表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/70

第35話

 午後十一時、賢吾は自分の仕事を終えた後、上大岡駅周辺にある大衆居酒屋に向かっていた。


 メディタルのリリースが間近なので、本日は石橋が上大岡組で前祝いをしようと約束していたらしいのだが、片倉が急な出張で行けなくなった。


「トーカには話しているので、僕の代わりに行ってください。明日は休みですし、どうせ暇でしょ? あと、帰りは松井さんやトーカを送ってあげてください。じゃ、よろしくです」

 と言いたいことだけ言って、片倉は電話を切った。


 もうこき使わるのは慣れたが、どうせ暇だの役に立たないだの、地味に傷つくワードを連発してくることには不満を感じる。しかしながら、片倉には勝てないので賢吾はとにかく従うしかなかった。


 賢吾は上大岡駅周辺にあるコインパーキングに駐車し、そこから徒歩五分で目的地に到着した。


 目の前にある大衆居酒屋は、ソリッドを立ち上げた社屋から非常に近く、価格が全体的に安いという利点も重なり、社員の皆でよく通っていた店である。


 賢吾は懐かしさから店の前で暫し佇んでいたが、軽く息を吐くと店内へと入った。


 店の中は囲いがなく、それほど広くはないがオープンで圧迫感がない造り。カウンターはなく、四人掛け用のテーブルと椅子のセットが六つ。金曜日ということもあり、満席だった。


「あー、社長遅い!」

 奥の方から声が聞こえ、頬を膨らませながら手を上げている石橋が賢吾の目に映る。賢吾は石橋の元へと向かい、面子を確認した。


 店内の一番奥にある席で、石橋の隣には楓が座っており、松井はその対面に座っていた。テーブルの上には各々の飲み物と、いくつかの料理があった。


「賢吾、お疲れ」

 松井が軽く笑みを浮かべて言い、

「お疲れ様です」

 と、楓はペコリと頭を下げた。


 賢吾は会釈をした後、空いている松井の横に座り、注文を確認しにきた女性店員にウーロン茶をお願いした。


「仕事してたんだから仕方ないだろ」

 賢吾は鞄をテーブルの下にある荷物かごに入れ、石橋に言った。石橋は何も答えず、唐揚げをムスッとしながら咀嚼していた。


「俺はいいとして、何で守屋さんまで巻き込んでいるんだよ」

 賢吾は枝豆を口にし、溜め息まじりに言った。


 石橋はビールを一気に飲み干してジョッキをテーブルに置くと、賢吾へ鋭い視線を向けてくる。


「だって! 新アプリ完成間近なんですよ! 久々に上大岡組で飲もうと思ったのに、ケイちゃんが出張でいないんだもん!」


「守屋さんもデカの生贄か」

 喚く石橋に、引き続き賢吾は呆れ顔で枝豆を食べていた。


「お酒好きじゃないのにごめんね、楓ちゃん」

 松井が申し訳なさそうに言った。


「いえいえ、お二人に誘われて光栄です。むしろあんまりお酒にお付き合いできず、こちらこそすみません」

 楓は首や手を振りつつ答え、はにかんでいた。その言葉通り酒は飲んでいないようで、楓の飲み物はウーロン茶だと思われた。


「もう……楓ちゃんは何でこんなにいい子なの! 大好き! 悪いのは全部ケイちゃんだからね。しかも、瑠衣ちゃんまで連れて行っちゃうし」

 石橋は楓に抱きつき、猫のように頭と顔を擦り付けていた。


 賢吾と松井が仕方なさそうに笑っている中、店員が賢吾のウーロン茶を持ってきた。松井は梅酒を一杯、石橋はビールを二杯注文した。


「デカが来れない理由は知ってるだろ? それに、渡辺さんを連れて行ったのは本意じゃなくて、彼女が率先してついて行ったらしいぞ」

 賢吾はそう言ってから、ウーロン茶を飲んだ。


「そっか、刑事君モテるもんね」

 松井は苦笑し、

「あーあ、瑠衣ちゃんかわいそう。どうせ報われないのに……」

 と、石橋は楓から離れて鼻を鳴らした。


「どういう意味ですか?」

 楓がポカンとした顔で言った。


 楓からの質問に、賢吾を含めた三人は同時に動作を止め口を閉じた。


 片倉がゲイだとカミングアウトすることはタブーだし、好きな人がいるからと嘘を言ったとしても、それはそれで渡辺を含む片倉に恋慕している女性社員に激震が走る。


 やらかしてくれたな。と、賢吾と松井が石橋を睨むが、石橋は目を逸らして冷奴を食べ始める。楓に聞かれてから三十秒ほどが経ち、気まずい雰囲気に包まれる中、追加で注文したビール二杯と梅酒を店員が持ってきた。


 松井は梅酒を取って一口飲むと、咳払いをする。

「えっとね……刑事君って凄く格好いいでしょ?」

 ぎこちない笑顔で松井が口を切った。


「あ、はい。確かにそうですね」

 楓は表情そのままに頷いた。


「だから、刑事君は女性に対しても凄く理想が高いんだ。瑠衣ちゃんがダメとかじゃなくて、刑事君の御眼鏡に適うのは難しいのよ」


「……なるほど」

 楓はそう呟き、松井の説明に得心したようであった。その様子に石橋は箸を止め、安堵の表情を浮かべる。


「ありがとう、姉さん」

 石橋は松井に礼を述べた後、

「なので、間違ってもケイちゃんには惚れないでね!」

 と、楓をジッと見つめた。


「大丈夫ですよ。私、好きな人がいますので」

 楓はそう言い頬を赤く染めた。


「え? 誰よ? 私の楓ちゃんを奪った奴は?」

 大きく目を開きなぜか怒りを滲ませてる石橋に、

「探してる恩人だろ」

 と賢吾が言った。


「あー」

 石橋と松井が一緒に声を上げた。


 石橋が共感を示したことから、楓が恩人を探していることを石橋も知っているのだと見受けられた。特別秘密にすることでもないし、楓自身が言っているのかもしれないと賢吾は思った。


面白かったら☆とブクマをどうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