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第32話


 大さん橋から徒歩二十分弱。


 賢吾は楓を連れて横浜元町商店街の外れまで歩いた。


 着いた場所は日本茶専門店、神楽。


 店の前には綺麗な花や植物を植えた大きな鉢があり、素朴であるが華やかさを感じさせる外観。ドアの取っ手や囲い以外はガラス張りなため、入口からも中の様子をうかがえる。


 ただ、入口に堂々と日本茶専門の喫茶店です。とは書かれていないため、外から見ると喫茶店……だよね。と一瞬躊躇ってしまう。そのため、神楽を最初に発見した真利亜はガッツポーズをしていた。


 隠れた名店として口コミなどで広まっていたが、輝成が亡くなる少し前辺りから、テレビや雑誌にも取り上げられることが多くなり、休日には客が並ぶようになっていた。


 賢吾は一度神楽の中へ入り、席が空いているか確認する。店員が大丈夫と合図してくれたので、賢吾は楓と一緒に入り、二人掛けのテーブルに対面で座った。


 店内は木目調、木材を主とした造りだがソファもあり、和が強めの和洋折衷。老若男女問わず落ち着けそうな空間だと賢吾は思っている。


 賢吾は店員が持ってきたメニューを楓へ渡した。


「社長は見なくていいんですか?」


「俺、ここで食う物は決まってんだ。俺のことは気にしなくていいから、ゆっくり選んでいいよ。ランチセットに付くお茶の種類も豊富だからね」


「本当だ。お茶の種類が多いですね」

 メニューをじっくり見る楓の姿に、賢吾は頬杖をつき笑みを浮かべた。


 数年も通い詰めれば、全種類制覇は余裕である。そのため、賢吾は神楽で頼むランチセットは決まっていた。


 だから、自慢の店のメニューを楽しそうな様子で見ている楓が、賢吾は純粋に嬉しかった。


 なお、輝成はランチセットはほとんど頼まず、毎回スイーツセットばかりを食べていた。多い時は、二セット以上食べていた。輝成もメニューを暗記していたので、二人共頼む時は着座と同時だった。


 楓は悩んだ結果、豆乳湯豆腐ランチと抹茶のセットにした。


 賢吾は店員を呼び、楓が選んだものと、賢吾が食べる豆乳オムライスランチとほうじ茶のセットを頼んだ。


 数十分経過し、先に楓が頼んだセットが来た。賢吾は先にどうぞと合図すると、楓はペコリとしてから食事を始めた。


 綺麗な茶器の中に泡立つ抹茶を一口。すると、楓は表情を緩ませた。


 そして、今度は湯豆腐に手を付ける。豆乳湯豆腐ランチは、茶飯に、メインの湯豆腐は豆乳の中に水菜と一緒に入っており、別途小皿に用意された薬味と合わせて食べるものだ。楓は湯豆腐と茶飯を咀嚼し飲み込むと、またほっこりした顔になった。


「んんん。美味しい。抹茶もですが、この豆腐も凄く美味しいです」


「ここ、お茶が専門なんだけど、豆腐や豆乳にもこだわっているんだ。それに、スイーツもめっちゃ美味いぞ」


「素朴な味ですが、深みがあるっていうんでしょうかね。とにかく美味しいです」


「満足いただけたようで何より」

 幸せそうに食べる楓を見つつ、賢吾は目じりを下げ相槌をした。


「モダン風っていうんでしょうか? お洒落だけど、なんだか和みますね」

 店内を見渡し楓が感想を述べるが、賢吾は鼻から大きく息を出した。


「ここに男二人とか、赤レンガ倉庫に男二人とか、気持ち悪いだろ?」


「いえいえ、そんなことは!」

 滅相もないです。とでも言いたげな、楓は高速で首を振った。その様にフッと笑い、

「半分は嘘なんだよね」

 と賢吾は暴露した。


「……え?」

 楓は食べる手を止めた。


「確かに俺はコウとここら辺で遊んではいたし、神楽にも数え切れないくらい二人で来てた。けれど、主にコウを連れ回していたのは俺の妹なんだよ。赤レンガ倉庫とかは、たまに付き添うくらいだったかな」


「じゃあ大さん橋の話も?」


「いや、あれは俺」

 賢吾が目を逸らすと、

「……ダメじゃないですか」

 楓の呆れているような吐息が聞こえた。


 賢吾は頭をかき、正面を向くと再び口を開く。


「こことかも俺より俺の妹……真利亜とコウが毎週一緒に通っていたんじゃないかな。コウは甘味が好きでな、毎回抹茶パフェを食ってた。あと、季節限定のパフェをやる時があってね。秋だったかな……栗のパフェがあった時、ほぼ毎日コウは食いに行っていたと思うよ。会社の昼休憩でもわざわざ行ったり、ここが開いたと同時に食ってから出社したりとかな。あいつ、めちゃくちゃ栗が好きだったんだよね」


「そう聞くと、波多野さんも何だか可愛らしいですね。もっと厳格な方を想像していました」


「化け物と揶揄しといてなんだけど、コウは可愛い奴だったよ」

 事実、可愛かったんだ。と、賢吾は真利亜と一緒に笑う輝成を思い出していた。


「波多野さんをも虜にしたパフェですか……」

 楓はまたも手を止め、考え込んでいるようであった。何となく察したので、賢吾はメニューを見直した。


「季節限定のパフェはないみたいだね。抹茶パフェが気になるなら後で食べようか?」

 賢吾がそう提案すると、楓は小さくも力強く頷いた。


 その後、賢吾が注文していたランチセットがきたので、味や茶の感想を語りながら終始食事を楽しんだ。


 二人共食事を終え、追加注文した抹茶パフェを待っている最中、楓が抹茶に口を付けると、賢吾もほうじ茶を一口飲んだ。


 賢吾は意識的にミラーリングをしたわけではないが、これから話そうとする内容に緊張していたのか、無意識に楓と同じ動きをした。


「守屋さん」

 の一言から、賢吾は茶器を置いて真顔になると、楓も同じような表情へと変わった。


「俺は嘘が下手でな。だから正直に言わせてもらう」

 そう、賢吾は口火を切った。


「デカからは、かなり根を詰めて仕事をしていると聞いている。俺なんかで申し訳ないが、今日は君を休ませて欲しいと頼まれた。色々連れ回してすまないが、心配しているのは俺も同じだ。実は無理をしているんじゃないのか? そうであれば休みを取って……」


「大丈夫です」

 賢吾の言葉を遮り、楓は毅然として答えた。


「今は仕事が楽しいので、もっともっとやりたいって思っています。片倉さんには、それが気張りすぎているように見えているのかもしれません。けれど、大丈夫です」


「ほんとかぁ?」

 柔和な笑みを浮かべる楓に、賢吾は眉を中央に寄せた。


面白かったら☆とブクマをどうぞよろしくお願いいたします。

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