第38話
酒やタバコに至っては、輝成との思い出がフラッシュバックしやすくなるので、食事以上に苦手となった。
そう、賢吾は気落ちしていきそうであったが、
「社長、その気持ちわかります!」
と、石橋が若干泣いているような状態で日本酒を一気飲みした。
「冬華ちゃんは普段からガブガブ飲んでるじゃない」
「飲まないとやっていられないってわけですよ!」
石橋はそう言い、続けざまに日本酒をあおった。
「悪循環じゃない。ったく、この子はしょうがないなぁ」
松井は嘆息しつつも、石橋が空にしたコップを片付けていた。石橋の姿を見て自分だけじゃないんだと思い、賢吾は多少心が落ち着いた。
「二週間後か……あっという間というか、あんまり実感ないなぁ」
賢吾は気分を持ち直そうと、話題をメディタルのことに変えた。
「それは、賢吾が開発にほとんど参加してないからでしょ」
「姉さん、違いますよ。社長は参加したくても参加できないんですよ」
「その通りだけど、いちいち言わんでいい」
松井、石橋から辛辣に言われ、気分を変えようとしたはずなのに賢吾は傷つくはめになった。
「ウチは少し落ち着いてきたけど、山岡君や辰巳君のとこは最終調整の最中だし、冬華ちゃんのとこもテストで忙しいでしょ?」
「はい、QAは大忙しですね。今日は中村さんにお願いをして、早めに上がらせてもらったんです」
石橋は疲労を感じさせるような息を吐いた。
「CSはリリース後が本番だもんね」
「終わりなき戦いが幕を開けますよ」
松井の言葉に石橋は自嘲的に笑ったが、
「まぁ、快適に使ってもらうためなのであれば、やりがいはありますけどね」
そう続けた表情からは揺るがない信念が見受けられた。
「……使ってもらえますよね?」
楓がボソッと言った。
賢吾、松井、石橋、三人共一斉に楓へ目線を向けると、素だった楓の表情が強張った。
「皆さんが頑張って作ってくれているのは、間近で見て十二分にわかっています。だから、もしユーザーに使ってもらえないのであれば、それは企画者の私が悪いので……」
「大丈夫よ」
楓が不安を吐露している最中、松井が言葉を放った。楓が目を大きく開くと、松井は微笑を浮かべる。
「企画会議の時は見えない五枚のカードにベットするなんて言ったけど、私は成功すると思うな。何か、Flameをリリースした時の感覚に似てるんだよね」
「私も姉さんと同意見。それに、仮に結果が出なかったとしても楓ちゃんのせいじゃない。責任を取るのは上長の役目なんだから、ケイちゃんとか橘さんに任せればいいんだよ。楓ちゃんが背負いこむことじゃないからね」
松井と石橋が庇うような発言をすると、楓は表情を和らげ小さく頷く。その様に、石橋はにこにこしながら楓の頭を撫でていた。
「二人共、守屋さんには優しいな」
賢吾は薄っすらと笑い、そう言った。
「しっかりやっている人には、私も姉さんも優しいですよ」
「俺だって、しっかりやっているんだが?」
賢吾は口を尖らせたが、石橋は冷笑であった。
「竜次さんや寺島さんがいないと、社長は何もできないじゃん。しっかりやっていると言うのであれば、まずは一人で結果を出してください。そんなんだからいつまでたっても山岡さん達に舐められるんですよ。全く、情けないなぁ」
と石橋が苦言を呈す中、
「賢吾に実務を期待しちゃダメでしょ」
松井は既に諦めているようだった。
松井からの方がダメージがきたので、見放されるよりは文句を言われる方がマシなんだなと賢吾は思った。
「私は、社長のことを尊敬していますよ」
「楓ちゃんは優しいなぁ。でもね、この男は甘やかすといけないの。ビシバシいかないと!」
楓が気を使ってくれたが、石橋は大きく首を振って言い放った。
「身に染みてるし傷ついているから、これ以上はやめてくれ」
言葉と思いが連動し賢吾はげんなりした表情をすると、松井と石橋からは笑われるだけで追撃はなくなった。収まったことにホッとしたが、そう思ってしまう自分が石橋の言葉通り情けないのだな。と賢吾は察し、これはこれで落ち込んだ。
そして、話題はプライベートなものへと変わり、各自の飲み物や残っていた料理を食べ終え、時刻は店が閉店となる午前零時三十分になろうとしていた。
「そろそろ帰りますか」
賢吾はそう言うと、店員を呼んで会計を済ませた。
「冬華ちゃん、帰るよ」
「うーん……もう一軒ですか?」
石橋はテーブルに突っ伏した状態で松井に返答していた。
「違う。帰るのよ」
「石橋さん、大丈夫ですか?」
呆れた口調の松井とは対照的に、楓は石橋の身体をさすって心配そうにしていた。
「大丈夫じゃない。楓ちゃんと離れたくない! 結婚してくれなきゃやだ!」
ガバッと起き上がったと思ったら、石橋はまたもや楓に抱きついて叫んでいた。
「えええええ!」
「だから、やめなさいって」
松井は困っている楓から石橋を無理やり引き剥がそうとしていた。その光景に頬を緩める賢吾であったが、
「じゃ、車を出してきますので、店の前で待っていてください」
と言って立ち上がった。
「あれ? 賢吾って車で来てたの?」
「はい。酒を飲むつもりはなかったし、デカから皆を車で送れって言われたんでね」
「ケイちゃんでかした」
石橋は楓に抱きついたままニヤッと笑った。
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