第34話
しかしその後、二人は海を眺めるだけで無言が続いた。
「社長は……繊細ですよね」
唐突に楓が言った。
「は? ……俺が?」
楓の言葉に、賢吾はびっくりした。そんな賢吾の姿に、楓は微笑んでから口を開く。
「私の事情をもっと深く聞きませんし、あえて聞こうとしない。一歩前でしっかり止まる」
あー、そういうことか。と賢吾は理解した。
「聞いて欲しいなら聞くが、君にとって気持ちのいい話じゃないだろう? むやみに他人の過去をほじくり返すような趣味はない」
「だから、社長は違うんです。他の人はずけずけとくるし……やられます」
嫌なことでも思い出しているのだろうか、楓はギュッと歯を食いしばっていた。
「それを言うなら君もだろう。真利亜の話を出した時、何も聞かなかった」
賢吾がそう答えると、楓は目を見張っていた。
「お互い様だな」
賢吾が口元を緩めると、楓の強張っていた表情が多少和らいだ。
「別に嫌な話を無理にする必要はない。過去より未来が大事なんだし、楽しい話をしよう。それに、お互い様と言っておきながらなんだが、守屋さんと俺では洞察力が違いすぎるから、一緒にされても困る」
「そんなことないですよ」
賢吾の言い分に、楓は真顔で否定した。楓の態度から世辞ではないと賢吾は判断できたが、やはり自分と楓は別格であると認識していた。
賢吾は小さく息を吐き、話を再開する。
「いいや、違うよ。俺のはただの勘だけど、君は的確に相手の心中を察し、欲しい言葉を与えることができる。新アプリ、メディタルの開発が円滑に進んでいるのは、君の力が大きいんだろう。実際にデカも褒めているからな」
「私なんかが褒められるとか、勿体ないお言葉です」
「なんかが……って何? 事実だろう? 自信を持っていいんだよ」
賢吾は笑い声をまじえて言った。しかし、楓の顔はより一層暗くなっていた。
「……私が……自分に自信を持つことはできませんよ」
楓は俯き、絞り出すように言葉を発した。
貧しかった生い立ち、今は天涯孤独。
楓が自信を持てない要因は過去にあると思ったが、賢吾はあえてこれ以上触れなかった。
「まぁ、人には向き不向きってあるからね。その内慣れるんじゃない? 焦らなくていいよ」
賢吾は楓に気を使わせまいと、強引に終わらせた。楓は顔を上げ、そっと頷いた。
「休日とかは何してんの?」
賢吾は雰囲気を変えようと軽い話題にした。
楓は口に手を当て少し考えた後、賢吾に顔を向け喋り始める。
「昔は恩人探しでしたが、ソリッドに入ってからは……主に食材の買い出しと料理ですね。家でお弁当のおかずを作っています。大体それで休日が終わりますね」
「偉いなぁ。自分で弁当を作っているんだね」
「その方が節約できますし、料理も恩人に習ったので劣化させたくないんです」
「君凄いな。会ったら恩人も絶対に喜ぶと思うよ」
「だといいんですけど」
はにかむ楓であった。ようやく表情に明るさが戻ったと賢吾は思い、会話を続ける。
「恩人いい奴だなぁ。勉強も見てもらっていたの?」
「はい。凄くお世話になりました」
「恩人完璧だな」
「ただ、あの方は少し自分に不満があったようです」
「え? スーパーマンなのに?」
賢吾が聞き返すと、にっこりとして楓は頷いた。
「英語をしっかり習っておけば良かった。近くにいい教材がいたのに、生かしきれなかったと悔いていました。だから、私も英語は頑張って勉強したんですけどね。やっぱり片倉さんみたいに帰国子女ではないので、ネイティブな発音は難しいですね」
楓は悔しそうな表情を見せた。
「まぁ、デカは凄いから比較するのはやめよう」
「でも、あの方も片倉さんに負けないくらい凄かったんですよ!」
楓が珍しく吠えた。
「そうだろうね。君を見ていればわかる」
楓の勢いにたじろぎ、賢吾はうんうんと動作でも相槌をした。腰を上げていた楓は冷静さを取り戻したのか、唇を噛んで目を伏せつつ座り直した。
「なぁ、守屋さん」
賢吾が声を掛けると、楓は賢吾に目を向けた。
「今、俺は一週間の内に一回、捜索の報告をしているよね?」
「はい」
「その時、俺ともう少し話す時間を設けないか? 君が絶賛する恩人の話を、俺はもっと知りたいし、もっと聞かせて欲しい」
賢吾の提案に、楓は目を大きく開いた。
「……いいんですか?」
喜びを隠しきれない顔で聞き返してきた楓に対し、賢吾はゆっくりと頷いた。
「ただし。その間、仕事の話はやめよう」
「わかりました」
楓は賢吾の提案に乗り、
「何か、久しぶりに晴れやかな気持ちになったかもしれません」
と力が抜けているような表情になった。
無意識だったが、片倉の要求通りサンドバックになれたようだ。と賢吾は肩の荷が下りた。
「社長はカウンセラーに向いているのかもしれませんね」
「いや、無理だろ?」
この子は突然何を言い出すんだ?
と賢吾は真顔で返した。
「そんなことはないと思いますけどね」
「無理無理、他人の悩みを聞いて解決させるんでしょ? 俺にできるわけないじゃん」
賢吾は自分で言っていておかしくなり、笑っていた。だが、楓の顔つきは真剣なままで変わらない。
「いえ、カウンセラーはそもそも解決させるっていう立ち位置じゃないんです」
「……え?」
「解決策は、悩みを抱えている方にしかわからないことがほとんどなんですよ。それを一緒に考え、導くことがカウンセラーの仕事なんです」
「へぇ」
「ですから……」
楓は話し続ける。意外と盛り上がり、二人は延々と会話をしていた。
辺りが暗くなり始めたので、楓が満足したところで会話を切り上げた。それから賢吾は楓を日本大通り駅まで送って、その日を終えた。
後日。楓とは捜索の進捗報告時に、三十分から一時間近く話すようになった。
楓と仲良くなれたことも嬉しかったが、自分と話す機会を設けたことで、楓自身に好影響を及ぼしていると、片倉から言われたことも賢吾は嬉しかった。
楓が、より生き生きとして業務をしている。着々と完成へと進むメディタルは、楓が主導で作っているものだ。
楓のモチベーションを上げている賢吾は、図らずもメディタル完成に貢献していた。
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