第47話
渡辺は深刻な顔つきとなり、
「そうでしたか、気にも留めず浅はかに聞いてしまい申し訳ありません。勿論口外はしません。真利亜さん……あのテロに巻き込まれていたんですね」
そう言って頭を下げた。
「まぁ……ね。でも、君達のせいじゃないんだから、そんなに落ち込まないでよ」
賢吾は明るく言ったが、渡辺と楓の表情は曇ったままだった。
「飲む雰囲気じゃなくなっちゃったわね」
鬱屈した雰囲気になってしまい、玲子が仕方なさそうに笑った。
「じゃあ、まだ料理が残っているけど、気分を変えてケーキを食うか?」
竜次がそう言い、冷蔵庫からレアチーズケーキを持ってきて皆に配った。
「美味しい。これ普通のレモン使ってます?」
ケーキを一口食べ、渡辺の目がカッと開いた。
「いや、自家製のレモンカードを使ってる」
「すっご! こんなに美味しいレアチーズケーキを食べたことありませんよ」
沈んでいた渡辺の表情は、竜次手製のケーキで少し持ち直した。
「でしょー。これ私も大好きなのよ」
「竜次はパティシエを目指していて、コウもお前の菓子が大好きだったな」
玲子は嬉しそうに言い、賢吾も補足した。
「輝成はモンブランが好きだったなぁ。百回以上は作ったわ」
しみじみと語る竜次に、賢吾も頷き微笑んだ。
「えー。波多野さんも好きだったんですか! 私も今度食べさせてください!」
そう笑う渡辺は徐々にテンションが戻ってきたが、楓は微動だにせずケーキにも一切手を付けていなかった。しかも、顔面は蒼白のままでずっと俯いている。賢吾は様子がおかしいと思い声を掛けようとしたが、
「あの……お手洗いをお借りします」
と言ってリビングからいなくなった。
単に気分が悪くなっただけかと賢吾は思ったが、五分経っても戻ってこない状況に怪訝な表情を浮かべる。
「守屋さん大丈夫か?」
自分がトイレへ様子を見に行くことはおかしいので、賢吾は玲子へそう言った。玲子は頷き、直ぐにトイレへと向かった。
そしてリビングから離れ十秒も経たず、
「竜ちゃん、タクシーを呼んで! 賢ちゃんは水を持ってきて!」
玲子の大声が奥の方から聞こえた。
リビングにいた三人は一斉に立ち上がり、渡辺は玲子の元へダッシュ、竜次は携帯電話でタクシーを手配し、賢吾は言われた通り冷蔵庫からミネラルウォーターを持って向かった。
トイレの横にある洗面所。
水を持ってきた賢吾の目に映ったのは、楓の痛ましい姿であった。
過呼吸状態で汗を滲ませ、顔面は真っ白、全身が痙攣していて目は虚ろ。かつて、輝成がなっていた症状とそっくりだと賢吾はフラッシュバックした。
立ちすくんでいた賢吾の手から玲子が水を取り、楓に水を飲ませようとする。だが、楓は痙攣しているため、口から水がこぼれるだけであった。
全員酒を飲んでいるから、今から運転して病院へ向かうこともできない。やはりウーロン茶にしておくべきだった。と賢吾は後悔していた。
「楓ちゃん、大丈夫だよ。安心して、私達がいるからね。息を長く吐いて、力を抜いて、そうそう。お水飲めるかな? はい、ゆっくりでいいよ。もう一回」
玲子は何度も優しく語り掛け楓を介抱し、渡辺は楓の身体をずっとさすっていた。十分以上続いた玲子達の尽力もあってか、楓の痙攣は少しだけ収まった。
「タクシーが来たぞ!」
玄関から竜次の声が聞こえた。
賢吾は楓を持ち上げ、急いでタクシーへと乗せた。
「女性特有のデリケートな話になるかもしれないから、私がついて行くわ。終わったら直ぐに連絡するから待ってて」
賢吾は自分がついて行く気満々であったが、玲子の言葉にわかったと頷いた。玲子と楓を乗せたタクシーは走り去り、賢吾の視界から消えていった。
残された三人は無言のまま家の中へ入り、リビングに戻った。ソファに座り、三人共溜め息を吐いていた。
「楓ちゃんはお酒が苦手なのに、私が無理に飲ませたから……」
渡辺は顔を歪め自分を責めるが、
「サングリア一杯だぞ? 歓迎会の時はもっと飲んでいたんだろ? 酒が原因か?」
と竜次は冷静に諭していた。
「見たことがある……真利亜が死んだ時のコウと同じだ」
賢吾が呟くと、二人は一斉に賢吾へ目線を合わせた。
渡辺は困惑の表情であったが、竜次は知っているはずなので、
「おい、まさか?」
と言って震えていた。
「あれは単なる過呼吸発作じゃないだろう。ある条件を元に発生するパニック発作に近いと俺は感じた。コウがなっていたやつだよ」
賢吾が感情を込めずに言うと、竜次は苦い顔をしていた。
「あの……恐縮ですが、波多野さんが患っていたのって何ですか?」
「パニック障害、心的外傷後ストレス障害だよ。俗に言うPTSDってやつ」
賢吾が即座に答えると、渡辺は悲痛な面持ちになった。
「10.5の話を出した時、守屋さんは顔面蒼白だった。渡辺さんのような驚いた顔ではなく、完全に心を抉られている感じだった。コウがそうだったから、わかるんだよ」
「じゃあ、もしかして?」
「ああ、10.5の被害者の可能性が高い」
竜次の問いに、賢吾は真顔で返した。
「……私のせいだ!」
「いや、俺だよ。迂闊に話すべきじゃなかった」
自分を責める渡辺に向かって、賢吾は咄嗟に訂正した。
実際、言おうか迷って言った結果がこれ。完全に自分のミスだと賢吾は感じた。
数時間後、無事に容体が安定したと玲子から連絡がきたが、賢吾の予想通りPTSDからの発作であるとのことで、10.5というワードに酷く怯えている様子であったという。
発作の発端である楓の状況整理も大事だが、まずは心のケアが優先だと賢吾は思い、楓には一週間休暇を取らせることにした。
この時、賢吾は楽観視していたわけではなかったし、楓の体調を最優先にした判断は間違っていないと信じていた。
だが、この判断によって楓と連絡が取れなくなってしまった。
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