第48話
10.5。
正式には二千五年十月五日、東京都K高校無差別殺人事件。通称、10.5、もしくは10.5爆破テロと言われている。
朝のホームルーム中、K高校の数ヶ所が突然爆破したことから始まった。犯人はその後、爆破で処理できなかった人間を射殺しながら屋上へと向かい、政府への抗議をしている最中SATに狙撃され、突入され捕まる前に自害した。
K高校、生徒や教師、関係者を合わせて総勢六百五十四名。その内、死者五十四名、重軽傷者二百三十九名。
なお、当日登校していない人は巻き込まれなかった。
大まかな内容はこの通りで、本件は日本史上においても、最悪と分類される無差別大量殺人事件となってしまった。
また、これほどまでの大虐殺をしたにも関わらず、犯人はたった一人だけだった。
ではなぜ、単独犯でこのような大規模テロを起こすことができたのか?
意外にも答えは簡単だった。
犯人はK高校のOBで元生徒会長、現役で日本一の大学へ進学し、大学も首席で卒業した超がつくほどの優秀な生徒だった。だから学校側は、誉れ高い生徒が母校を訪れてくれたと、全く警戒していなかった。
事件前日、犯人は学校へ差し入れを持ってきたと嘘を言い、差し入れの中にプラスチック爆弾を紛れ込ませていた。その後は馴染みの教師と談笑した後、悠々とプラスチック爆弾の取り付け作業を行っていたというわけである。
犯人の名前は鉄恭一。事件当時二十九歳。
眉目秀麗で身長は百八十センチを超えており、人気俳優やモデルのようなスタイルだった。しかし、そのルックスに反して性格が破綻していた。
鉄を調べていた輝成曰く、人間ではない、人間という生物ではない、とのこと。
有名な犯罪心理学者達も、口を揃えて鉄がサイコパスだと断定していた。
サイコパス。
他者への共感性が全くなく、自尊心が高く自己中心的で罪悪感などは皆無。良心が一切ない癖に、口は達者なせいで外面が良く見えることが多い。日本では、反社会性パーソナリティ障害とも言われている精神病質である。
鉄は、美しい人間という皮を被った獰猛な獣であった。
鉄は大学卒業後、見分を広めるためにと世界各地を旅し、その最中、中東や南米、アフリカで起きた内戦に参加していた。
また、鉄と戦線を共にした者達の意見は、頭が切れるナイスガイ、頭がイカれた異常者、と真っ二つに割れていた。
双方共に一致していたのは、鉄はチェ・ゲバラに憧れていたこと。我が闘争を愛読していたこと。自分の王国を作りたいから、革命を起こす時には協力して欲しい。と周囲に言っていたことである。
鉄は王国作りに勤しんでいたらしいが、二十七歳の頃に中東での内戦で左腕を失い、仲間から見捨てられた。
失意のまま帰国した鉄は自暴自棄となり、政府に軍事権を自分へ委ねるよう脅迫を繰り返していた。
しかし、日本政府からは全く相手にされず、一度は警察も腰を上げ鉄を脅迫罪で逮捕しようとしたらしい。だが、鉄の両親が財閥家系であったため、警察は厳重注意だけで済ました。この対応は、事件後警察側が大きな非難を浴びることになった。
結果、鉄は誰からも相手にされないまま、理解してもらえない他者への怒りを煮えたぎらせ、自分勝手な思想と憎悪を膨らませてしまい凶行に及んだ。
この凶行で賢吾の妹である真利亜は殺され、真利亜の恋人だった輝成は精神を破壊された。
……鉄恭一。
賢吾と輝成を狂わせた全ての元凶である。
遺体安置所で真利亜が死んでいる姿を確認し、泣き叫び取り乱した賢吾とは対照的に、輝成は無反応だった。
賢吾が興奮して遺体安置所から出た後も、輝成は何も喋らない。賢吾はおかしい、と思って振り返った。
『コ……コウ?』
輝成は確かに無表情だった。
しかし、目からは滝のように涙が流れていた。
『コウ! しっかりしろ!』
賢吾が輝成の肩をつかみ揺さぶった。
『……はっ……はぁはぁ……はっはっは』
突然、輝成が息苦しそうに発作を始めた。
『コウ……どうした?』
『うううぁああ……はぁはぁはぁ』
呻く輝成の全身が痙攣し、涙と汗が止まらない異様な様であった。
『誰かぁ! 誰か来てくれ! コウが……コウが死ぬ!』
賢吾は泣き叫んだ。
『どうされました?』
遺体安置所で賢吾達に説明していた警官が気付いて寄ってきた。
『……コウが』
『まずい! 早く救急車を!』
輝成の症状を見た警官が、近くにいた婦警に指示を出した。
『コウ!』
衰弱していく輝成を抱えながら、賢吾は必死に呼び掛けた。
夢が終わり、目を覚ます。
ベッドから起き上がり、賢吾は汗ばむ額に手を当てた。
また……同じ夢を見るようになってしまった。
輝成の容体が安定するまで毎日夢に出て、朝起きたら輝成が生きているか確認していた。
輝成が亡くなった後にも再発し、週に一度のペースで見るようになっていた。ここ一年は全く見なくなったというのに……と賢吾は苦々しい顔で立ち上がった。
賢吾は悪夢が再来したことに憂鬱になりながらも、何とか仕事はこなした。
午後七時。
スポンサーとの打ち合わせを終え、賢吾は疲れ切った状態で帰社したが、社内の様相に表情を曇らせた。落ち着きを取り戻しつつあった社内が、再び喧騒に包まれていたからだ。
大きな理由は、楓の不在。
メディタルの企画発案者であり、運営の要として抜群に機能していた楓がいなくなった穴は、想像以上にでかかった。
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