第41話
七月一日に正式リリースをした、新作のアプリ。
メディタル。
今まで、主力アプリのFlameの強化やプロモーション。Flameと連動する補助アプリの開発運営に徹していたため、このような完全新作は出していなかった。
社員を信じてはいるが、成功するかは蓋を開けてみないとわからない。賢吾は期待より、恐怖や不安の方が大きかった。
しかし、松井が言った通りFlameをリリースした時と同じく、やはり杞憂であった。
メディタルは初動から高評価を受け、じわじわと世の中に広まっていった。社内もより一層活気づき、皆業務に集中しているようであった。
メディタルリリースから一月半が経過した八月下旬。
外は連日三十五度を超えている。そんなうだるような暑さの中、井端が来社してくれた。
井端崇。
四十二歳。
背は賢吾よりやや低いが、体格は似ており顔も厳つい。輝成が起業する前にアルバイトしていた、シュトルムというIT系会社の現社長。
ベンチャー企業から大会社へと躍進させ、国内最大シェアの連絡用アプリ、ブリッツの生みの親である。その敏腕さ故、若くして部長となり今では社長。部長時代に、輝成を何度も勧誘していたらしい。
輝成に業務の基礎を叩き込んだ人であり、輝成が尊敬していた唯一の人物。
起業した後も何かと世話を焼いてくれ、輝成は資金繰りや業務の改善案なども相談していたようである。
輝成が事故死した時には弁護士を紹介してくれたり、ネットで情報を拡散したり色々と奔走してくれ、至宝を失ってしまったと泣いてくれた。
賢吾とはバイクや車という共通の趣味があり、仲良くしてもらっている。
なお、超絶に仕事はできるが、性格が子供っぽいため独身であり、服装は大体いつも黒地のTシャツにジーパンというラフな格好だった。
井端が久しぶりに社内を見学したいと言うので、松井や旧知の社員と喋ったり、新しい社員を紹介したりと、賢吾は井端に付き添って社内を一回りした。
井端が満足したところで、では要件を済まそうと応接室へと案内した。
応接室には橘と片倉が既におり、賢吾と井端の分も合わせたアイスコーヒーも用意されていた。
井端と賢吾が中へ入ると、橘と片倉は立ち上がり井端へ一礼する。賢吾は片倉と橘がいる方のソファへと座り、井端は対面のソファに一人どっしりと着座した。
「前に来たのは一年半前だったが、大分雰囲気が変わったな? 賢吾が腹を括ったのか?」
井端の開口一番は社内の感想だった。
一回りしただけでわかるとはさすがだな、と賢吾は感心し、
「はい。己の無能さを受け止め、コウのためにやるだけと決めました」
と率直に述べた。
「ようやくわかったか。辿り着くまでに三年、いや、もうすぐ四年か。天国にいる輝成も浮かばれるだろう」
「だといいんですけどね」
井端の言葉に、賢吾は照れ笑いを浮かべた。
「輝成さんも喜んでいますよ。それに、僕が輝成さんの意思を継ぎますから、社長は安心してください」
片倉が自信満々に述べた。井端はアイスコーヒーにフレッシュを入れようとしたが、動きを止め片倉を凝視していた。
「はぁ? 刑事……お前がか? 輝成の後継者を自称するとは笑わせてくれる。力不足だな。もう一度鍛え直してやろうか?」
「結構です。いずれシュトルムにも肩を並べ、越えてみせます。執拗に輝成さんを勧誘し続けていた癖に、女々しいんですよ」
「だからこそ尚更、お前が後継者ということが許せん」
井端と片倉の言い合いで、室内が殺気立つ。
「井端さん。コウが生きていた頃、実際にそう話していました」
賢吾は和ませようとそう言ったが、井端は飲んでいたコーヒーを少し噴き出し、
「うぇ? その時あいつ変な物でも食ってたんじゃないのか。ブハハハハ!」
咳込みながら言った後、笑い転げていた。
「失礼ですね!」
片倉は井端の態度にいきり立って声を荒げた。
「役者が違うんだよ。図に乗るな、タコが」
片倉を輝成の後継者と認識するつもりは毛ほどもないのだろう、井端は嘲笑っていた。
石橋といい、何でこの人達は輝成の後継者問題にここまでムキになるんだよ。と、賢吾は頭を抱えていた。
「あの……話が進みません」
終始黙っていた橘が、呆れた様子で言った。
「あー。そうだな」
井端はコーヒーを一口飲み、頭をかいた。賢吾もようやく話が始まると安堵したが、井端の目は再び片倉に向いていた。
「刑事。輝成の後継者をお前とは認めてないから、文句があったら後で聞く」
「決定事項なので、井端さんの意思は関係ないでしょ」
澄まし顔で返す片倉に、
「んだと……おい!」
怒気を込めて放つ井端であった。
痛烈なやり合いが終わらない。
橘はお手上げのポーズであり、賢吾も逃げ出したくなった。しかしそうもいかんと、賢吾は仲裁に入る。
「はいはい、ストップ! デカ、もういい加減に止めろ。井端さんも、俺からコウの仏壇に伝言をしときますから、もうこのへんで勘弁してください」
「チッ。そうだな、わかったよ。……ったく身の程知らずが」
賢吾の懸命な説得の甲斐もあってか、井端は不服そうにしながらも納得してくれた。一方我が社員の片倉は、井端の言葉にプイっと顔を背けていた。親に反抗する子供のようで、情けない有様である。
「井端社長、提案があるって話ですが?」
殺気立っている空気に触れないよう、橘が慎重に切り出した。
「ああ、そうそう。端的に言うと、ブリッツの中にメディタルを入れようかと思っているんだがどうだろう?」
いきなりとんでもないことをスラスラと言う井端に、賢吾達三人共完全に固まった。
「一時のコラボじゃなく、常駐させるってことですか?」
先に解けた橘が改めて確認した。
「そういうこと」
ずっしりとソファに身体を沈ませ、井端は薄く笑った。
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