キンキンキンAlternative
乾いた風が吹き荒ぶ荒野に、二人の男の姿がある。一人は闇を思わせる漆黒の肌と、白に近い銀の髪を持つ長身で、不自然なほどに尖った耳は彼が妖精族――ダークエルフであることを見る者に伝えている。精霊銀の鎧を身にまとっているということは、魔族の中でもかなり高貴な身分なのだろう。その推測を裏付けるように、冷酷で傲慢な瞳が相手の男を見下している。
もう一人は、使い込まれた板金鎧を身にまとう、歴戦の勇士然とした男だった。中肉中背、兜は身に着けておらず、短く刈り込まれた黒髪が精悍な印象を強調している。その手に握られた大剣は自ら淡い光を放っており、おそらくは何らかの魔力を帯びているのだろう。魔法の大剣を所持している、という事実が、この男の実力の証明だった。魔法のかけられた武具は極めて高価だ。実力のない者が持てばすぐにでも奪われてしまう。
「私は魔王軍四天王の一角、『閃刃』のハルワタッド。よもや貴様のごとき卑小な人間が『幻惑』のセナンデルを破るとは思わなかったぞ」
ハルワタッドは腰の細剣を抜き、その切っ先を男に突き付けた。
「だが、セナンデルを破ったとて調子に乗られては困る。奴は四天王の中では最弱。いわば前菜。朝飯前に過ぎん。いやむしろミジンコ、いやミドリムシ、いやボルボックスと言っても過言ではない――」
「その辺にしておいてやってくれるか。セナンデルが可哀そうでならない」
武骨な見た目にふさわしい飾り気のない声音で男はハルワタッドの言葉を遮る。ハルワタッドは不快そうに鼻を鳴らし、細剣で空を切り裂いた。ヒュッという鋭い音が響く。
「あやつ如きを破ったとて、魔王軍にはいささかの痛痒もない！ この私がここで貴様を殺し、貴様を勇者よ、英雄よと祭り上げる愚かな人間どもの増長を砕いてくれよう！ いくぞ！」
ハルワタッドが、『閃刃』の名にふさわしい速度で間合いを一気に詰め、男を細剣の殺傷範囲に捉える。風をまとう刃が大気を切り裂いて男に迫った。しかし男は冷静にその太刀筋を見極めていた。
キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン
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キンキンキンキンキンキンキン
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キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン
キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン
――キィン
澄んだ音を立てて細剣が根元から折れ、地面に突き刺さる。ハルワタッドは膝をつき、男をにらみ上げていた。男は大剣をハルワタッドの首に突き付けている。
「……殺せ」
ハルワタッドの言葉に、しかし男は答えない。ハルワタッドの顔が屈辱に歪む。
「この私を嬲るか！ 今まで貴様が殺した数多の魔族と、セナンデルと同じように、私を殺せ！ それが貴様の、人の、望みなのだろう！」
怒り、悲しみ、憤り、様々な感情が渦巻いた言葉を、ハルワタッドは男に叩きつける。しかし男はそれに応えることなく、まったく別の言葉を口にした。
「セナンデルから伝言を預かっている」
意表を突かれたようにハルワタッドが口を閉ざす。淡々と男は言葉を続けた。
「『あの思い出の大樹で待っている』と」
「待って、いる……？」
男はわずかに表情を緩め、力強く頷いた。
「セナンデルは、生きている」
「バカな！」
信じられぬとハルワタッドは目を見開いた。男は大剣を引き、ハルワタッドに背を向けて歩き出す。
「待て！ 本当に、セナンデルは――」
すがるように背にかけられた声に、男は立ち止まる。
「『思い出の大樹』とやらに行けば、嘘かどうかは分かるだろう」
振り向くことなく男はそう答えた。まるで無防備なその背中に、しかしハルワタッドは動けずにいた。
「なぜ……？」
ぽつりとつぶやいた問いに、男はさも当然のように言った。
「幸せを望む二人を引き裂くような、野暮なマネはしないさ」
確かに伝えたぞ、男はそう言って、振り返ることなく去っていった。呆然と見開かれたハルワタッドの目から涙が溢れる。乾いた風が吹く荒野に、ひとりの魔族の声にならない泣き声が響き渡った。しかしその泣き声に今は怒りも憎しみも悲しみもなく、そこにはただ安堵と喜びだけが宿っていた。
