第42話
要するに、メディタルをブリッツに置ける、それだけの価値があると判断してもらえたのだ。と賢吾は理解し、
「メディタルをそこまで評価してもらえるなんて、光栄です!」
そう、喜びを爆発させ何度も礼をした。
「悔しいが、良いアイディアのアプリだ。今更ウチが同じようなことをやったとしても、もう間に合わんだろう。精巧で誠実さが強みのお前らだ。ユーザー数ではウチが圧倒的に勝っているが、それで強行したとしても分が悪い。俺は勝てる戦しかやらない主義でね」
「ありがとうございます!」
井端に褒め称えられ、賢吾は内心ガッツポーズで破顔していた。
「社長、素直に喜ぶところじゃないですよ。これ、ウチを乗っ取ろうとする案です」
「私もそう感じました」
片倉に続いて、橘もそう言った。
「……え?」
全く意図がわからない賢吾は、眉をひそめ片倉を見た。すると、片倉は軽く息を吐いた後、説明を始める。
「ブリッツとFlame、形は違えどSNSであることに変わりはありません。メディタルをブリッツに入れるということは、Flameのユーザーがブリッツへ吸い上げられる可能性が高まります。輝成さんを可愛がっていたから大目に見ていたが、さすがにこの勢いは看過できない。怖くなって潰しに来たんですか?」
片倉は険しい表情を井端へ向けた。
「悪いが、俺は私情を仕事に持ち込まない主義でな。輝成が生きていたとしても、この提案をしに来たよ。あと、挑発するつもりはないが、ソリッドがウチと同等に思われるのは心外だ。多事業の展開や社員数の桁も違う。格上として話しに来ているんだよ」
井端は顔色ひとつ変えず、平然とそう返した。井端の態度に対し、片倉だけでなく橘までもが怒りを見せる。
「事実だし、二人共冷静にね。特にデカ、殺気を漲らせるな」
賢吾は二人を落ち着かせようと、ぎこちない笑顔で止めに入った。
「まぁ、こちらとしてもブリッツのユーザーを取り込める。という旨みがありますね」
橘は未だ納得していない様子であったが、そう呟いた。
「そうそう。正当な取引なんだ。甘い汁だけ吸おうだなんて、そんな世界じゃないよ」
「社員数がウチの数十倍以上、日本一のシェアアプリを持つ社長がそれを言いますか? 王が城下町の露店で取り引きしているのと変わりませんよ?」
井端の答えに、片倉は引き続きしかめっ面だった。
「輝成ならやると思うけどなぁ。どう? 後継者さん?」
そう、井端は片倉を逆なでした。そしてそれは効果がてきめんだったようで、片倉は鬼のような形相へと変わり、
「……お帰りを」
と、手をドアに向けて言葉を放った。
「へいへい、帰りますよ。色よい返事を待ってまーす」
ズビズビと音を鳴らしてアイスコーヒーを飲み干し、井端は応接室から出た。
「じゃあ、俺は井端さんを送っていくから」
賢吾は井端に付き添いながらも、怒り心頭の片倉を頼むと橘へ目配せをした。橘は頷いてくれたので、恐らく大丈夫だろうと賢吾は思った。
「井端さん、あなたらしくもない。あんなに挑発しなくても」
「輝成の後継者とか言うもんだからムカついたんだよ。クソガキの分際で……」
エレベーターを待つ最中、賢吾の諫言にも井端はむくれていた。
自分も含め、井端でさえも虜にした男……波多野輝成。
あんなに殺伐としたやり取りだったのに、なぜか賢吾は嬉しかった。
「賢吾。昼飯に付き合えよ」
クイーンズスクエアの一階に降りると、井端がそう言った。
「いいですよ。どこにします?」
「ここに来たらジャックジェイクって決めてんだよ」
井端が言ったのは、アメリカでも本格派バーガーとして人気が高い店である。輝成が亡くなるちょっと前に日本へ上陸し、みなとみらいにも店を構えた。
「奢ってやるから好きなだけ食っていいぞ? それだけか? もっと食えよ」
メインはパティをダブルにしたチーズバーガー、チェダーチーズがたっぷりかけられたフライドポテトにドリンクのセット。井端と同じ物を賢吾は頼んだが、毎回もっと食わせようとしてくる井端であった。
井端とは、輝成共々ソリッドを起業した時からの付き合いである。二十代の頃の旺盛な食欲を井端は憶えているのだろうが、もうそんなに食べられる歳じゃないと賢吾はやんわり断った。
「社長なのに、相変わらずジャンクフード好きっすね。高級な物ばかり食っているんだと思っていました」
「お前だって社長だろ? それに俺よりお前の方が育ちはいいぞ。俺は、昔からこういうのが好きなんだよね」
お互い席に着き、嬉しそうにチーズバーガーへかぶりついた井端は、口を紙ナプキンで拭いてからニヤリとした。
「井端さん。俺バカだからわかんないんすけど、本当にウチを潰す気なんですか?」
賢吾は食べる手を止め、井端を見つめた。
「子供みてぇな目で聞いてきやがって……変わんねぇなお前は」
井端はドリンクで流し込むと、気が緩んだ表情を見せた。
「そりゃあ、ユーザーの奪い合いにはなるだろうし、数はこちらが断然上だからな。そう思われても不思議ではない」
「でも、俺はウチを潰すだなんて思えません。あなたはコウが尊敬した唯一の人です。そんな人がウチを潰しに来るとか考えられません」
井端の話を賢吾は真っ向から否定した。
「お前さぁ……」
井端は心底気が抜けたように言った後、頬杖をして溜め息を吐いた。
「本当は腹を割って話すつもりだったんだが、後継者の件でムキになっちまった。俺もまだまだだな、申し訳ねぇわ」
頬杖をやめ、井端は真顔へと変わった。
「ということは、潰す気はない……と?」
「当たり前だろ。輝成だったらメディタルを実装する前の段階、遅くとも初動から一ヶ月以内にはウチへ打診に来ていたはずだ。こういうのは時間が勝負だからな。なのに、二ヶ月近く経っても来ない。わざわざ来てやったのに、自慢げに輝成の後継者を名乗るもんだから余計に腹が立ってよ」
井端はポテト三つを同時に口へ入れ、イラ立ちを咀嚼にぶつけているようであった。
面白かったら☆とブクマをどうぞよろしくお願いいたします。




