第40話
楓と二人で話す機会が増えた賢吾は、恩人のことをよく知るようになった。
貧しかった状況でも人を憎まない倫理観を教え込み、家事や勉強なども楓と一緒にやって自然と身につけさせ、自身を客観視やコントロールできるようにしている。上手に楓の才能を伸ばしているのだ。
自分の親よりも遥かに優れた育て方をし、寄り添い方も他人のようではなく愛情もある。そんなことができる奴などいないと賢吾は感じたが、楓が嘘をついているとも思えない。したがって、常人ではないと思われた恩人は実在するわけで、賢吾は感心するしかなかった。
「あの方が……波多野さんに……」
バックミラー越しに思案顔で呟く楓が見えた。
「さすがの恩人も、相手がコウじゃ分が悪いかな」
賢吾が鼻を鳴らすと、
「いえ、受けて立ちます」
楓は鋭い眼差しを向けてきた。
「ほう……言ったね?」
珍しく感情をあらわにした楓に驚きつつも、賢吾は僅かに口角を上げた。
「あの方の底は全く見えなかったので、社長が言うところの天才だと思います」
「守屋さんが見えなかったということは、結構キツイなぁ」
「波多野さんでも分が悪いですか?」
さっきの仕返しなのか、楓は挑戦的な口調で言ってきたが、
「いや、それはないね。コウが負けるわけないからな」
と、賢吾は一笑した。
そして丁度信号が青に変わり、賢吾はアクセルを踏んだ。
「恩人が見つかったら勝負しようぜ。互いに良いとこ言い合って、これは無理だなと思った方が負けね。立会人はデカにしよう、あいつは人を見る目があるしな」
「片倉さんだと波多野さん贔屓になります。ずるいですよ」
楓が不満そうに言い返してきた。
「じゃあ、贔屓した分だけ恩人にも加点しよう。それでも嫌? まぁ、どのみちコウが勝つんだけどな」
賢吾が挑発するように言うと、
「わかりました、それでやりましょう。こっちも負けませんからね」
楓はフンッと息を出してからそう言った。
このやり取りで空気が険悪になるかと賢吾は思ったが、ムキになったことがおかしくなり、数秒後には互いに笑い合った。
その後、二人は喋らず車内は無音に包まれたが、
「恩人、中々見つからなくてごめんよ」
ふと、賢吾が言葉を発した。
「いいえ、気にしないでください。約束した時には、簡単に見つかるって言っていたんですけどね。私に会いたくなくて、嘘を言ったのかな」
楓は明るく返してきたが、最終的には暗くなった。
「守屋さんの話を聞く限り、恩人は嘘を言うような人間じゃないだろう。それに、会いたいと思っているはずだよ」
「どうしてそう思ったんですか?」
「前に話したかもしれないけれど、恩人は君に対して家族のように接していると感じた。だから、俺は恩人が君の親族か、その関係者じゃないかと思ってる」
賢吾が見解を述べると、
「……私の……親族か」
楓はそう呟いて更に暗くなっていった。
「あくまで俺の憶測だからね。当たっていない可能性の方が高いよ」
不安にさせてしまったと思い、賢吾は自分を笑うように言った。賢吾の態度に安心したのか、楓からは陰鬱な空気が薄まっていった。
「少し前に思い出したんですけど、約束した時に妙なことを言っていたんですよね」
「恩人が? 何て言っていたの?」
神妙に話す楓に、賢吾はすぐさま反応をした。
「私に依存していた部分があるって言っていたんです」
……依存?
と、楓の言葉に賢吾は思わず眉を中央に寄せた。
「そうなると、守屋さんを庇護していたことは本望だったし、恩人も続けたかったってことだよね? 何でやめたんだろう?」
賢吾は思いをそのまま口にした。
「自分がいることで私に甘えが生じ、才能の伸びしろを消すと言っていました。あと、互いにとって良くないとも言っていました。だけど、私が泣き喚いて拒否をしたので、三年後に会うということにしてもらったんです」
そう、楓が説明をしてくれたが、賢吾は更に混乱した。
互いにとって良くない?
親族じゃないのかな?
けれども、接し方には愛情があり親族そのものだし、依存していたことも踏まえると親族という線は捨てきれない。
「俺が推理したところで何の意味もない、余計にわからなくなってきたよ。とりあえず、興信所の人にこの事を伝えておくね」
自分の足りない頭じゃ無理だと諦め、賢吾は向坂に任せることにして後日この事を伝えた。
「まぁ、守屋さんに依存していたと言ったんだ。会いたくないわけないだろうし、会ったら喜ぶと思うよ」
「だと……いいんですけど」
「それに、今の君の活躍を知れば、恩人は狂喜のあまり卒倒するかもよ」
憂う様子の楓に賢吾がそう言うと、
「あの方が卒倒するのは想像できませんけどね」
楓は少し笑った。
「でも……喜んでもらえたら……嬉しいな」
そう呟いた楓に、賢吾は微笑を浮かべた。
それからは恩人の話はやめ、最近仕事はどうかとか、休日はしっかり休むようにとか、賢吾と楓はとりとめのない話をし、午前一時半過ぎに大和駅に着いた。
そこから楓に誘導してもらい、四、五分で楓が住んでいるマンションに着いた。車を降りた楓はペコペコと頭を下げてきたが、賢吾は気にしないでいいと手で合図し別れた。
直後、賢吾はなぜか自分が助手席に座っている姿を思い出し、運転している輝成のふくれっ面が浮かんだ。
赤信号で止まった車の中、賢吾の視界が一瞬だけぼやけた。
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