第55話
まずは賢吾が手に取って確認した。昨日見たものと何も変わっていない、本物であった。
賢吾は片倉に戸籍謄本を渡し、片倉、玲子、竜次の順で渡っていった。最後に確認した竜次は、悲しげな表情でテーブルの上に戻した。
四人が確認し終えたところで、向坂が説明を始める。
「楓さんについてですが、まずは両親の馴れ初めや経緯からお話します。父親の鉄恭一と母親の守屋真奈美は大学の同級生であり、在学時から付き合っていました。在学中に妊娠した子が楓さんです。妊娠中に真奈美は休学し、鉄が卒業したと同時に籍を入れました。ですが、鉄の本性を知ってしまった真奈美は、我が子が殺されると思い半年足らずで離婚をしました。離婚に対し鉄は難色を示しましたが、親権以外なら何でも渡す、自分や親の財産などをも渡すことで離婚が成立しました。鉄はそのお金を持って海外に、内戦地帯へと行ったわけです」
「では、守屋さんは自分の父親が誰かもわからなかったでしょうね」
説明を聞いていた片倉がそう言った。
「勿論、顔も名前もわからなかったでしょう。まだ、一歳にもなっていませんからね」
向坂は首を縦に振り補足した。
「だったら……」
片倉が話し始めようとした。賢吾は何を言いたいのかすぐさま察知し、
「だったら何だ?」
そう聞き返した。
「精神を破壊されたコウや、テロで殺された遺族の方々の前で、今お前が思っていることを話せるのか? なぁ……片倉よ?」
あえて呼称のデカではなく呼び捨てにし、賢吾は鬼のような形相で片倉を睨み付けた。賢吾の逆鱗に触れた片倉は、喋ろうとしていた口を閉じ俯いた。
「守屋楓は鉄恭一と面識がなかった、顔も知らなかった。そんなことはどうでもいい! コウを苦しめ続け、真利亜を含め大量の人間を殺した異常犯罪者の娘……その事実だけでこっちは不快と怒りしかねぇんだよ!」
賢吾は思いの丈をぶちまけた。そして、賢吾は向坂へと矛先を変える。
「向坂さん。さっき聞きたいと言ったことに戻ります。捜索を依頼した際、守屋楓が依頼者と知った時点で、あなたは守屋楓が鉄の娘だとわかっていたはずです。なぜそれを直ぐに教えてくれなかったんですか?」
賢吾は怒りと悲しみがまじった視線を向坂に送り、向坂も真摯に受け止めているようであった。
しかしながら、
「依頼人から口外しないように言われていました」
向坂はそう答えた。
「……は?」
賢吾は明らかな不快感を示した。ところが、向坂は賢吾の態度に構わず進める。
「10.5の遺族から楓さんに関して聞かれた場合、鉄の娘と口外しないで欲しいと依頼されていました。また、楓さんの人間性を熟知し信頼しているのであれば、開示してもいいと言われていました。今回情報を開示したのは、大宮さんからその言質が取れたからです」
向坂の説明を聞きながら、確かに楓が大切だと言ったなと納得しつつも、そもそも依頼人って誰だよ。と賢吾は疑問に思った。
情報を整理している中、向坂の質問で賢吾の思考は強制的に止められた。
「大宮さん。昨日私が楓さんの探している大宮賢吾はあなただ、と言ったことを憶えていらっしゃいますか?」
「ええ。ですが昨日も言った通り、過去に守屋楓との接点はありませんよ。それに私が鉄の娘を施すわけがないでしょう」
賢吾は冷笑した。だが、向坂の態度は真剣なままで変わらない。
「普通に考えたらそうでしょう。けれど、証拠があります」
向坂は毅然として述べた。賢吾が眉をひそめる中、竜次や玲子、片倉は不思議そうな表情へと変わった。
「私は証拠が揃うまで待って欲しいと言いましたが、今朝ようやく揃いました。大変恐縮ではありますが、大宮さんの実印を見せてもらってもよろしいですか?」
向坂にそう言われ、賢吾は不服そうな息を吐いたが腰を上げた。自室へ向かい棚の引き出しから実印を取ると、戻ってテーブルの上に実印を置き、賢吾は太々しくソファに座り直した。
「ありがとうございます。後ほど、こちらも証拠品として説明します」
向坂はそう言うと頭を下げ、表情を更に引き締めた。
「鉄の娘である楓さんを、大宮さんが庇護するわけがない。それは私も当然のことだと思いましたが、やはり大宮賢吾という人間はあなたしかいない。瀬戸さんに楓さんが発作をおこした当日のことを細かくうかがい、私の推理は確信へと変わりました。10.5の被害者だと言った後に発作が出たとのことですが、10.5だけが要因ではない。他に楓さんを苦しめた、直接的なものがあったんですよ」
そう話した向坂は、鞄からタブレットPCを取り出した。数秒操作し、四人に見えるようタブレットPCをテーブルの上に置き、動画ファイルを再生させた。
再生された動画は、慰労会の時に渡辺や楓に見せた、みなとみらいオフィスへと移転する前に催した宴会の様子だった。賢吾は竜次が向坂にファイルを送ったと察し、
竜次へ目で確認すると竜次は頷いた。
向坂は動画を再生させたまま、語り始める。
「楓さんは自分を庇護してくれた恩人に対し、深く感謝していた。いや、それ以上の感情があったのかもしれません。だからこそ、猫の面をした異様な者の言葉を信じ、言う通りに自分を研鑽し、約束を果たすために会おうとした」
説明口調な割りには、やけに重みを感じる。と賢吾が向坂に目を向けると、向坂もジッと賢吾を見ていた。
「楓さんは自分を庇護した者の顔はわかりません。はっきりわかるのは声だけでしたね?」
「ええ」
向坂の問いに頷く賢吾。
「彼女はとてつもなくショックだったはずです」
そう言って、向坂は動画を停止した。
停止されたところで、向坂と遠山を除いた四人全員が目を大きく見開いていた。
「庇護してくれていたのが10.5の被害者であり、自分の父親に憎しみの炎を燃やし続けていた男……」
向坂が言葉を続けようとし、賢吾の息は無意識に止まった。
「……波多野さんだったわけですから」
賢吾の瞳には、片倉と石橋に両腕を掴まれ笑顔の輝成が映っていた。
「……コウちゃんが?」
玲子は愕然としていた。
竜次も玲子と同じであったが、片倉は何も言わずに立ち上がるとリビングから消えた。
「……嘘だ……嘘だね。あり得ない」
賢吾は、ハハッと笑いながら言った。
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