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「起きて〜!!朝よ〜!!」
ステラの元気な声で目が覚めた。下へ降りていくと、朝食の用意ができていた。シエルもステラの声で目覚めたのか目をこすりながら起きてきた。
「今日は孤児院に行くからちゃちゃっと食べちゃってね。」
「孤児院?」
「近くにある教会よ。シエルとわたしで定期的に訪問してるの。子供たちの様子を見に行くのよ。」
そういえば植物園に来る道中で教会を見た気がする。ソルは植物園でお世話になるお礼に何か手伝えたらいいなと思っていたが、研究についてはちんぷんかんぷんで手伝えそうにない。でも子供の相手ならできるんじゃないかと思った。もともとソルは子供にとても好かれるタイプだ。
「俺も一緒に行っていい?」
「いいわよ!神父さんやシスターに紹介したいし、ちょうどいいわね。」
ステラはラムル博士の方を向いて「いいわよね?」と確認している。
「成人花の話はシエルくんから聞いたんだよね?じゃあ僕から話すこともないし、行っておいで。いつどんな経験が成人花を咲かせるかわからないしね。」
博士は優しくそう言ってくれた。シエルは興味なさそうに黙って朝食を頬張っている。
「じゃあ30分後に温室前で待ち合わせね!パパ、食器は片付けておいてね。」
「はいはい、気をつけて行くんだよ。」
「はーい。」
「おはようございまーす!」
ステラが教会の扉を開け元気に挨拶した。こじんまりした教会だがステンドグラスが太陽の光を受けてキラキラと輝き神秘的な雰囲気だ。ステラの声が聞こえたのか奥からシスターがやってきた。
「おはようございます、ステラ、シエル。いつもありがとう。あら、こちらの子は?」
「はじめまして。ソルです!」
「昨日からうちで一緒に住んでるの。」
「まぁ、そうでしたか。はじめまして、ソル。わたしはこの教会でシスターをしています、リーベです。宜しくお願いしますね。」
リーベは明るくて可愛らしい人だった。もともとこの孤児院で育ちそのままシスターとしてここで生活をしているそうだ。簡単に挨拶を済ませるとリーベが神父さんを呼んできた。
「やぁ、ステラ、シエル。それからソル、はじめまして。早速だが奥で子供たちが待ってるよ。みんな今日を楽しみにしてたんだ。」
「じゃあ失礼しまーす。」
教会の奥は小さな居住スペースのようになっており、そこが孤児院になっているようだ。孤児院には3歳位から15歳くらいまでの15人程の子供たちが生活している。小さな子供達は同じ部屋で寝ているが、14歳になるとひとり部屋になるようだ。だいたいの子が16歳になると孤児院を出るらしい。
「おはようございます。」
孤児院ではもう一人シスターが待っていた。
「ブラン、おはようございます。こちらはソルよ。昨日からうちで暮らしてるの。ソル、この方はブラン。2ヶ月前にこの教会に来たのよ。」
ブランはおしとやかという言葉が似合いそうな人だ。隣町に住んでいたが火事で家が焼けてしまい行くところがなく困っていたところに神父さんが声をかけ教会にやってきたそうだ。
「はじめまして。」
「そういえばルイは?先月15歳になったところよね。もう少しで成人花が咲きそうって話だったし、会えるのを楽しみにしてたのよ。」
ステラがキョロキョロと周りを見渡している。
「それが昨日の夜から姿が見えないのですよ。近所の方も探してくださっているのですが…。街へ出かけているだけならいいのですが。」
リーベが心配そうにステラと話していると神父さんがまぁまぁとリーベをなだめた。
「リヤンに誕生日プレゼントを買いに行ったのかもね。今日はリヤンの誕生日だろう。あの子はいつも他の子達の誕生日を祝ってくれるからね。リヤンの誕生日プレゼントを用意するのを忘れてて慌てて買いに行ったのかもしれないね。」
「そうだといいのですが…。」
「ほらほら、シスターがそんな顔をしてては子供達が不安がるよ。さぁ子供達を見てやっておくれ。」
そう言うと神父さんは数人の子供を呼んだ。
「この子達は今月15歳の誕生日なの。シエルが魔力の流れを見てるのよ。」
ステラはひとりずつ紹介しながら説明してくれた。
「リヤンはもうすぐ開花するな。リルはもう少し先になりそうだ。」
シエルは手をかざすのでも触れるのでもなく、ただ全身をじっと見つめている。ソルは魔力を見たこともないし、相手の魔力を感じることすらできない。ただひとりひとり真剣に向き合うシエルに感心していた。
「そんなことまでわかるんだな。」
「魔力は開花する日に一気に注がれるわけじゃない。例外はあるが普通は徐々に注がれていくからな。魔力の安定度合いを見れば大体の開花時期は読める。」
