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ルイ博士の植物園に戻った頃には夜中になっていた。ソルに用意されていた部屋は3人で寝るには狭かったので、シエルとリヒトはリビングで寝ることにした。
「リヒトならルダンまですぐ戻れるだろう?2人で戻ってベッドで寝たほうがいいんじゃないのか?」
「えぇ〜、嫌だよ。僕疲れちゃったし。また朝迎えに来るなら泊まった方が楽でしょ。それに、博士の驚く顔見るの楽しみにしてるんだから。」
リヒトはニコニコ笑っていった。シエルは帰りたがるのではないかと思っていたが、意外にもすんなり受け入れてもうソファで寝る準備をしていた。
「あっ、シエル!ソファ取らないでよ。僕が使おうと思ってたのに。」
「部屋にもソファあったからリヒトは部屋で寝ればいいよ。」
「いいの?やったー!」とリヒトはソルの部屋へとついてきた。じゃんけんをしてリヒトがベッド、ソルがソファで寝ることになった。
ベッドに入るとリヒトは落ち着いた声で言った。
「シエルはさ、僕が今一人になりたくないだろうって思って気を使ってくれてるんだよ。言葉や態度には出さないけどね。僕は本当に恵まれて生きてるんだなぁ。」
リヒトはルミエのことを考えているのだろう。自分達が味わったことのない苦痛の中で生きてきたルミエ。魔力のことで苦労しただろうが、正しく使えるように世話をしてくれる人が周りにいたリヒト。ソルは2人の未来が明るくあるようにと願って目を閉じた。
「うわぁ〜〜〜!?」
ソルたちは博士の叫び声で目が覚めた。窓からは朝日が差し込んでいた。リヒトは目をキラキラさせながらリビングへかけていった。ソルも眠い目をこすりながらリビングへ向かった。
「アハハ!ねぇ、ビックリした?」
「わぁ!?リヒトくん!?朝起きて来てみればソファにシエルくんがいるし、ビックリしたなんてもんじゃないよ…。」
リヒトはルイ博士を見て嬉しそうに笑っている。ルイ博士は心なしか昨日より老けたように見えた。しかしすぐに元気を取り戻して、「シエルくんもいるなら、野菜がもう少しいるね!」と言い畑へ行ってしまった。
ルイ博士は畑から戻ってくるとテキパキと朝食を用意した。テーブルにはサラダ、野菜スープ、サンドウィッチ、フルーツヨーグルト、野菜ジュースが次々と並べられていった。
「やっぱりルイ博士の料理はおいしいね!」
リヒトは満足そうに言った。シエルは黙々と食べ進めている。それを見てルイ博士も嬉しそうにニコニコしている。
「ごちそうさまでした!」
食べ終わった後もみんなでしばらく談笑していた。昼前になるとソルは部屋から荷物を取ってきた。色々あったがルダンに戻る時間だ。
「みんな、また遊びにおいで。」
ルイ博士は優しくそう言い手を振った。ソルはルイ博士にお礼を言って、リヒトと向き合った。リヒトは「いくよ」と言うと右手にローダンセを咲かせクルクルと回した。
ローダンセの回転が止まるとルダンの植物園の温室に着いていた。すると奥からステラがひょこっと顔を出した。
「おかえりなさい!3人にお客さんが来てるわよ。」
奥の部屋で待ってもらっていると言うので3人で部屋へ向かうと、ソファに見たことのある女性が座っていた。
「ルミエ!?どうして?」
リヒトは驚いて固まっていた。するとルミエはパッと笑顔を浮かべそのままリヒトに抱きついた。
「ウフフ、ビックリした?
