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第33話

 だが、またしても楓は軽く笑う。


「健康状態や精神状態、自分自身を感じて知れ、と恩人から常々言われてきました。実際、自分のことを知らないと、行動や感情制御に大幅なロスがでます。ですから私は、この教えを忠実に守っているんです」

 楓はそう言い切った。


『賢さんは、もっと自分を知ってそれを表現できないとダメだね。自分の長所と短所、それを理解した上で精進しないと』


『いや、自分を知るって結構難しくないか?』


『そんなことないよ。賢さんは知ろうとしていないだけ。言い訳しないで努力してね』


 過去、輝成から放たれた言葉を賢吾は振り返っていた。


「……コウも似たようなことを言っていたな」

 賢吾が呟くと、

「うぇえええ?」

 楓は悲鳴を上げた。


「ごめんごめん、からかうつもりはないよ。事実そうだっただけ」


「波多野さんと比べるのは、本当に勘弁してください」

 楓は表情を暗くし俯いた。


 まずいまずい、比較するのは禁句だった。と賢吾は焦り、一呼吸置いた後に咳払いをする。


「しかし、君は相当その恩人に影響されているね」

 賢吾は仕切り直そうと話題を変えた。


「影響というか、全てです。あの方なくして私はありませんし、私はあの方のために生きています」

 楓は真っ直ぐな眼差しを賢吾へ向けてきた。


 コウが全て、コウのために生きている。


 ……俺と同じか。


 賢吾は楓に親近感がわき、そして楓を心酔させた恩人に興味を持った。


「俺もなんだか会いたくなってきたよ」


「……え?」


「君は天涯孤独だと言った。無礼な言い方だと思うが、君の境遇に同情するだけなら金を渡して終わりにしていたはずだ。だが、君の恩人は金銭面だけではない援助もした。あえて自活させようとしたり、倫理観や感情制御の仕方を教えたり、まるで親、家族のように接している。彼がなぜそうしたのか理由を聞きたいね」


「はい。私も直接会ってお礼を言って、しっかり聞きたいです」

 楓は朗らかに返事をした。


 良い笑顔だ。と賢吾は思いつつも、

「案外下心だけだったりして」

 余計なことを口走ってしまい、楓の笑顔が一瞬で消えた。


「そんな人じゃありません!」


「……あ、ごめんね。冗談だよ冗談」

 怒られた賢吾は即座に謝ったが、楓はむくれたままであった。


 それだけ恩人に感謝をしているんだ。輝成を侮辱されたら自分だってキレる。と賢吾は反省した。


「恩人のこと、好きなんだね」

 賢吾はしかめっ面の楓を見つつ、囁くように言った。すると、楓の硬い表情は徐々に弛緩し赤く染まっていった。



 楓が抹茶パフェを平らげ少し休憩した後、二人は神楽を出た。


 横浜元町商店街の中へと戻って行く最中、


「抹茶パフェ美味しかった?」

 賢吾が感想を聞くと、

「はい。でも食べすぎてお腹がパンパンです」

 楓はお腹をさすりながら苦笑いを浮かべた。


「しかし、奢らせてもらえないとは驚いたよ」


「恩人から、そう教わっています。お金は信頼関係を崩すから、自分が絶対に信頼すると決めた人以外とはやめろと。なので、必ず自分で払うようにしています」


「そう言われると、俺が信用できない奴みたいだな」

 楓の言い分に、賢吾は若干傷ついた。


「あ……いえ! あのっ! 社長にというわけではなく、私は誰に対してもそうしていますので!」

 楓は身振り手振りも加え、必死に弁明をしていた。


 楓の態度に悪気はないのであろう。


「守屋さんのバリアは堅いね。でも、俺はその考え方好きだよ」

 賢吾はクスッと笑い、楓を肯定した。


「……恐縮です」

 恥ずかしそうに顔を下げ、楓はそう呟いた。


 二人は横浜元町商店街を抜けると、辿った道を戻っていた。賢吾が最後に向かうと決めた場所は、山下公園であった。


 山下公園。

 元々は関東大震災の復興事業として海を埋め立てた場所であり、日本最初の臨海公園ともいわれている。

 園内には芝生や木々は勿論だが、バラ園も兼ね備えている。また、氷川丸という船もあり、実際にデッキや船内に入ることも可能である。更に、有料だが水上バスもあり、観光客がよく利用している。

 そして、海沿いにはいくつものベンチが並び景観も綺麗。土日祝祭日は、昼夜問わず観光客やカップル、家族連れで賑わっている横浜屈指の公園である。


 二人は、横浜マリンタワー前から山下公園へと入った。


「わー、また潮の香り。懐かしいです」

 園内に入り海沿いを歩き始め、楓が気持ち良さそうな顔で言った。


「元々住んでいたところは、海の近くだったの?」


「はい。中学の頃に暮らしていた祖母の家が、海に近かったんです」

 楓は頷いた後、

「人もいっぱいで、大きな公園ですね」

 キョロキョロとしていた。


「休日はもっといるぞ。今日は平日だから少ない方だよ」

 賢吾が補足すると、楓は目を丸くしていた。


 それから、心地良い潮風を浴びながら歩く二人だったが、氷川丸がある辺りで楓の足が止まった。


「カモメがちゃんと綺麗に並んでいて、とても可愛いですね」

 そう、楓が笑顔を見せた。


 確かに、氷川丸と園内を繋ぐロープには、カモメが一羽ずつ整列している。賢吾にとっては見慣れた光景だったが、初めて来たのであれば珍しく見えるのかもしれない。賢吾は楓が喜ぶ姿を見て、頬を緩めた。


「海の近くに住んでいた時、カモメや海鳥は見なかったの?」


「あれ? どうだったかな?」

 賢吾の質問に、楓は斜め上を向き考え込んでしまった。


「……忘れちゃいました」

 と答えた楓の声は明るかった。しかし、なぜか浮かない表情であった。


 歩き続けた二人は公園の端へと着き、近くにあった海沿いのベンチに座ることにした。


「今日は連れ回してごめんね」

 賢吾はベンチに腰掛けた瞬間、そう言った。


「いえいえ。観光スポットを案内してもらいましたし、ご飯とスイーツも美味しかったので大満足ですよ。ちょっと、仕事のことを忘れていました」


「それは良かった」

 微笑む楓に、賢吾は胸を撫で下ろした。


面白かったら☆とブクマをどうぞよろしくお願いいたします。

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