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第31話

 ペコペコしていたし、逃げるくらいが関の山だろうな。こういう子が痴漢に遭うと、何もできないんだろうな。と賢吾は現代社会の闇を勝手に想像した。


「まぁ、君には君の良さがある。そこはあまり深く考えないでいい」


「あ……はい」

 賢吾は励ましたが、楓は沈んだ表情のままであった。楓が深く落ち込んでいきそうだったため、賢吾は話題を変えようと思った。


「しかし、残念だったね。久しぶりの有益な情報だったんだけどな。まさかあんな奴とはね」

 賢吾の言葉に同調したのか、楓の表情が嫌悪感に満ちる。


「ずっと寒気がしていましたよ。私の世話をしてくれた恩人は、さっきの方とは丸っきり正反対です」


「俺も、あいつが君の恩人だったらガッカリしてたわ」

 賢吾が笑いかけると、楓も微かに笑みを浮かべた。


「では、まだ時間もあるので会社へ戻ります」

 腕時計を見た後、楓が言った。


 確かに、片倉が言った通り楓はワーカーホリックみたいだ。と賢吾は感じた。


「おいおい、今日はデカに全休と言われていただろう?」

 歩き始めようとする楓に、賢吾は言葉をかけた。


「……ですが」


「休むことも、仕事をする上では大切なことなんだ」

 賢吾は柔和な笑みで言った。しかし、楓は賢吾と目を合わせては逸らし、合わせては逸らしの繰り返しだった。


「守屋さんはこの辺で遊んだことある?」

 賢吾は仕方なさそうに笑い、強引に話を変えた。


「いえ、そもそも友達がいないので」

 小声で返す楓。その視線は斜め下に固定された。


 彼女の闇が垣間見えてしまったと賢吾は後悔したが、動きが止まったからいいかとプラスに考えることにした。


「じゃあとりあえず、今日は俺に付き合ってくれないか!」

 勢いに任せようと賢吾は声を上げた。


「え? でも……」


「遊ぶことに抵抗があるならこうしよう。ソリッド起業者の休日を辿る、社会見学の一環だと思ってくれればいい」

 渋る楓に、賢吾は別の提案をした。


「波多野さんの……ですか?」

 聞き返してきた楓の目は、賢吾をしっかり捉えていた。


「そうそう。俺とコウはよくこの辺りで遊んでいたから、案内するよ」

 正確には輝成と真利亜が主だったが、別にいいだろう。と賢吾は自分に言い訳した。


 楓は普段から輝成と比較されることが多いため、輝成自身には並々ならぬ興味がある。と賢吾は片倉や渡辺から聞いていた。


 食いついたことにひとまず安堵しつつも、賢吾は片倉からの使命を果たさなければと、楓には見えないよう表情を引き締めた。


 賢吾と楓の二人が最初に向かったのは、赤レンガ倉庫だった。


 赤レンガ倉庫。

 文字通り赤いレンガ造りの倉庫で数は二つあり、横浜みなとみらいのシンボルとして挙げられる場所の一つである。

 文化財の展覧会、イベントを催す際にも使われているが、洋服やアクセサリーの販売店、飲食店などもぎっしり入っている複合施設だ。


 二人は赤レンガ倉庫に着き中へ入ると、喉が渇いていたのでジュースを買おうという話になり、賢吾はアップル、楓はオレンジのジュースを買い、外へ出て近くのベンチに座った。


「あれなんですか? ……船?」

 楓はストローから口を離し、訝しげな面持ちで指をさした。


 その方向にあったのは、楓には船のように見えたかもしれないが異なる建物だった。


「あれは大さん橋っていうんだ。主にはイベントの開催や、景色を眺めに行く観光スポットなんだけど、実際に巨大な客船が停泊する時もあるよ。大さん橋は会社の休憩室からでも見えるし、船が停まっているところを見たことない?」


「あー。あの豪華客船があった場所ですか」

 賢吾の説明で、楓は思い出したかのように言った。どの豪華客船かは賢吾にはわからなかったが、薄く笑って頷いた。


「景色いいよ。行ってみる?」


「いいんですか?」


「勿論。でも、ここまで歩かせておいてなんだけどさ。ヒールなのに大丈夫?」

 賢吾は楓の足を気にしていた。


「や、平気です。この靴のヒールは低いし、歩きやすいんですよ」

 楓は両足をトントンと地につけて、笑顔を向けた。ならばよし。と賢吾も笑顔を返す。


 二人はジュースを飲み終えると、大さん橋へ向かった。その途中、象の鼻パークで大さん橋がでかでかと見え、楓は思わず唸っていた。


 大さん橋へ着いた二人は一番奥まで進むと、目の前に広がる海からの潮風を全身で受けていた。賢吾は頬を緩ませ話し始める。


「コウとよく来てたなぁ。ここって夏は気持ちいいんだけど、冬はめちゃくちゃ寒いんだよね」


「確かに、風よけがありませんからね」

 楓は辺りを見渡していた。


「もう禁煙しているんだけど、昔はここでタバコを吸うのが好きでさ。だからこそ人が少ない冬の夜によく来ていたんだ。コウは横で恨めしそうな目で震えていたけどな」


「ここ、禁煙ですよね?」

 楓は眉間にしわを寄せて、賢吾へ確認した。賢吾は罰が悪そうに顔をかき、

「うん。だからバレないように、人が少ない冬の夜に来ていたわけ」

 と目を逸らして答えた。


「……波多野さんがかわいそうですよ」

 溜め息まじりの声が賢吾の耳に届いた。


「うん……そうだな。何だかんだ文句を言うけど、必ず俺について来てくれた。全部俺のためにやってくれた……本当に凄くていい奴だったよ」

 賢吾は海を眺め、輝成のことを思い馳せながら呟いた。考えずに話してしまったが、楓は賢吾の言葉に微笑を浮かべていた。


 ぐぅううう。


 ほのかに哀愁を帯びていた中、楓の腹から音が鳴った。


 楓は顔を真っ赤にしてお腹を抑えていたが、ジッと見つめている賢吾との目線が合うと。


 ぐぅううううう。


 もう一度鳴った。


 空気を読むことが秀逸な楓だが、空腹には抗えなかったようである。 


 生理現象ですからね。普通な一面が見れて良かったよ。


 そう、賢吾は口元を緩め、

「ご飯を食べに行こう。ちょっと歩くけどいい?」

 背を丸めている楓に優しく声を掛けた。


 楓は顔を上げなかったが、身体全体で頷いてくれた。その姿も愛らしく、賢吾は薄っすらと笑った。

面白かったら☆とブクマをどうぞよろしくお願いいたします。

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