あのね、わたしはお父様に殴られて嫌嫌従わされていたってことで条件付きで釈放されたのよ。お父様も同じように証言してるから、嘘ではないだろうって。」
「条件って?」
ソルが尋ねた。
「教会や孤児院で奉仕活動を継続的にすることと、身元引受人がいることよ。身元引受人ならリヒトがいるでしょ。リヒトのお家に住んで、ルダンの教会で奉仕活動することにしたの。神父様にも挨拶してきたわ。」
最初にリヒトの話を聞いた時はか弱い女の子だと思っていたが、なかなか天真爛漫な子だったようだ。リヒトの方はと言うと驚いてはいるようだが、とても喜んでいる。本人達がそれでいいならいいのだろう。もとより孤児院では一緒に助け合って暮らしていたのだ。
「それにしてもよくこんな早く話が進んだね。」
「確認だー、書類だーって時間がかかりそうだったから、急いでお仕事してねって頼んだの。」
そう言ってルミエは手の上に桔梗を咲かせた。どうやら悪知恵も働くらしい。1日がかりの仕事を数時間でやらされた警備隊は今頃クタクタになっていることだろう。ルミエは敵に回してはいけないとソルは思った。
「とりあえず僕の家に案内するね。荷物は少しずつ運べばいいよ。」
そう言ってリヒトとルミエは部屋を出た。ソルも見送ろうと後ろをついて行った。すると温室の方から泣き声が聞こえてきた。
3人が温室へ向かうと幼い男の子が1人座り込んで泣いていた。
「どうしたの?お母さんは?」
「うわぁ〜〜〜ん」男の子は泣くばかりで何も答えない。すると泣き声に気付いたのかステラが走ってきた。
「この子、どうしたの?この辺では見かけない子ね。孤児院の子でもないし。迷子かしら?」
「近くでお母さんが探してるかもしれないし、一緒に探しに行こうか。」
リヒトは男の子をヒョイっと抱き上げ温室の外へ出た。ソルとルミエも一緒についていくことにした。
外へ出ても男の子は泣き続けるばかりでどっちから来たのかもわからない。するとルミエが桔梗を咲かせ男の子に向かってふぅっと吹いた。
「坊や、どこから来たのか私たちに教えて。」
すると男の子はスッと泣き止み少し離れた所にある建物を指差した。
「あそこは喫茶店だね。ちょうどランチ時だしご飯食べに来てたのかな?とりあえず行ってみようか。」
場所がわかるとルミエは桔梗をスッと消した。男の子はウッウッとまた泣き出しそうになったが、疲れていたのかリヒトの腕の中でウトウトと眠りだした。
喫茶店に着き扉を開けると、何組かのお客さんが食事をしており、空いたテーブルを若い夫婦が片付けているところだった。
「いらっしゃいませ。あら、リヒトくん。いつのまに子供が?…って…えっ!?」
奥さんがリヒトの抱いている子の顔を見て驚いている。
「ちょっと、この子をなんでリヒトくんが抱いてるの!?」
「植物園で1人で泣いてたんだよ。どこからきたのかって聞いたらここだって言うから連れてきたんだけど、泣きつかれちゃったみたい。」
奥さんは慌てた様子で「ありがとね、ごめんなさいね」とペコペコと頭を下げている。どうやら知っている子だったようだ。
「この子は甥っ子なのよ。姉がね、少し用事で出かけなきゃいけないから預かってたの。奥の部屋で遊んでたんだけど、ちょうど昼時で忙しかったから出て行ったのに気付かなかったのね。リヒトくん達が見つけてくれてなかったらどうなってたことか…。」
そう言って奥さんは顔を青くしている。男の子はお母さんが恋しくなって探そうと外へ飛び出したのかもしれない。しかし小さな子が1人でいるというのは危険だ。拐われてしまう可能性もあるし、ルダンから出てしまっていたら探すのも大変だっただろう。
「夕方には姉が迎えに来るんだけど、今日はもう店を閉めたほうがよさそうね。」
「片付けもあるだろうし、それが終わるまでは僕たちで見てるよ。ソル、ルミエ、いいよね?」
奥さんはウルウルした目でこちらを見上げると「ありがとう」とまた頭をペコペコ下げた。奥の部屋へ案内してもらうと、リヒトはベッドにそっと男の子を寝かせた。孤児院時代に年下の子を面倒見ていたようでとても手慣れていた。リヒトは優しい顔で男の子の頭を撫でていた。
「ルミエが桔梗を使ってくれなかったらこの場所にはたどり着けなかったよ。ルミエの花はちゃんと人の役に立ってるね。」
リヒトは男の子を起こさないように静かにそう言うと、ルミエに向かってニコッと笑った。
「リヒトは大げさよ」と真っ赤になりながらルミエは言った。その顔は照れながらも嬉しそうだった。
「こんな使い方しかできない」と話していた時のルミエは苦しそうだった。でもリヒトは最後までルミエとルミエの花を信じていた。ルミエが自分の花を誇れるようになる日はそう遠くないなとソルは思った。
マナフルールは心に反応する。どんな花言葉もその人の心しだいでどう咲くのかが決まるのだ。どう使いたいのか、それだけで同じ力でも働き方が違う。マナフルールを自分の欲の為だけに人を傷つける咲かせ方をする『あの方』を絶対に許してはいけないとソルは心に誓った。




