表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/70

第02話


 輝成が亡くなり、丁度三年が過ぎた。


 亡くなってから少しずつ表面化していた問題は、三年の歳月をかけて会社の癌となりつつあった。


 癌へと至った経緯は三点で、シンプルなものだった。


 一つ目、起業に成功した輝成が有能すぎたこと。


 二つ目、会社を拡大させた要因でもあったが、輝成がスカウトしてきた有能な人、新参者達が一癖も二癖もあったこと。


 三つ目、気性が荒い古参者達も、あくが強い新参者達も、輝成の言うことだけは絶対に従ったということ。


 輝成は稀有な指揮者でありながら、他人の潜在能力を引き上げることが抜群に上手く、コミュニケーション能力も秀逸だった。


 要するに、問題の起因は一つ目に集約されており、輝成が有能すぎて替えがきかない人間であったことだ。


 そして今に至るというわけで、地番沈下していきそうだ。と賢吾はげんなりし、みなとみらい駅で下車をした。


 会社の癌を一言で表すと、古参者達と新参者達との軋轢であった。


 ……軋轢。


 子供じゃないんだから喧嘩している場合ではないだろう。単なる喧嘩なら、シメれば済む話である。しかしながら、皆が会社を大事にし、会社のためを思って行動することで軋轢が生じているのだ。


 新参者達はとにかく仕事はできる。だが、それを上手くコントロールできていたのは輝成だけだった。


 賢吾は傀儡の社長と思われており、完全に舐められている。まぁ、実際に傀儡だったから言い訳するつもりもないけどな。と賢吾は自嘲的な笑みを浮かべた。


 古参者達は輝成のことも慕っていたが、元より賢吾の仲間だ。賢吾が宥めることは可能であるが、彼らも会社を立ち上げたプライドがある。更に、何より気性が荒い。見下してくる新参者達への怒りは、極限にまで達していた。


 こうして、癌は賢吾自身が対処できる範疇を遥かに超えてしまった。


 マジでどうしよっかなぁ。と、嘆く思いが賢吾の全身を包む。


 会社に行くと決めたはずの賢吾であったが、オフィスへ向かうためエスカレーターに乗っている最中、直ぐに下りのエスカレーターに乗って帰ろうかな、とか一瞬邪念がよぎった。


 しかも、新参者達はこの一触即発の状況下で、邁進しようと新規企画を立ち上げるつもりだ。対して賢吾は、自分にコントロールできるわけがないと既に降伏状態。


 そろそろ潮時だな。


 賢吾はそう思い、覚悟を決めた。


 オフィスに着いた賢吾の顔からは険しさはなくなり、生気を失っているようであった。


 賢吾のデスクがあるオフィスは、クイーンズスクエアの二十一階だった。


 かなり広く、座席はチームごとに固まっているが閉塞感は全くない。その他に休憩室、ミーティングルームが四つと充実していた。また、二十二階にあるオフィスも似たような造りである。


 賢吾は社員に挨拶をしながら自分のデスクに向かうが、古参者達の皆が挨拶を返してくる中、新参者達からの挨拶は僅かであった。


 ……うん……もう慣れたよ。


 そう納得しつつも、賢吾は悲哀と怒りが入りまじった気持ちになった。


 賢吾は社長であるが、社長室を設けておらず、席は一番奥で皆を見渡せる位置にあった。ちなみに、そうするように進言したのは輝成だった。


 自分のデスクの椅子に腰を下ろすと、無意識に溜め息が出た。


「溜め息をすると幸せが逃げるよ。いや……もう逃げようがないか」

 憎まれ口を叩いてコーヒーを持ってきた女性。黒髪ロングで細身、ザ・和風という薄い顔立ちの美人。青を軸に、清潔感のある服装をしている。


 瀬戸玲子せとれいこ

 賢吾と竜次と同い年であり、竜次の妻。子供は男子が一人いる。ソリッドの総務と法務を統括しているチームのリーダーである。


 賢吾は玲子の態度に鼻を鳴らして、コーヒーを受け取った。


「おいおい、今日はその冗談ダメだ」

 百九十を超える長身で黒髪、茶をベースにしたスーツを着こなし、三白眼で黒ぶち眼鏡を掛けている男が玲子を窘めた。


 瀬戸竜次。

 暴走族【滅殺】の副総長をやっていた、賢吾の無二の親友である。なお、現在は副社長。


「わかってるけどさ、コウちゃんが死んで三年だよ? いつまで引きずってんのよ」

 サバサバした様子で言い返す玲子に反して、


「……玲子」

 と竜次は目で威圧した。


 玲子は黙ったが、目を逸らして不貞腐れた態度であった。

「いや、竜次。事実だしいいよ」

 賢吾が割って入ると、玲子は顔を向き直し何度も頷いた。


「賢ちゃんが元気を出して会社を盛り上げていかないと、コウちゃんがあの世で浮かばれないでしょ?」

 玲子は両手を腰に当て、子供を諭すように言った。


「それは……あるな」

 竜次も玲子の言葉に賛同し、首を縦に振った。


 まぁ、そうかもな。と思いつつも、賢吾の気持ちは全く晴れなかった。


「竜次、ちょっと話せないか?」


「ん? いいけど」

 唐突な賢吾の誘いに、不思議な面持ちをしながらも竜次は頷いた。


 賢吾はコーヒーを片手に、ミーテンィグルームへ入った。


 このミーティングルームは賢吾の席から一番近い場所にあり、中は八人掛けのテーブルと椅子だけでそれほど広さはないが、他の社員達から一番遠い場所にあるため、重要な話をする際に良く使用している。


「何? 橘さんが提案している新規の件か?」

 竜次が椅子に座るや否や切り出したが、

「……それもある」

 賢吾は着席しコーヒーを一口飲んだ後、絞り出すような声で言った。


 賢吾の返事から、一分以上が経った。

面白かったら☆とブクマをどうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