全員を見終わったところで外から女の子が走ってきた。なにやら慌てている様子だ。
「ステラ来て!お庭でミーナが転んじゃったの。」
「わかったわ。少し行ってくるわね。」
女の子に手をひかれステラが外へ走っていった。窓から様子を見てみると、小さな女の子が膝を擦りむいて泣いていた。
「あれくらいなら大丈夫か。」
ちらっと窓の方を見たシエルがつぶやいた。何に大丈夫と言ったのかソルには分からずシエルの方を伺いみた。
「ステラから誕生花のこと聞いてないのか?」
「花言葉は献身だって。その力を使って治療をしてるって言ってた。」
ソルがステラから聞いたのは確かにそれだけだ。少し間をおいて「まぁステラが言うわけないか」とシエルがつぶやいた。
「まぁそれも間違いじゃない。確かにステラは献身の力を使っているが花言葉はひとつとは限らない。たいていはひとつひとつの花言葉を使い分けられるが、ステラの場合は献身を発動すると自動的にもうひとつも発動する。」
「もうひとつの花言葉って?」
ソルは植物は好きだが花言葉までは正直知らない。知っているのは自分や仲のいい友人の花のものだけだ。
「犠牲。ミーナのケガくらいならどうってことないだろうが献身を使いすぎると魔力が乱れて体を壊すんだよ。そのせいでステラは周りに比べて成長が遅い。おばさんに代わって治療をはじめてから見た目がほとんど成長してない。博士も俺も止めたがステラはおばさんに憧れてるからな。大きな病気や怪我の時はセントラルに任せるって条件で治療を続けてる。」
大きな病気や怪我の時は魔力が足りないからとステラが言っていたのを思い出した。ステラが小さいのを気にしているのにはその事も関わっているのかもしれない。ステラが少し不憫に思えそっと窓の外へ視線を移した。庭でステラがミーナの膝に手をかざしている。他の子供達が心配そうにそれを眺めている。
「ちなみにステラは周りに気を使われるのが嫌いだ。この事は絶対にステラに言うなよ。知らないフリをしてやれ。ステラを怒らせると厄介だしな。知らないフリをするのはお前のためでもある。」
シエルが目を見開いてそう言うので、知らないフリをした方がいいんだろう…。シエルはステラを怒らせた時どんな目にあったのかをブツブツ言っている。内容までは聞き取れないが目が死んでいるので相当怖かったんだろう。確かに博士の部屋で見たステラの背後には炎の幻覚が見えるほどだった。想像して身震いしているとステラがミーナを抱いて戻ってきた。ミーナの膝の傷はキレイに治っていた。
「ステラ、ありがとうございます。ミーナ、ステラにお礼は言った?」
「おねぇちゃん、ありがとっ!」
ミーナはさっきまで泣いていたのが嘘のようにニコニコしている。ステラはとても嬉しそうにミーナの頭を撫でた。
「どういたしまして。じゃあわたし達は植物園に帰るわ。ルナのこと、なにか分かったら知らせてね?」
「えぇ、必ず。心配かけてしまってごめんなさいね。」
リーベが申し訳無さそうに言った。
「いいのよ。孤児院の子供達はわたしにとって家族ですもの。」
教会を出て少し行ったところで後ろからリヤンが走ってきた。
「待って!ルイの事で知ってることがあるんだ!」
リヤンによると、ルイには買い物に行った時に知り合った同い年の友達がいた。定期的に手紙のやり取りをしたり会いに行ったりしていたそうだ。ある日その友達から成人花が咲いたから見に来てほしいと手紙をもらい会いに行ったが家にはおらず、そこから音信不通になっていた。しかしある日友達が見つかったと連絡をもらい会いに行くと、手紙を出したことも行方不明になってる間のことも全て忘れていたそうだ。
「心配するといけないからシスターと神父さんには黙っていてほしいって言われてたんだ。俺、ルイの手紙探してみるから明日また孤児院に来て!」
そう言ってリヤンは教会へ戻っていった。
その日の夕食時に博士に孤児院でのことを報告した。
「ルイがその行方不明事件に巻き込まれたのなら首を突っ込むのは危ないんじゃないかい?」
「でもそれしか手がかりがないのなら手紙を見つけてその友達に会いに行ってみたいの。」
ステラは必死に博士に頼み込んだ。
「ルイは親友なのよ。小さい頃から植物園にも遊びに来てたじゃない!ルイもわたしの家族のようなものなのよ!」
ステラの目には涙が溜まっていた。孤児院では気丈に振る舞っていたが、とても心配だったのだろう。
「わかったよ、でも単独行動はダメだ。シエルくんとソルくんも一緒に行ってやってくれるかい?」
「わかってるよ。」
「そのつもりです!」
シエルとソルが同時に返事をすると、博士は少し困ったようにほほえみ「さぁ冷めちゃうよ」と言ってスープを飲んだ。
その日の夕食は静かに終わった。