きそうな様子だったとステラが言っていた。ということは魔力はある程度安定しつつあったはずだ。
「それになんだか違和感のある魔力だった。」
シエルはその違和感が何なのかまだわからないようだった。マリンの家につくまでの道中、シエルはずっと難しい顔をしていた。
「ここだな。」
コンコン
「はーい。どちらさま?」
出てきたのは博士と同じくらいの年の女性だった。栗色の髪をひとつに結びエプロンをつけている。洗濯をしていたのかふんわりシャボンの香りがした。
「はじめまして。隣町の植物園から来ました。ルイの知り合いなんですが、マリンさんにお話を伺いたいんですが。」
「まぁ、ルイちゃんの!ちょっと待ってね。」
しばらくしてクリクリとした目の女の子が出てきた。さっきの女性と同じ栗色の髪で肩くらいの長さだ。白いカチューシャに淡い黄色のワンピースを着ている。
「はじめまして、マリンです。ルイは大丈夫ですか?わたしさっきルイの話を聞いて教会へ行ったんですけどもう帰ってしまった後だったみたいで…。」
「ルイは大丈夫です。少し憔悴してる様子ですがうちで治療してますのですぐ元気になるかと。」
マリンは安心した様子でよかったぁと言った。ソルはマリンにルイの件がマリンの行方不明と関連があるだろうということ、その事で成人花を咲かせた時の話と行方不明になったときの話を聞かせてほしくて来たことを話した。マリンはお役に立てるかわかりませんがと前置きした上で話し始めた。
「わたし、成人花を咲かせた時からの記憶をなくしているんです。ルイに成人花の話を聞いて咲かせてみたらゼラニウムの花が咲いて驚いたほどです。
行方不明になった時もいつ家を出たのかすら覚えていないのです。気付いたら教会で保護されていました。」
「お話できることがなくてすみません」とマリンは申し訳無さそうに言った。シエルがマリンに成人花を見せてほしいと頼むとマリンはそっと手を出した。フワッと光ったあと手のひらの上にゼラニウムがぼんやり咲いた。
「まだ安定しないのかしっかりと咲かせることができないのです。」
マリンにお礼を言うとソル達は教会に戻ることにした。別れ際にマリンからルイにまた会いに行くと伝えてほしいと伝言を頼まれた。
帰り道、またシエルは難しい顔をしていた。何かを考え込んでいるようだ。
「あの魔力…同じだ。魔力の乱れも違和感も。それが何なのかが分からない…。」
「成人花が咲いたら魔力が安定するんじゃ…?」
確かにマリンの成人花はぼんやりとしていた。まるでスクリーンに映し出された映像のように。それが魔力の乱れの影響なのだろうか。
教会に着くとステラが待っていた。
「ルイは眠ってるわ。リヤンも着いてるし大丈夫だと思う。」
そう言うとステラはソル達の前に手を差し出した。手のひらの上にはスターチスの花が乗っている。リヤンの花だ。シエルが自分の手に移し魔力を込めると、淡く光り映像を映し出した。
ベッドにルイが仰向けに寝ている。ステラが手をかざすとルイの体が淡い光に包まれた。するとルイの胸のあたりが光りぼんやりと花が咲いた。
「ゼラニウム!!」
ソルとシエルは目を見合わせた。さっきマリンが見せてくれた成人花と同じものだ。するとシエルが何かに気付いたようにハッとした顔をしてステラに言った。
「ルイの部屋の花瓶を持って来い!中の水は捨てるなよ!研究室に持っていく。」
シエルは花瓶を受け取るとそのまま研究室にこもった。ステラは何かわかったらちゃんと教えてよと言い部屋へ向かった。ソルもそれに続いて部屋へ行きベッドに横になった。なんだか落ち着かない気持ちを抱えたまま眠りについた。